番外編

今日もみんな元気でした。

「それでは五家定例会をはじめまーす」


 生悟のやる気のない挨拶にこれまたやる気のない返事が返ってきた。


 定期的に行われる五家定例会はそれぞれの家の狩人、その中でも筆頭だけが守人と共に参加できる名誉ある会である。

 と表向きにはなっているが、生悟が筆頭になり、出席者の中で最年長となった今はただの井戸端会議になりはてた。


 参加者がみな十代で年が近く、顔見知りであること。全員が優秀な狩人と守人であるため、ケガレの浄化も迅速。結果、緊急性のある議題がないというのが理由であった。


「これさあ……議題あるときだけ開催じゃダメなわけ?」

「それ私もいったけど却下されたわ」


 生悟が長机に突っ伏しながら文句をいうと斜め右に座っている正宗がいった。

 正宗はこの前の定例会で議長を勤めていたので、今の生悟と同じ気持ちを味わったのだ。

 味わったとしても助けてくれる気がないのはさすがというか、このやり取りはもはやお決まりになっている。


 会場として用意された鳥喰家の一室。大きな机を囲むように座ったそれぞれの家の代表は好きなように過ごしている。その光景はどうみても学校の休み時間。会議とはほど遠い。


 正宗はネイルに夢中。その隣の四郎はワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら雑誌を読んでいる。この様子だと生悟の会議開始の言葉も聞いていないだろう。


 その隣に座ったリリアと美姫はスマホと雑誌を交互に見ながら楽しそうに話している。

 定例会終わったら、ここでデザート食べましょうか。というリリアの明るい声。頷く美姫には喜びがみえ大変なごむ光景だ。

 だが、今は定例会中である。その会話、終わってからじゃダメだったのか? と生悟は思った。


 向かいに座った桜子と薫子は小学校の宿題を並べて真面目に問題をといている。その姿は間違いなく優等生。

 しかし、今は定例会中である。何度もいうが定例会中である。


「一応会議なんだからそれっぽいことしようぜ……」

「そういうあんただって議長の当番じゃなかったら朝陽といちゃつくでしょうが」

「それはそうだけど! 俺、これをどう報告すればいいわけ!?」


 議長には進行の他に報告という仕事もある。今日の定例会の内容をまとめ、開催地の当主に提出しなければいけないのだ。このだらけきった、ただの休み時間の風景をだ。


「そのまんま書いたら絶対に怒られるだろ!?」

「バカねー当たり前でしょ」

「じゃあどう書けばいいんだよ!」

「あんたが大好きな朝陽に頼めばいいじゃない」


 その言葉に生悟と背中をくっつけて座っていた朝陽が顔を出した。その手には文庫本。学校では真面目に授業を受けている朝陽だが、今は真面目にやるつもりはないらしい。


「前に代筆したんですが、すぐバレました」

「……あー……まーそうでしょうね」


 正宗は生悟の顔を見て深く頷いた。

 生悟も自分が真面目だとは欠片も思っていないので正宗からの生暖かい視線に反論はしない。

 しかしながら報告書を提出しなければいけない事実は変わらないのである。


「そういえば、猫ノ目はー? 今日も休みか?」


 本来であれば桜子と薫子の隣にいるべき猫ノ目筆頭。その代理である透子とうこの姿がない。

 透子が来ないのは初めてではなく、前回もその前も欠席だった。


「生悟がいじめるからでしょ。あんな冷たい言い方しなくてもよかったのに」

「そんなこといったって、今の猫ノ目が領土を守れないのは目にみえてるだろ」


 猫ノ目の領土の一部はいま鳥喰のものになっている。猫ノ目は不当に生悟が占拠したといっているが、生悟からしてみれば猫ノ目が管理できない領土を代わりに見てあげている感覚に近い。


 猫ノ目は五家の中でも特に獣の血に左右される。それぞれが伝える霊術も猫ノ目に伝わる影見が一番難易度が高い。

 なのにも関わらずここ百年あまり、獣の血が濃い金目が生まれておらず、ついには領土を奪われた。猫ノ目はいま相当焦っている。その皺寄せが筆頭である道永みちながと代理の透子に集まっているのは生悟からみても理不尽にみえる。


 といっても、それはそれ。ケガレの浄化は遊びでもなければ仲良しこよしのお遊戯会でもない。代々五家が勤める使命なのだ。情に流されて判断を誤るなど生悟からすればあり得ないことだ。


「行方不明だっていう金目、まだ見つかってねえの?」


 正宗の眉がピクリとうごく。視線だけをこちらに向けて、それから硬い表情で吐き捨てるように告げた。


「まだね。必死に探してるみたいだけど」

「ほっといてもそのうち帰ってくるだろうに、犬追も大変だな」


 獣の血は夜鳴市に狩人を縛る。家がどうとか使命がどうとかそういう話ではなく、呼ばれるのだ。ここを守れ。ここに帰れと獣の血が騒ぐのである。

 金目で生まれ、行方不明になった猫ノ目がその血に抗えるとは思えない。血が濃ければ濃いほど呼び声は大きくなる。いずれ、夜鳴市に戻ってくるだろうと生悟は確信していた。


 だが、それがいつかは分からない。もしかしたら自分が狩人の間は会えないかもしれない。そう思うと寂しいなと生悟は思う。


 影見を自在に使う猫ノ目の狩人を生悟は見たことがない。肩を並べて戦ったことも。それを経験しないまま勤めを終えてしまうのはどうにももったいない気がした。


「正宗ーはやく見つけろよー金目の猫!」

「はあ? さっきといってること違うじゃない!」


 ネイルを終えた指を乾かしながら正宗が眉をつり上げる。それに構わず生悟は会ったことのない猫のことを考えた。


「たしか、桜子たちの一つ上だよな。中学生か……」


 名を呼ばれた桜子が顔を上げる。つられたように薫子も顔を上げた。邪魔するな。といわんばかりに肩眉をつり上げた薫子と違い、桜子は不思議そうな顔で生悟を見ている。


「金目の猫がいたら桜子たちと仲良くなったのかなーと思って」

「……想像の話をしても意味ないでしょう。それに猫ノ目に金目が生まれたら隔離間違いないですよ」


 不快げに薫子は吐き捨てて宿題に戻る。桜子は顔をしかめるにとどめたが、生悟も今の猫ノ目だったらそのくらいしただろうなと思った。それほど猫ノ目は追い詰められている。


 そう考えると金目の猫が行方不明になったのは良いことだったのかもしれない。少なくとも今は自由に生きている。これから帰ってきたとしても外の自由を知った子供を容易に閉じ込めることなど出来ないだろう。


 どこにいるのか。いつか会えるのか。そんなことをぼんやり考える。


「そういえば桜子と薫子も来年中学なんだよなあ……子供は大きくなるのはやいなあ」

「なにおっさんみたいなこと言ってるの……」

「生悟さんだって世間的にみたらまだまだ子供ですよ」


 顔をしかめる正宗、なぞの慰めをしてくる朝陽。他の面々も好きに時間を潰している。

 平和だな。と生悟は思った。こうして平和に過ごせることが何よりも大事なことなのかもしれない。そう思う。


 しかしだ……。

「報告書どうしよ……」


 頭を抱える生悟を尻目に定例会議は何事もなく終わり、一行で提出した報告書で生悟はこっぴどく怒られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る