変わる年と変わらないもの
かじかむ手に息をはきかけると空気が白く濁った。手をすり合わせてみるが効果は実感できない。冷たい風が吹き抜けて久遠は身震いした。温かいコタツが恋しい。
「久遠様、休憩しますか?」
「それには賛成だけど、どこで?」
守に渡されたカイロで両手をあたためる。じんわりと熱が広がって気持ちがいい。少しだけ体の震えが落ち着いたが守は難しい顔だ。
「……とりあえず、自動販売機で温かいものでも買いましょう」
一番近い自動販売機はどこだっただろうか。
すっかり覚えた夜鳴市の地図を頭に思い描く。場所は遠くない。それだけで気持ちが少し上向きになる。
「体を温められる霊術とかないのかな……」
「それがあったら私も覚えたいです」
二人で自動販売機の方へと歩き始める。風が吹くたびに守も顔をしかめている。久遠よりも先輩で夜の巡回になれているといっても寒いものは寒いらしい。
ケガレには人間の行事は関係ない。今日が大晦日で、あと数時間で日付が変わるなんてことも関係ない。冬だろうが夏だろうが、雨が降っていようが雪が降っていようが変わらず、毎日夜になれば現れて町を徘徊する。だから五家には一日だって休みがない。
いま猫ノ目で主に活動しているのは透子。今日も透子が巡回を担当する予定だったが、大晦日くらいはゆっくり休んでほしいと久遠が当番を変わったのだ。
透子のためだと思えば後悔はない。しかし寒いのは事実。早く巡回を終わらせて温かい家に帰りたい。その気持だけで久遠は町を見て回っていた。
「おー、いたいた」
もうすぐ自動販売機にたどり着くというところで頭上から声が降ってきた。最初の頃は驚いたが何度も遭遇しているとなれてくる。
見上げれば予想通り、朝陽を抱きかかえた生悟が空から降りてくる。地面に朝陽を下ろした生悟は元気に久遠と守に挨拶した。その鼻は赤く、息も白い。それでも元気そうに見えるのは経験値の差だろうか。
「なんの用だ! 鳥喰!」
守が猫のように歯をむき出して威嚇する。すっかりおなじみになった守の行動をどーどーといさめつつ久遠は生悟と朝陽を見た。
「お疲れさまです。大晦日に大変ですね」
「それいったら久遠もだろ。お疲れー」
そういって生悟は久遠の体を抱きしめた。突然の行動に驚いたが生悟の体はあたたかい。
視界のはしに目を釣り上げて騒ぐ守と眉をつりあげた朝陽が見えたがぬくもりには勝てない。だからといって抱きつき返すまでの度胸はない。妥協案としてされるがままを装った。
「いや、生悟さんは俺と違って筆頭ですし、偉い人じゃないですか」
狩人のリーダー。それが筆頭だ。なんの役職にもついていない久遠とは立場が違う。大晦日にわざわざ巡回なんてせず、家でぬくぬくしていても良い立場の人だ。
「筆頭だからだよ。日頃偉そうに周りに指示飛ばしてるんだから、年末ぐらい面倒な仕事請け負わないと。他の家も今日はみんな筆頭が回ってるぞ」
「そうなんですか……」
生悟の口ぶりからいって毎年恒例のことらしい。筆頭の勤めというなら真面目な透子は意地でもやりそうなのに、当番を変わってくれたのはなぜだろう。と久遠は不思議に思った。守の顔を見ると久遠と同じことを思ったようで眉間にシワを寄せている。透子の意図がわからないのも同じようだ。
「お前らがきたってことは透子のやつ、気まずくて逃げたか?」
「久遠に気を使ったんじゃないですか。いずれは久遠が筆頭になるでしょうし、いまのうちに他の家と交流を深めるのは悪いことじゃないです」
「そこまで考えてると思うか?」
「……きっと」
久遠と守を置き去りにして生悟たちは会話を続ける。そんな二人を見てそういえば訪ねてきた理由を聞いていないことに気づいた。
生悟が特に理由もなく他家の領土に侵入するのは珍しいことではない。今回も挨拶だろうと思っていたが、今日は用事があるのかもしれない。なにしろ大晦日だ。
「生悟さん、猫ノ目にはなんの用で?」
「んーそうだな」
生悟はそこで言葉を区切るとじっと久遠を見つめた。生悟の真っ赤な瞳が目の前にある。キラリと赤い瞳が輝いて、生悟の口角があがる。嫌な予感がしたときには遅く、久遠はあっさり生悟に持ち上げられた。
