真夜中の夢
ふわりと体が浮き上がる感覚で目が覚めた。私の意志に反して体はどんどん浮き上がる。天井を幽霊みたいにすり抜けると夜空が私を出迎えた。輝く月にふってきそうな星々。それらを浮きながら見上げた私は気づく。これは夢だ。
小さい頃からたまにリアルな夢を見た。高校生になってから夢を見る頻度がますと次第に慣れ、私は夢の中で自由に行動が出来るようになった。
水の上をたゆたうように宙に寝そべっていた体を起こし、私は眼下の街を見下ろした。
私が暮らす夜鳴市には夜は外に出てはいけないという風習が強く残っている。八時くらいには店も閉まるし、十二時をすぎる頃には殆どの家の明かりは消える。
私にとってテレビで見る夜中も明るい街は夢物語だ。
私がそう思っているせいか、夢の中でも街は静かで暗い。どうせなら明るく楽しい夢をと思わなくもないが、このリアルな夢を意外と私は気に入っていた。
なぜなら夢の中なら憧れの人を見られるから。
宙をふわふわと漂って、私は憧れの人を探す。
夜鳴市には夜に出歩いてはいけないという風習があるが、例外的に夜出歩くことを許されている集団がいる。それが夜鳴五家だ。
電気がなかった時代、夜はとにかく危険だったらしい。そんな時代に夜の巡回をし、治安を守っていたのが五家。その風習が現代まで伝わっていると聞いた。
夜中も明るい現代で必要かっていわれると微妙だけど、五家が見守っていてくれるおかげで夜鳴市では変質者が少ないらしい。代わりに変死体が定期的にでるって噂もあるけど、噂は噂。
そんな五家の中で私の一推しは鳥喰だ。
鳥喰の中に生まれる特別な子は金髪に赤い瞳を持って生まれてくる。初めてお祭りでその姿を見たとき、私は輝く金髪に目を奪われた。染めたのではなく天然ものの金髪は宝石みたいに輝いていて、風に揺れる姿は異国の王子様みたいにみえた。
カラス天狗をモチーフにした衣装で扇子を片手に軽やかに舞う姿はかっこよく、仮面の隙間からちらりと見える赤目を見たら最後、幼い私の心は見事に撃ち抜かれた。
それ以降すっかり鳥喰ファンになってしまい、お祭りで舞いが披露されるとなれば必ず出向き、鳥喰が参加するイベントがあると聞けば走り、少ないお小遣いでお布施を払った。そして高校は鳥喰家の人間が多く入学する飛禽高校に入学したのである。
飛禽高校には金髪赤目の鳥喰の人間が何人かいる。同じ学年にもいるし先輩にもいる。その中で一番私の目を惹いたのが三年生の生悟先輩だった。
生悟先輩は金髪というのを除いても目立つ。いつも人の輪の中心にいるし、誰にだってフレンドリー。スポーツ万能で体育祭では大活躍したと聞いた。けれど勉強は苦手で先生によく怒られているらしい。しかしそんなマイナスポイントも太陽みたいに輝く笑顔を見ているとチャームポイントに変わる。
高校に入学して生悟先輩を知ってから私の鳥喰推しは拍車がかかった。というか鳥喰全体推しではなく生悟先輩推しになった。ほかのファンの子たちと一緒に三年生の教室付近をうろうろしたり、登下校を見守ったりと、楽しい高校生活を送っている。
しかしながら、生悟先輩と話すことはできていない。生悟先輩には強力なボディーガード。高畑朝陽先輩がついているのだ。
五家に生まれる特別な子には従者が一人つき、幼い頃から一緒に過ごすのだという。現代社会では失われた主従関係が五家には残っているのだ。
他の従者も自分の主に敵意を向ける人間に対してガードがきついと聞いているが朝陽先輩は別格だ。生悟先輩に好意を向ける人間すら見事にブロックする。もう鉄壁である。そのくせ自分が向けられている好意には鈍感で、いくらアタックしても気づかれないと同じクラスの先輩が嘆いていた。なぜか生悟先輩に向ける好意だけはピンポイントで察知するらしい。恐ろしい。
そんな朝陽先輩にとって私もブロック対象らしく、目が合うとにらまれる。生悟先輩を見つめていると遮るように割り込んでくる。話しかけようとすれば生悟先輩の手を引いてどこかにいってしまう。
本気で藁人形の購入を考える今日この頃である。
いかに朝陽先輩のブロックを潜り抜けて生悟先輩と話すか。それが私の悩みになり、悩みに悩みぬいたせいなのか、気づけばリアルな夢を見る頻度が上がった。
最初はただうろうろしていたのだがある時、街を巡回する鳥喰家を発見した。その中に、なんと私は生悟先輩の姿を見つけたのである。
さすが私の夢。私にとって都合が良いようにできている。生悟先輩は私が鳥喰推しになった時と同じカラス天狗をモチーフにした衣装を身にまとい、顔に鳥の面をつけ、背中に鳥の翼を生やし空を飛んでいた。
そこは夢。なんでもありである。黒装束に身を包んだ人間が何人も建物の上をぴょんぴょんと飛んで移動したり、黒いよく分からない物体と戦ったりしているのもすべて夢だから。現実ではありえないといくら夢見がちな私でも知っている。
