相談の時間
「告白断ったんだよね?」
「断りましたよ。務めが忙しいから付き合う余裕なんてないって」
「あーだめだってそれじゃ。あんたはタイプじゃない。キモい。ウザい。視界から消えて。くらい言わないと」
四郎の言葉に朝陽が眉を下げた。それはひどすぎる。と呟いている。
リリアも小林に付きまとわれる前だったら朝陽と同じ事を言っただろうが、今は四郎に同意だ。情など見せずに心を折る気持ちでお断りすればよかったと後悔している。
「アイツの中で私は務めがあるから泣く泣く釣れない態度をとっている素直じゃない女の子らしいです」
「どういうこと?」
「小林って同じ人類?」
朝陽と四郎が同時に顔をしかめた。四郎はドン引きしているし、朝陽は未知の生命体を前にした学者みたいな顔をしている。
「たぶん人類だけど、私には理解できない……」
「リリア、ほんと厄介なのに好かれたな。美少女なばっかりに……」
「ほんと、可愛いばかりに変なのに好かれて……」
隣に移動してきた朝陽がリリアの頭をよしよしと撫でる。クラスメイトの男子にされたら鳥肌ものだが、小さい頃から兄のように慕っている朝陽は別だ。
リリアは朝陽に抱きつく。朝陽も抱きしめ返して、一層優しくリリアの頭や背中を撫でてくれた。
「意味分かんないんですよ! 私はお断りしたのに! なんか周りは私が照れてるっていうし、可哀想だから付き合ってあげてっていうんですよ! 私はアイツに一ミリだって興味ないのに!!」
朝陽の腰に手を回して朝陽の腹あたりに叫んでいると、いつのまにか移動してきた四郎にも背中をポンポンされた。四郎にまで同情されるとは、相当まずい状況だ。
リリアは少し泣きそうになった。
「恋愛ごとになると周りの方が盛り上がっちゃうのなんでだろうね。俺もよく知らない隣のクラスの女子と付き合えって圧力をかけられたことがある」
「えっ朝陽さんにですか? 生悟さんがいながら?」
四郎が驚く声にリリアも同意だった。思わず朝陽のお腹から顔を上げて見上げる。朝陽は思いの外優しい顔でリリアを見下ろして、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
同級生にはない落ち着いた姿にドキリとして、それからなんだか居たたまれなくなった。
生悟と朝陽の仲の良さは五家では有名だ。そろそろ五家の外にも広まっているのではと思うレベルで二人はいつも一緒。それは狩人と守人という立場を超えたものに見える。
狩人というのは五家に生まれる獣の血を色濃く継いだ人間のことだ。高い霊力と異能を持ち、ケガレに対しての有効手段を持つために五家内ではもてはやされているが、一般人からすれば目立つのは髪と目の色である。
蛇縫は緑の髪に黄色の瞳。鳥喰は金髪に赤い瞳を持って生まれてくる子供。それが狩人である。
その狩人を守る指名を背負って選ばれるのが守人だ。これは狩人に任命権があり、美姫が選んだのはリリア。生悟が選んだのは朝陽だった。まだ十に満たない年に決定した関係は五家以外の人間からすれば異様に見えるだろう。
幼馴染であり、親友であり、主従である。
ケガレという化け物と対峙する狩りではまさに一蓮托生。ケガレを倒すため、生き残るために徹底的に鍛錬する。
そうした二人に深い絆が生まれるのは必然といえる。それは守人にとって誇りだ。
しかし一般人には理解できない。
「生悟さんの面倒を、俺がいやいやしてるって思われたみたいで。俺、五家の人間じゃないしね」
朝陽の名字は高畑。五家のどこにも属していない。時々、五家のような家系以外に突然高い霊力を持つ子供が生まれることがある。それが朝陽だ。
「俺は好きで生悟さんに尽くしてるんだけど、周りにはそう見えないみたいなんだよね」
「いや、どう見ても朝陽さんは好きで生悟さんに尽くしてますよ。それは周りが節穴です」
四郎が呆れきった顔でいう。リリアも四郎に同意見だった。朝陽ほど守人らしい守人をリリアは知らない。だから朝陽はリリアの憧れで目標だった。
「人間って自分に都合よく事実を捻じ曲げますから。朝陽さんと生悟さんに入る隙間がないって事実を認めたくなかったんじゃないですか。だから五家でもないのにイヤイヤ守人やってるっていう自分にとって都合のいい理由を創り上げた」
「なるほど、四郎頭いいね」
朝陽に屈託ない笑顔を向けられた四郎が黙り込む。どちらかといえば怒られることの方が多いので恥ずかしくなったのだとリリアは思った。
「あの野郎も都合よく事実を捻じ曲げているってこと?」
「女の子があの野郎とかいわない」
「今はいっていいでしょう。あので終わらせず、糞野郎くらい言っても罰は当たらない」
「四郎」
朝陽の視線に四郎は肩をすくめた。褒められた時よりも嬉しそうな姿を見て四郎もなかなか面倒くさい性格をしていると思った。
「どうしたら現実を直視してくれるんですかね……」
リリアのつぶやき朝陽と四郎は顔を見合わせ、同時にうーんと唸り声を上げた。リリアと同じくいい案が思いつかないらしい。
「朝陽さんのときはどうやって解決したんですか?」
「気にせず過ごしてたら、俺のこと好きだっていってた子が彼氏つくってた」
「それは急展開」
「青春は短い。ホモにかける時間はない。っていってたらしい」
最後の言葉に四郎が吹き出した。口を抑えてプルプルと震えている四郎を見て、朝陽は首をかしげている。
「り、リリアも……美姫といちゃいちゃすれば、諦めてくれるんじゃない?」
「あんた美姫様に同性愛者のフリしてくださいって、頼めっていうの?」