「それは行ってのお楽しみだな」
気づけば久遠の足が浮いている。目の前にはにっこり笑っている生悟の顔。バサリと翼が動く。
「守は朝陽と一緒に来いよー!」
生悟はこれまたあっさり久遠の体を抱えなおすと地上にいる守と朝陽に向かって声をかけた。寒さだけでなく青い顔をした守が口をパクパクさせ、朝陽がわかりました。と冷静にうなずいた。その対称的な反応を見る時間もなく久遠の視線は強制的に動く。
風をきる感覚。浮遊感。流れる景色。
冬空の下、空を飛んでいる。
地上から「久遠さまぁあ!?」という絶叫が聞こえた。
※※※
久遠がつれてこられたのはとあるビルの屋上だった。生悟は丁寧に久遠をおろしてくれたが、飛行になれていない久遠はめまいを覚えた。地面についたのにまだ浮いている感覚がする。しゃがみこんだことでやっと一息ついた。
飛んでいる間は生悟の胸元しか見ていなかった。生悟に抱えられて飛ぶのは初めてじゃないが、景色を楽しむ余裕ができるほどじゃない。深呼吸して気持ちを落ち着けているとハスキーな声が上から降ってきた。
「生悟、無茶な飛び方でつれてきたんじゃないでしょうね」
声と同時に暖かな毛布がかけられる。驚いて顔をあげれば目の前にいたのは正宗だった。
「スピード遅めにしたけど。朝陽と一緒のときはもっと早いし」
「朝陽基準にするのやめなさいって。あの子もだいぶズレてるんだから」
正宗は生悟に文句をいったあと久遠に向き直る。至近距離でみると正宗の顔が整っているとよく分かる。同性だとわかっていても長いきれいな髪にほんのり唇を彩るリップを見れば、異性。しかも年上の美女に見つめられているという感覚がぬぐえない。
視線に耐えきれずに距離を取ろうとするが正宗は逃さないとばかりに久遠の頬を両手で包んだ。
「冷え切ってるわね。ホットミルク用意してるからもらってらっしゃい。守は?」
「朝陽が案内してくる。どのくらい時間かかるかは守次第だな」
生悟はそういいながら久遠たちが飛んできた方向を見た。そこにはいつもと変わらない夜鳴市の町が広がっている。大晦日ということでいつもより窓の明かりは多い気がする。そこに朝陽と守の姿はなく、だいぶ距離が離れていることがわかった。
「えっと……ここは?」
正宗の意識が久遠から離れたと同時に両手も離れた。やっと周囲をみる余裕ができた久遠は正宗にもらった毛布を握りしめながら周囲を見渡す。
ビルの屋上は思ったよりも広く、多くの人がいた。夜の町を巡回している五家の人間だと分かる服装だが必需品の面はつけていない。久遠と同じように毛布をかぶっていたり、ベンチコートを着ていたり。いくつかあるバーベキュー用らしいコンロを囲んで談笑している人もいる。
肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってきて、巡回途中で疲労した体が空腹を訴える。
「毎年、大晦日の巡回を担当した人だけが参加できる年越し会よ」
正宗がそういってウィンクする。奥の方で正宗の守人である四郎が肉を焼いているのが見えた。ずいぶん手慣れた様子を見ると毎年肉を焼く係なのだろう。
「巡回をしないわけにはいかないけど、大晦日にずっと寒空の下歩き回って、気づいたら年越してたっていうのも寂しいから、年越しカウントダウンはここでやるのが毎年のお決まり」
「……俺、透子さんからそんなことは一言も……」
「透子は去年、理由つけて参加しなかったから。透子が参加しないから猫ノ目は気を使って毎年誰も参加しなかったのよ」
正宗はため息交じりにそういうと片手を頬にあてた。
透子の日ごろの様子を思い浮かべて久遠は苦笑する。たしかに透子であればそんな行事に参加する必要性を感じないというだろう。以前は他の家との関係も悪かった。所詮代理であり、筆頭ではないと引け目を感じていた透子では筆頭が集まる年越し会に参加するのも居心地が悪かったのかもしれない。
「今年は無理矢理でも連れてこようと張り切ってたんだよ。猫ノ目との関係も多少改善されたし」
「だけど久遠がここにいるってことは、透子は今日休みってことね」
