気づいて、選ぶ

天罰の時間

 ホームルームが終わると途端に教室の空気は騒がしくなる。

 蛇縫リリアは帰り支度を始めるため、机の中に入っていた教科書やノートを取り出した。鞄にしまっていると横に誰かが立つ気配がした。


「リリア、今日一緒に帰ろうぜ」

「帰らない」


 視線を向けることもなく、リリアは即答する。馴れ馴れしく下の名前で呼ぶな。しかも呼び捨てとかふざけてんのか。そんな気持ちを飲み込んで、黙々と帰り支度を進める。

 それでも隣の気配は動かない。そろそろ諦めてくれないか。そう思いながらリリアは鞄を持って立ち上がった。


「リリアちゃん、いい加減一緒に帰ってあげてよ。可哀想だろ」

「そうだよ。こんなに毎日振られてさあ」


 今度は横にたった男子――小林とは違う男子がリリアに声をかけてくる。ニヤニヤと意地の悪い顔で笑う彼らも無視してリリアは窓際の席にいる親友、蛇縫美姫へと歩み寄った。


「一緒に帰りましょう」

「えっ……あっ……うん……」


 美姫は動く気配のない小林とその一味に戸惑った視線を向ける。リリアの背中にも視線が突き刺さっているから正面から見ている美姫は落ち着かないだろう。ただでさえ人見知り。人に見られることを苦手とする美姫だ。バレンタインから続く居心地の悪い空気を気にしていないはずもない。


 美姫にまで気を使わせて。そう思うと舌打ちが漏れそうになる。けれど、そうした態度をとって悪く言われるのは自分。そして一緒にいる美姫だと分かっているリリアは美姫の手を取って教室の出口へと向かう。


「美姫もさあ、少しは気を使えよな」


 男子の声が聞こえてリリアは思わず振り返り、相手を睨みつけた。ずっと無視を続けていたリリアが急に反応したことに男子は驚いて、それから愉快そうに顔を歪ませる。


「大変だよなあ、守人って。家の都合で子守しないといけないんだろ」


 その言葉に周囲は笑う。手を繋いでいる美姫の体が小さく震えているのが分かった。


「やめなよ。美姫さんに失礼だろ」


 そういったのは小林だったが口先だけなのはよく分かった。友達を諭しているように見せかけて、この状況を楽しんでいるのが空気で伝わってきた。


 バレンタイン前からリリアに執拗に絡んでくる小林は美姫を煙たがっていた。リリアがいつも美姫を理由に断るから、美姫さえいなければどうにかなると思っているのだ。頭がおかしい。リリアが断る理由は美姫の存在以上に、小林がウザいという理由が大きいというのに。自分に非があるとは少しも考えていない。


 リリアの顔がどんどん怒りで歪んでいることにだって気づいていない。それなのに自分のことを好きだというし、付き合ってほしいというのだ。


「私は望んで美姫様の守人を務めているの。五家のしきたりも知りもしない部外者が口を挟まないで」


 リリアの言葉に男子たちは黙り込んだ。とくに小林が忌々しげに眉を寄せる。その姿にリリアは少しだけ気分が晴れ、いきましょう。と美姫の手を引いた。


「なにが五家のしきたりだよ。緑の髪の人間なんて気味悪いだけだろ」


 小さな声だが、それはハッキリと聞こえた。小林の声だ。手を繋いだ美姫から動揺が伝わってきた。それは美姫が一番気にしていることで、絶対に言ってはいけないことだ。


 リリアは振り返る。それから足元に霊力を集めた。小さい頃から何度も練習した技は苦もなく発動する。リリアの影が伸び、小林の足を引っ張った。


「うわっ!?」


 一瞬のことで小林はなにが起こったのか分からなかっただろう。気づけばなにかに引っ張られて転んでいた。小林もその取り巻きである男子もわけがわからないという顔で固まっている。

 そんな小林を見てリリアは鼻で笑った。


「天罰よ」


 リリアは今度こそ美姫の手を引いて教室をあとにした。美姫はなにも言わない。けれど、その手が少し震えていることに気づいて苦しくなった。



※※※



「一般人に霊術を使うのはまずいでしょ……」


 鳥喰家の一室にて高畑朝陽が呆れた顔をした。その隣で四郎が肩を震わせて笑っている。おそらくは間抜けな男子の姿を想像しているのだろう。


「……あれくらいだったら霊術だってバレないと……」

「そういう問題じゃなくてね」


 一つ年上の朝陽はリリアの言い訳を聞いて困った顔をした。

 リリアだって分かっている。バレる、バレないの話ではなく一般人に向かって霊術を使ったことが問題なのである。


 霊術とは霊力を持った人間の中でも特殊な訓練を受けた者たちが使える技である。リリアが自分の影を伸ばして小林をころばしたように、訓練によっては様々なことが出来るようになる。その気になればリリアよりも大きな大男を締め上げることだって可能だ。

 だからこそ、霊術の存在すらしらない一般人に緊急時以外で使用することはご法度とされる。


「気持ちはわかるから上に報告はしないけど。ごまかし効かないようなことされたらリリアにバツを与えなきゃいけなくなること忘れないでね」

「つまり、ごまかしが効く範囲だったらオッケーってことですね」


 茶化す四郎に朝陽は顔をしかめ、四郎の頭を小突いた。四郎がわざとらしく、痛い。暴力反対です。と騒ぐ。いつもどおりのやり取りである。


 それを見てリリアは少しだけホッとした。あのときは頭に血が上っていたが、すぐにまずいと気づいた。

 特に今は蛇縫の筆頭補佐になる準備をしている。補佐は筆頭の仕事をスムーズに引き継ぐための制度だが、筆頭にふさわしい人材か見定める期間でもある。問題ありと判断されたら違う人間に取って代わられる。やっとここまでたどり着いたのに自分のせいで美姫の足を引っ張ることになったら、リリアは悔やんでも悔やみきれない。


 今日、鳥喰家に集まったのだってすでに筆頭を務めている生悟と正宗の守人である朝陽と四郎に話を聞くためだ。これから学ばなければいけないことは多い。美姫との連携だってもっと出来るようにならなければいけない。小林なんぞに振り回されている場合ではないのだ。


「でも、その小林くんは気をつけた方がいいかもね。ストーカーの気質ありそう」


 一通り四郎をもみくちゃにして満足した朝陽が真面目な顔でリリアに向き直った。さっきまでふざけていた四郎もじっとリリアを見つめている。


「……客観的にみてもヤバいですか?」

「俺がリリアだったらぶん殴ってる」

「俺はぶん殴りはしないけど、スタンガンくらいは用意するかな。美姫にも」


 真顔で二人に言われてリリアはなんとも言えない気持ちになった。朝陽はリリアと美姫を妹のように可愛がってくれているから過保護気味ではある。しかし同い年の四郎まで真顔なことに危機感を覚えた。

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