ドスの効いた声を出すと四郎が両手を上げて降参のポーズをとった。それでもリリアは怒りが収まらずに奥歯を噛みしめる。それをみた朝陽が、落ち着かせるように頭を撫でてくれた。
「美姫に頼むのは論外だとしても、彼氏がいるフリは有効かも。四郎とかどう?」
「絶対嫌です」
「俺も嫌です」
ほぼ同時にリリアと四郎は即答して顔を見合わせた。
小さい頃からの付き合いだし四郎のことは嫌いではない。けれど恋愛対象という意味ではなありえない。フリだって嫌だ。
「こいつ、中二のくせに彼女二人目ですよ。とんだ遊び人です」
「それは早いねえ」
朝陽が目を丸くした。それから恐る恐るといった様子で四郎を見つめる。
「ルリさん怒らなかった?」
「品性を疑う。とは言われましたが、やめろとは言われませんでしたよ。恋愛は個人の自由だからって」
「ルリさん、心が広い……」
「いや、広くないでしょ。虫けらを見る目で見られたからね?」
四郎はそういうがルリこと正宗は生粋のお嬢様である。体こそ男に生まれてしまったが、心根はリリアよりもよほど乙女だ。今時交際は交換日記もしくは手紙から始まり、手をつなぐまでに一年。キスは三年が当たり前だと素で思ってるお嬢様である。そんな正宗が四郎を殴り飛ばさず虫けらを見る目で終わらせたのは相当我慢したと思う。
もしかしたら汚らわしすぎて触るのも嫌だったのかもしれない。という考えは頭から振り払った。さすがに四郎が可哀そうだったので。
「じゃあ、リリアはどんな人が好みなの?」
「え?」
朝陽の質問にリリアは目を瞬かせた。そんなこと考えたこともなかった。
リリアの反応から内心を察したらしい四郎が呆れた顔をする。同い年なのに子ども扱いするような生暖かい目にリリアは苛立った。
「リリアは可愛いんだから、可愛いって自覚もってさっさとハイスペック彼氏つくっちゃいなよ。そしたらストーカー予備軍もあきらめるって」
「あのねえ、そう簡単に彼氏なんてできるわけないでしょ」
「その顔で迫れば一発だよ。男なんてちょろいんだから」
「否定はできないね」
四郎の言葉に朝陽が苦笑する。朝陽まで同意したことにリリアはショックを受けた。
たしかに小さい頃から可愛いともてはやされた。同世代の女の子には嫌われがちだったが、大人や異性には猫かわいがりされることが多かった。
リリアはそれが気持ち悪かった。みんな自分の顔しか見ていない。それは幼いリリアにとって悲しいことだった。
「私の顔しか見てない奴なんて論外」
吐き捨てるようにいうと朝陽と四郎は顔を見合わせ、それから慰めるように朝陽は頭をなでてくれた。四郎も肩をすくめてなにもいわない。
「リリアの好みは中身を見てくれる人か」
「中身っていうか、努力を見てくれる人」
朝陽の問いに今度は答えられた。
「中学女子にしては筋肉ついてるのにひかず、一緒に筋トレとかジョギング付き合ってくれる人」
「それはハードル高い」
顔をしかめる四郎にリリアは鼻を鳴らした。そんなことは知っている。知っているから彼氏なんていらないのだ。
男は可愛い女の子が好き。おとなしくて自己主張しなくて、なんでも笑って話を聞いてくれるような、言ってしまえば都合のよい女が好きなのである。それをリリアだって知っている。顔は可愛いのに言葉がきついとか、顔は可愛いのに笑わないとか何度言われたことだろう。なんで興味もないお前に優しい言葉と笑顔を投げかけなければいけないのか。
「私は一生美姫様に仕えるの。彼氏なんていらない」
口に出したら心がスッキリした。これが答えだと思った。
「俺はその気持ちよく分かるなあ」
「朝陽さんもリリアも真面目すぎるでしょ。守人っていったって本当にすべてをかけなきゃいけないわけじゃないのに」
「そうはいうけど、ルリさんに呼び出されたら彼女よりルリさん優先でしょ?」
「……家のしきたりですしね……」
四郎はそっぽを向きながらぶっきらぼうにいう。
口では渋々といった風を装っているがそんなわけがない。本当に正宗に仕えるのが嫌なのであれば、とっくの昔に守人をやめている。信頼関係なくして狩りができるほどケガレは馬鹿ではないのだ。
「問題は、守人以外にはこの感覚がわからないことなんですよ……」
深々とため息をつく。いくら説明しようと小林がこの感覚を理解してくれるとは思えなかった。
五家が夜な夜なケガレ退治をしていることを一般人は知らない。昔から夜鳴市に残る伝承の名残で、形だけのものだと思っている。だからリリアが必死になる理由もわからないし、どんなに美姫たち狩人が重要な存在かも分からない。
「……四郎だめなら、俺が彼氏のフリしようか?」
「生悟さんになんて申し開きしていいかわからないので遠慮します」
ありがたい申し出ではある。朝陽は年上だし背も平均より高い。成績優秀、運動神経抜群。そのうえ美形である。彼氏役として小林を黙らせるには十分すぎる逸材ではあるが、いつも一緒にいる生悟の存在が強すぎる。
表面上はリリアの彼氏なのに、生悟を優先する朝陽の姿が容易に想像できる。そうなると違う問題が発生しそうである。
「なんとか、自分で頑張ってみます……」
方法はまるでわからないが、なんとかするほかない。深々とため息をつくリリアを見て、朝陽と四郎が顔を見合わせた。
「なにかあったらまた相談して」
優しい朝陽の言葉と心配するように見つめる四郎を見て、リリアは少しだけ気持ちが上向いた気がした。
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