「透子さんと当番変わったんです。いつもお世話になってるから大晦日くらいはって……」
気遣ったつもりが余計なことだっただろうか。不安になって毛布を握りしめると生悟が笑い、正宗が慌てた顔をした。
「久遠は悪くないわよ。透子は分かってて何も言わずに当番譲ったんでしょうし」
「久遠は利用されたんだよ。透子は俺達と顔あわせたがらないからな」
「俺達っていうか、あんたと会いたくないのよ」
「えー俺、そんな嫌われるようなことしたか?」
首をかしげる生悟をみて正宗はため息をつく。これ以上いっても無駄だと思ったのか久遠に向き直った。
「まーいいわ。結果的に透子は休めたし、私は久遠に会えたし、久遠はここで暖まれる。みんなハッピーよ」
「正宗に会ったのは不幸じゃね?」
「どういう意味?」
笑っている生悟に対して正宗の顔は険しい。生悟と正宗は同い年だけあって特に遠慮がない。言い合いが始まってしまったら年下で口下手な久遠では止められない。どうしようかと焦っていると背後から大きな人影が現れた。
「お二人ともそのくらいで。久遠様が困っているでしょう」
そういってトング片手に現れたのは四郎だった。犬追は長身で体の大きいものが多いが四郎はその中でも大きい。高身長から見下ろされることになれず近づかれるたびにビクビクしてしまう久遠だが今日は救世主に思えた。
「久遠様はなにも食べてないでしょう。毛布だけじゃ寒さはしのげませんし、あちらで狐狩様と蛇狩様が温かい飲み物を配っているのでもらってきては」
狐狩様という言葉に久遠の体が反応する。四郎が示した方向を見ると運動会などで見かけるテントの下で狐守と蛇縫の筆頭、守人が紙コップを配っていた。巡回中につけている面もなくキレイな青い瞳もよく見える。小さく笑みを浮かべながら紙コップを知らない人に渡している桜子を見て久遠は複雑な気持ちになった。
「なに桜子、じっと見てるんだ?」
「あら久遠ったら、隣に薫子も美姫もリリアもいるのに、桜子にしか目がいかないのね」
気づけばいつのまにか言い合いを終えていた生悟と正宗に挟まれていた。驚いて顔をあげると左右から意味深な顔で見下ろされる。ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべた二人に久遠の頬が赤くなった。
「いや、その、ちがくて……」
「はーい、お二人とも。初心な少年をいじめないでくださーい。久遠様もこの二人に付き合ってるとずっと遊ばれるから早く逃げてください」
四郎はそういうと久遠の手を引いて生悟と正宗の間から引っ張りだした。不満そうな顔をしている生悟と正宗にしっしと犬を追い払うみたいな動作をした後、久遠のテントの方へ久遠の背をおした。数歩進んでから振り返れば四郎が生悟と正宗になにやら文句を言われている。それを四郎は面倒くさそうな顔で受け流していた。
四郎と目が合う。小さく笑みを浮かべた四郎は久遠に手を振ってくれた。それに久遠は頭を下げてると毛布を落とさないようにしっかり握りしめテントの方へ向かった。
テントの周りは人が多かった。おかれたストーブで暖を取っている人や紙コップを片手に立ち話をしている人など様々だ。ごくわずかに知っている顔を見かけたがほとんどは知らない人。きっと猫ノ目以外の追人だ。
「久遠様、こちらへどうぞ」
久遠に真っ先に気づいて手招きしてくれたのはリリアだった。その隣にいた美姫も小さく笑みを浮かべて手を振ってくれる。そろそろと近づくと遅れて久遠に気づいた桜子と目があった。そのとたんに久遠の体は動かなくなって、桜子の動きも止まる。
「え、えっと、こんばんは……」
「こんばんは……」
ぎこちなく挨拶すると桜子も挨拶を返してくれる。気まずい空気が二人の間に流れた。久遠が桜子と会うといつもこうだった。嫌っているわけではなく、どちらかといえば仲良くなりたいのだが妙に緊張してしまって言葉が出てこない。言葉が出てこないことにさらに焦ってしまい余計にうまく話せなくなる。
今日もいつもの通り言葉が出てこず、久遠と桜子は微妙に視線をそらしたままお互いに固まっていた。二人とも次の言葉が出てこない。それなのに離れようとはしない。寒さだけではなく赤くなっている頬やどうにか会話を続けようと言葉を探す姿に本人たちよりも周囲の方が察してしまう。
