見守る時間

 二人を見送ってから生悟と朝陽は顔を見合わせた。とりあえず部外者が廊下に立っているわけにもいかないしと昇降口へ向かう。校門で待っていればそのうちやってくると、相談しなくとも二人は同じ考えだった。


「あの二人ってまだ付き合ってなかったんですね」

「好きって意外とあいまいな感情だからな。友情の好きと恋愛感情の好きの違いを明確に説明しろっていわれたら困るだろ?」

「性欲じゃないですか?」

「……人によっては好きじゃなくても性欲わくからな?」

「そういわれると困りますね」


 教師が通りかかったら青くなりそうな会話をしながら二人は来客用のスリッパを元の場所に戻して、隅の方に置いておいた靴を履く。昇降口を出ながらぐっと背伸びすると、遠くの方からリリアの声が聞こえたような気がした。今頃必死に追いかけているのだろう。


「青春だなー」

「青春ですねー」


 1、2歳しか変わらないのに。なんて突っ込んでくれる人はいないので、二人は何事もなく校門まで移動し、学校を囲む塀に寄りかかった。


 3月も半ば。もうすぐ桜が咲く季節。そうしたら朝陽は高校生、美姫たちは中学3年生になる。そうなるとクラスも変わるから小林は焦ったのかもしれない。リリアが気づいていなかっただけで、同じクラスになって一年アピールしていたのかも。そんなことを想像して生悟は少し小林が可哀そうになる。


 なかなか才能が開花しなかった美姫とリリアは誰よりも必死だった。だから恋愛なんて気に掛ける余裕もなかったし、クラスメイトと遊ぶなんて時間もなかった。真面目過ぎる性格も災いして恋愛事には鈍い。攻略する相手としては難しすぎたのだと小林の肩をたたいてあげたい気分だ。


「もしかしたら、美姫たちよりも先に小林くんの方が二人の気持ちに気づいてたのかも」

「だから美姫をリリアから引き離そうとしたんですね」


 実は生悟と朝陽はホームルームが終わる前から廊下で待機していた。

 バレンタインに告白され、それからリリアが付きまとわれていることは美姫に聞いた。リリアから聞いた話も踏まえ、小林が動くならホワイトデーだろうと生悟は予想を立てた。前回と同じく給食中だったら面倒だと思ったが運が味方してくれたようだ。


 五家の用事がある。そういえば五家の人間は早退も他校への訪問も許される。もちろん嘘だとバレれば怒られるが、今回は可愛い妹分のためだ。

 生悟と朝陽は学校を早退し、リリアたちの学校に来ると放課後待たせてもらう許可をとった。それから堂々と様子をうかがっていたのである。


 リリアが自分で解決できればいいと思ってギリギリまで様子を見ていたが、思ったよりも小林が面倒なタイプだったので助け舟を出すべく踏み込むことにした。だからやけに美姫につっかかり、守人をやめさせようとする小林の言葉は聞いていたのだ。


「俺たちの関係は、周りからすれば意味わからないだろうな」

「言葉で説明も難しいですしねえ」


 生悟の言葉に朝陽はのんびり同意した。

 獣の血を引く五家の狩人は直感が鋭い。だから自分と相性のいい守人を選ぶことができる。その直感を知っている五家の人間は守人を必ず狩人に選ばせる。

 リリアを選んだのは美姫だ。美姫はリリアだけが美姫の気持ちをわかってくれたからと言っていたが、そんなことがなくても美姫はリリアを選んだだろうと生悟は思っていた。それほどまでに血に流れた獣の本能は強いのだ。


 なかなか才能を開花させられなかったリリアは霊術をうまく扱えるようになるまで大人を不安にさせた。幼い頃であればまだなんとかなるからと、別の子を守人にした方がいいと美姫を説得しようとした者もいたらしい。けれど美姫はリリア以外選ばなかった。引っ込み思案で怖がりなのに、自分より大きな大人に囲まれたって泣きながらいったのだと聞いた。

 私はリリアちゃんがいい。と。


 リリアもなかなか開花しない才能に焦り、いくら練習してもできないのではないかという不安と戦いながら努力し続けた。一度だって自分はできないからやめるなんて言わなかった。

 当時のそれは主従としての忠誠だったのかもしれない。たとえ種類が違ったとしてもリリアが美姫を一番に考えていたのは事実だ。


「って考えると、リリアの初恋は美姫で朝陽は気の迷いか」

「それは複雑な気持ちになりますね……。いや、いいんですけど」


 渋面を浮かべた朝陽を見て生悟が声をあげて笑う。

 帰宅する生徒たちが他校生、しかも鳥狩である生悟に好奇の視線を向けるが生悟は気にせず笑い続けた。


「小林くんには同情する。がんばれとはいったけど、無理だろうな」

「自覚した守人は強いですからねえ」

「自覚した狩人だって強いよ」


 二人は顔を見合わせて笑う。今頃は校舎のどこかで美姫とリリアも笑っているだろう。そんな確信を得ながら。


「美姫は同性ということにもう少し気後れすると思ったんですが」


 一通り笑ってから朝陽が空を見上げた。朝陽が一時期悩んでいたことを知っている生悟は同じように空を見上げながら考えた。


「美姫は正宗と仲いいからな」

「それがなにか関係あるんですか?」

「大ありだろ。女の意識なのにうっかり男の体に生まれちゃったりするんだぞ。だったら同性好きになることだってあり得るだろ」


 生悟はわざわざかがんで下から朝陽をのぞき込む。朝陽は目を瞬かせてそれから、あー。と納得したのかしないのか、微妙な相槌をうった。


「ルリさんって偉大な存在なんですね……」

「偉大かといわれると微妙な気もするけど、細かいことは気にするなを体現してるよな」

「そうですねえ……。うっかり性別間違えて生まれてくるんですから、うっかり同性好きになってもなんの問題もないですね」

「そうそう」


 なんて軽くいってみたところで、実際問題いろいろある。生きていけばいくほど、いろんな面倒ごとに直面する。今回よりももっと面倒な状況がリリアと美姫を襲うかもしれない。自分たちだって他人事ではないのだ。

 それでも生悟はあえて軽く考えようと思う。好きだと気づいてしまったのならば仕方ない。いろんな選択肢を思い浮かべて、それでも一緒にいたいと選んでしまったのだから仕方ない。


「とりあえずは二人のカップル成立おめでとう会でもするか」

「赤飯ですね」

「正宗も呼ばないとな。仲間外れにしたら拗ねるだろ」

「そういえば早退の理由でっち上げなきゃいけませんでした」

「んじゃ、鳥喰と犬追筆頭会議という名目にして集まろう」


 メッセージアプリを開いて事の次第を送れば正宗からは承諾の返事とともに、知らないうちに事態が進んだことへの不満が返ってきた。それに適当に返事を返しつつ場所を決め、生悟たちはリリアたちの帰りを待つ。


 先はどうなるかわからない。近い将来後悔するかもしれない。だけど今だけは、実った恋を喜んだっていいだろう。


「お祝いのプレゼントなんにする?」

「デートに使えそうなチケットとかどうですか?」

「さすが朝陽! さえてるー!」


 可愛い妹分は幸せになってほしい。そう生悟は思うのだ。

 

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