大方この間読んだ陰陽師が出てくる漫画に影響を受けたのだろう。ついでに生悟先輩が陰陽師だったらという妄想もしたから間違いない。私の夢、グッジョブである。
しかし、いくら夢といってもすべて思い通りにはいかないらしく、現実と同じく生悟先輩の隣には朝陽先輩がいた。黒装束に身を包み、鳥と書かれた布を頭に巻いて顔を隠している朝陽先輩は学校と同じく常に生悟先輩の隣にいる。私の夢の中でくらい別行動をとってほしいのだが、生悟先輩といったら朝陽先輩という公定式がどうやら私の頭の中で出来上がっているらしい。これも毎日朝陽先輩をいかに生悟先輩から引き離すかを真面目に考えていた結果だと思えば悲しいが納得がいく。
今日も生悟先輩と朝陽先輩は一緒になにか黒いものと戦っている。私の夢だから当然といえば当然だが生悟先輩は強い。大きな鳥の翼を自由自在に使って空を飛び、足を鳥のかぎづめに変化させて化物を倒す。大人数に指示を飛ばして戦うさまはかっこよく、夢だとは思えないリアリティがある。ナイス私。ナイス夢。と日々思いながら私は空中から生悟先輩の姿を眺める。
インカムで指示を飛ばしていた生悟先輩は区切りがついたらしく、ぐぅっと背伸びをした。そのまま肩を回して、顔につけている面をはずす。生悟先輩の素顔があらわになり、私は空中でテンションをあげた。
「生悟さん、いまは巡回中ですよ」
「誰もいないから大丈夫だって。仮に誰かいたらコスプレって答えるし」
「……無理あるでしょ」
朝陽先輩はそう答えながらも生悟先輩が渡した鳥の面を受け取った。生悟先輩は腕を伸ばして深呼吸する。その様子を呆れながら見守る朝陽先輩の視線は優しい。なんというか空気が甘い。完全に二人の世界である。
これ、私の夢なんですけど、なんですかね、この空気。
私の夢のはずなのに私が邪魔ものみたいな空気に耐えきれず、私は生悟先輩たちに近づいた。今まではなんとなく離れた場所から見ていたが、考えてみればこれは夢だ。夢の主である私がこそこそ隠れている必要などない。むしろこの機会にじっくり、ゆっくり生悟先輩を見るべきでは。そう思った私は生悟先輩の目の前に急降下した。
急に降りてきた私をみて生悟先輩が目を見開く。暗い夜でも赤い瞳はよく見えた。月の光で輝く金髪は間近で見ると芸術品みたいだ。さすが私の夢、クオリティが高い。
うっとりと生悟先輩を間近で観察していると、驚きの表情が徐々に憐みのものへと変わった。なぜかとても可哀そうなものを見る目で私を見て、しまいには私の頭をポンポンと軽く撫でた。
あまりの衝撃に私の魂は抜けかけた。推しからのいきなりのファンサ。死ぬ。
「可哀そうにな、こんなに若いのにこんな姿に。心残りだろうなあ」
そういいながら生悟先輩は私の頭をなでる。いや、むしろこの瞬間に心残りが消えて成仏しそうなんですが。自分の夢とはいえ幸せがすぎてやばい。
「でもな、この姿のままフラフラしてケガレに襲われたんじゃ、お前もうかばれないだろう。ちょっと痛いけど、まあ我慢してくれ」
そういうと生悟さんは歯を見せて笑った。イケメンにしか許されないさわやかスマイルである。なんだ今日の夢。サービスが良すぎる。私の脳みそどうなってしまったんだ。と私が戦慄していると、なぜか生悟さんが拳を握りしめた。そして勢いよく引き、目にもとまらぬ速さで私の腹に叩き込む。
ぐふぅ!?
自分でも初めてきくようなうめき声。つの字になった私は吹っ飛ばされ、近くにあった建物の壁にたたきつけられる。背中も痛いしお腹も痛い。いや、私女の子ですけど!? ちょっとまってください。とか文句を言う前に意識がどんどん遠のいていく。
「ごめんなー。成仏してくれ」
薄れゆく視界の中で生悟先輩が私に向かって手を合わせていた。いや、それじゃ私本気で死ぬみたいじゃないか。冗談でもやめろ。
文句を言おうにも口が動かず、あまりの痛さについ生悟先輩をにらみつけていると朝陽先輩がトントンと生悟先輩の肩をたたいた。
「生悟さん、その子、生霊です」
「……マジ?」
とたんに青くなった生悟先輩の顔を見たが最後、私の意識はプツリと切れた。
その後、私が目覚めたのは病院のベッドの上だった。私が目覚めるなり母は号泣。話を聞くところによると私は三日間昏睡状態にあったらしい。原因は不明。なんだかよく分からないが鳥喰家が入院費や、その後の通院費などを払ってくれるらしく、なぜか謝罪のお菓子やら花束なんかも差し入れられていた。
鳥喰という名前を聞いた瞬間、私はもしかしてと夢のことを思い出したが、深く考えることはやめた。あれは夢。そうである。そうでなければ困る。
私は考えることをやめて布団にもぐりこんだ。
その日から、私が空に浮かぶ夢を見ることはなくなった。
そのうえ生悟先輩を見ると条件反射でお腹が痛くなるようになった。
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