美姫とリリアはお邪魔しないようにそっとしておこうと顔を見合わせたが、そんな空気を意図的にぶち壊すものが一人いた。
「はい、猫狩様。ホットミルクです。次の人が待ってますのでとっとと行ってください」
ドンっと、紙コップを長机の上にたたきつけたのは薫子だった。じろりとヤクザですら逃げ出すような眼光で久遠を下からねめつける。久遠はびくりと肩を震わせながら恐る恐る紙コップを受け取った。
「あ、ありがとうございます」
「お礼は結構ですので、受け取ったのならすぐにはけてください。次の方が待っていますので」
「薫子、次の人なんてどこにも……」
「待っていますので!!」
美姫の小さなつぶやきを遮って薫子は久遠をにらみつけた。ひっと美姫から悲鳴があがり、リリアが慌てて美姫の体を抱きとめる。薫子はそんな美姫とリリアなど目に入っていないらしく久遠だけを親の仇を見るような顔でにらみつけていた。
久遠は薫子の眼力から逃げるように慌ててその場を後にした。ちらりと振り返ると戸惑う桜子の姿が見えた。なぜか怒っている薫子をおろおろと見つめた桜子は久遠と目があうと再び固まった。それから少し迷ったそぶりを見せてから、小さく手を振ってくれる。それだけで久遠は胸がぽかぽかとあったまったような気がした。
久遠も同じように手を振り返す。そうすると桜子が笑みを浮かべた。今度は胸だけじゃなく全身あつくなりそうで久遠は慌てて桜子に背を向けた。ここに来るまで寒いと思っていたのに、今は体が茹るような感覚がする。顔を手で扇ぎながら久遠はテントを離れ、人が少ない方へと向かう。手にもった紙コップは温かい。それがなんだかくすぐったかった。
守が朝陽に連れられてやってきたのはそれから少ししてからだ。余裕そうな朝陽に比べて守は疲労困憊といった様子で、屋上につくなりその場に座り込んだ。そんな守をみて生悟は修業が足りないとけらけら笑い、正宗はなにか食べなさいとバーベキューの肉や野菜を持ってきてくれた。
そのあとは久遠もバーベキューに参加して正宗や生悟に押し付けられるままに肉を食べた。キャンプは両親としかしたことがなかったので、大勢でバーベキュー台を囲んでいるのは不思議な気持ちだった。
何度か桜子が温かい飲み物を持ってきてくれて、そのたびに久遠はぎくしゃくした対応をしてしまい生悟にからかわれた。桜子の方はそれでもなにか話しかけようとしてくれたがすぐさま薫子が来て引っ張っていった。
食べて、飲んで、しゃべって。
毎年両親と三人、テレビをみたり人生ゲームをして年を越していたとは考えられないほどにぎやかな光景。今までかかわりのなかったほかの家の追人にも挨拶されたり、話したりすれば時間はあっという間に過ぎていった。
夜の静けさを払うような澄んだ音。除夜の鐘がなった瞬間、それまで好きなところで騒いでいた人々が一斉に黙りこんだ。生悟ですら目を細めて鐘の音に耳を傾ける。守が目を閉じて耳を澄ませているのを見て久遠も同じように目を閉じた。
静寂があたりを包むと途端に寒さを意識した。いくら毛布をかぶって温かい飲み物に食べ物を食べていてもここは外だ。それでも周囲に人の気配がする。久遠と同じように鐘の音に耳を澄ませている人がいる。それだけで寒さなんてどうでもよく思えるくらい満ち足りた気持ちになった。
「もう少しで年越しだけど、久遠は来年どんな年にしたい?」
すぐ近くで聞こえた声に久遠は目を開けた。見上げれば隣に生悟がいる。生悟の登場に守が眉を吊り上げたがなにもいわずに久遠を見つめていた。久遠の答えが守も気になったようだ。
「どんな年ですか……」
「私は平和であってほしいわね」
「ルリさんが答えてどうするんですか」
気づけば正宗と四郎の姿も近くにあった。呆れた顔をした四郎に対して正宗が唇を尖らせる。
「いいじゃない。平和が一番。久遠だってそう思うでしょ」
「それはまあ、そうですね」
「年下に気を遣わせるなよ、正宗」
生悟が笑うと正宗が眉を吊り上げる。再び始まった言い争いに四郎は肩をすくめて、朝陽はほほえましそうに笑って眺めている。
