生悟と朝陽の話(BL)
後悔先に立たず
朝陽は眉間にシワを寄せたまま生悟の体にできた切り傷を消毒していた。上半身裸のまま朝陽と向かい合う形で正座している生悟は気まずくして仕方がない。
住み慣れた家。目の前には目にいれても痛くないほどかわいがっている朝陽。自分のホームにいるというのに落ち着かず、生悟は視線を泳がせる。
「あの、朝陽……」
「なんですか、生悟さん」
答えてはくれる。しかし声が刺々しい。目すら合わせてくれない。それだけで生悟は心が折れそうになった。朝陽が自分に冷たい。遺書を書くには十分な理由だ。
「悪かったなって思ってるから……」
「改善されないなら意味ないですよね」
そういいながら朝陽は傷口にわざと消毒液たっぷりの綿を押し付けた。あがりそうになった悲鳴を押し殺して生悟は涙目で朝陽を見つめる。
「悪かったって……」
「朝陽さん、それいうの何回目だかわかってますか?」
「……わからないです」
正直に答えると朝陽は生悟を睨みつけた。いつだって生悟に向かって優しくほほえみかけてくれる朝陽がだ。それだけで軽く首を吊りたくなる。
「仲間のために自分が傷つくのを顧みないのは生悟さんの良いところだと思いますけど、それで無茶するのは悪いところです!」
「でも今回は、俺が動いた方が効率的だったし……」
「効率で動いて怪我したら意味ないって前もいいましたよね?」
朝陽に睨みつけられて生悟は小さくなった。ごめんなさい。と小学生の頃に戻った気持ちで謝る。
いつもだったら反省したならいいです。といってくれる朝陽だが今は本気で怒っているらしく生悟の顔すらみずに薬箱の蓋を乱暴にしめた。
「たしかに生悟さんが一番はやいですよ。強いですし、小回りもききますし、霊術の数だって豊富です。臨機応変に対応できます。だからといって、一人で突っ込んでいいという話にはなりません」
朝陽の剣幕に生悟はどんどん小さくなる。朝陽のいうことは正論だった。生悟は自分が有能なのがわかっているので、仲間を頼るのを面倒くさがり、自分ひとりで片付けようとするところがある。
今回も仲間が来るのを待っていれば無傷で帰ってこられた。朝陽がいうとおり他の追人をまち、最低でも三人でケガレを追いかけていれば背後から不意打ちを食らい怪我することなんてなかった。
「生悟さんのためなら俺だって全力でサポートします。ですが俺は一人しかいません。生悟さんの前は守れても後ろは守れない。生悟さんならこの意味わかりますよね?」
「仰る通りです……」
「しかもこのやり取り、何回も繰り返してますよね?」
「……はい……」
今回のように危ないと感じたことは何度かあった。そのたびに朝陽には次は仲間を待つべきです。と注意されたのだが、大きな怪我はしていないし、次はもっと気をつければいいと聞き流していた。
その甘い考えが今回の怪我、そして朝陽の激怒に繋がったのだ。
「今回は切り傷ですみましたけど、次はどうなるかわかりません。もっと大きな怪我をするかもしれませんし、最悪死ぬかもしれません。生悟さんだっていつもいってるでしょ。油断は命取りだって」
「はい……」
涙目でがっくりと項垂れる生悟を見ると朝陽も多少怒りが収まったのか小さく息を吐く。それでも完全に許してはいないようで、畳を見つめていても焼け付くような視線を感じた。
ケガレよりも怖いと生悟はつばを飲み込む。
「生悟さんの癖がなおらないのは、俺たちにだって問題があります。生悟さんにとって頼りないんでしょ」
「そんなことは……!」
慌てて顔をあげると泣きそうな顔をした朝陽が目に飛び込んできた。自分よりも痛そうな顔をみて生悟はやっと心の底から反省した。
「朝陽……ごめん……」
「いいんです。俺が弱いから、生悟さんが無茶してでも守ろうとしてくれるんですよね……」
そういいながら涙を拭う朝陽を見て、違うんだと生悟は叫びたかった。けれど喉が張り付いて声が出てこない。
朝陽を信用していないわけじゃない。朝陽を信用しているからこそ、無茶をしてもどうにかなると甘えているのだ。けれど、それをいっても今の朝陽は信じないだろう。自分のせいだと己を責め続ける。それは朝陽に甘えて、朝陽の気持ちを考えなかった自分が悪いと生悟はやっと気づいた。
「朝陽、ごめん……もう無茶しないから」
こすりすぎると目が腫れる。朝陽の手をとって、顔を覗き込む。
黒い瞳が揺れている。いつだって穏やかで、落ち着いた色をしているのに、今は零れ落ちそうなほど不安定に見える。そうさせてしまったのは自分だと生悟は自分を責めた。
「もうしないから……」
「生悟さん、前もそういいました」
涙目のわりには強い口調に生悟は二の句が告げなくなった。朝陽はまだ怒っている。涙目なのに鋭い眼光でよくわかった。
「……どうしたら信じてくれる?」
今回は本当に、心の底から反省しているのだが今までの行いが悪すぎて全く伝わらない。どうしたらいいのかと生悟も泣きたい気持ちになりがら朝陽を見つめた。
「生悟さんが無茶するのは、自分が強いと思ってるからですよね?」
「え?」
朝陽の言葉に生悟は目を瞬かせた。
強いか弱いかと聞かれたら自分は強いと思っている。そう思えるだけの訓練も実践もつんできた。けれど、今ここでそれを聞かれる意味が分からない。
「自分は強いから負けることもないし、危ない目に合うこともないと思ってるんですよね?」
「いや、そんなことは……」
今日は朝陽の忠告を聞かずに怪我をしたし、朝陽に叱られて小さくなっている。こんな自分が強いわけがない。
ないのだが、朝陽の怒りに燃えた顔を見ていると言葉が出てこない。
嫌な予感に冷や汗が流れた。とっさに逃げようとした生悟の両手を朝陽が掴む。
「生悟さんはたしかに強いですけど、強くたって負けることがあるんですよ」
ぐっと顔が近づけられ、いよいよ生悟はまずいと思った。いつのまにか押し倒されているし、両手は片手でひとまとめにされている。腰の上にのられては身動きも取れない。
「口でいってもダメなら、体で覚えてくださいね」
ギラリと光った朝陽の黒い瞳を見て、生悟は早々白旗をあげた。
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