周囲に視線を向ければ、少し離れた場所に桜子たちがいた。薫子はなにをしているんだ。という顔で生悟と正宗の口喧嘩を眺めているし、美姫はおろおろしている。いつものことですよ。という顔でリリアが美姫に話かけ、桜子は楽しそうに笑っている。
鐘が鳴り続ける。もうすぐ今年が終わる。両親が死んで、自分の出生を知り、守と出会い、ケガレと戦う日々が始まった。今年は久遠にとって人生の転機といってもいい。そんな年が終わり、新しい年が始まる。
隣を見れば守が呆れた顔で生悟と正宗を見ていた。
追人たちもじゃれる狩人たちをほほえまし気に眺めている。それを見て久遠は思う。
「来年もこうして年越しできればいいな……」
小さなつぶやきに守が目を見開いた。生悟と正宗の口喧嘩も止まる。視線を感じて生悟たちの方を向けば生悟が意味ありげな顔で口のはしをあげていた。
「それはつまり、来年は筆頭になると」
「えっ……あっ!」
大晦日の巡回は筆頭の仕事。つまり年越し会に参加できるのは筆頭のみ。今回久遠が参加できたのはイレギュラーだと考えれば、来年も年越し会に参加するためには筆頭になる必要がある。それを理解した久遠は慌てたが言葉が出てこない。
「おとなしそうな顔をしてやるわね。まさかの下剋上宣言」
「いやーすごいですね久遠様。帰ってきて早々目標が大きい」
「久遠様ならできますよ」
生悟、正宗、四郎は楽し気にニヤニヤ笑っている。朝陽は純粋に応援してくれているようだが違うのである。久遠は助けを求めて隣の守を見た。
「く、久遠様が筆頭になりたいと思うほど猫ノ目になじんでくださるなんて……! 久遠様の守人、猫ノ目守は全力で久遠様のサポートをします!」
「いや、だから違うってば!!」
珍しい久遠の大声に生悟が声をあげて笑った。正宗も口元に手を当ててくすくす笑っている。四郎は相変わらず面白がっているし朝陽は不思議そうに首をかしげていた。いろんな視線にさらされて久遠の頭は爆発寸前だ。
それなのに、前ほど嫌じゃない。いま自分を見ている人たちが自分を攻撃しないと久遠はしっている。金色の瞳を気味が悪いということもないし、久遠がパニックになっても待ってくれる。
こうして無意味にからかってくることも多いけど。
なにかを言おうと口を開いたとき、ひときわ大きく鐘の音が響いた。
思わず久遠は鐘の音が聞こえた方を振り返る。いくら目をこらしたって遠くでなっている鐘が見えるはずもない。それでも久遠はじっと夜鳴市の街を見つめた。いつも通りの街。それがガラリと色を変えたようにみえた。
「ハッピーニューイヤー!」
「明けましておめでとう!」
生悟と正宗が同時に違う言葉を叫んだ。顔を見合わせる二人を見てどっと周囲がわく。
「新年早々、恰好がつかないわねえ……」
「えーハッピーニューイヤーだろ、ここは! なあ、朝陽!」
「そうですね、ハッピーですもんね!」
「朝陽さんは生悟さんが言ったことにとりあえず同意するのやめた方がいいと思いますよ」
年が変わった。それでも変わらずに続く何気ない会話。
久遠の人生を大きく変えた年。それが終わっても目の前にいる人たちは変わらない。両親のように消えてなくなったりはしない。それが久遠は嬉しくて、なんだかとても胸が温かくなった。
「久遠様、明けましておめでとうございます」
守が久遠の手をとって笑みを浮かべた。
猫ノ目に来て初めてできた、久遠にとって信用ができる人。その人が年を越した今も目の前にいる。そのことが久遠がとてもうれしくて、自然と笑みが浮かぶ。
「守さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
来年も、再来年も、できればずっと。
そんな気持ちは重すぎるので口には出さない。両親の代わりを守に求めるのはおかしいことだって久遠は知っていた。それでも、せめて来年も、こんな風に温かい気持ちで年を越せればいい。
目の前で騒ぐ、過ぎ去った年に出会った人たちを見て、久遠は心からそう思った。
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