☆人見知りで大人しいとか絶対嘘
「同い年だし、仲良くしろよ」
という本人の意志を無視した無茶振りを言い渡し、生悟は朝陽を引き連れて猫ノ目当主の元へ挨拶へ向かった。
訪問二回目の道永家の居間にて、会うのは三回目。さらに言うならまともに話したことはない久遠の前に鷹文を放置するという非道を行いながら、本人は笑顔。その後ろに続いた朝陽は安定の無表情。
そんなんだから人の心がないとか、スパルタ野郎って言われるんだぞと鷹文は心の中で呪詛を送る。その呪詛すら朝陽に真顔ではたき落とされた気がするので打つ手はない。
机を挟むように向かい合っている久遠は鷹文と同い年。猫ノ目においてただ一人の金眼となればいずれ筆頭になるのは間違いない。となれば次期筆頭である鷹文との関わりが深くなることは明白だ。それがわかっているからこそ生悟も鷹文をおいていったのである。
事情は分かる。仲良くなっておいた方が得というのも分かる。分かるが、ケガレを相手にしたときとは打って変わって人見知りを発揮する相手に対してグイグイいけるほど鷹文は無神経ではない。守人である隼が似たタイプであるから余計に。
生悟であれば遠慮なくグイグイいくだろうに。というか、グイグイいってたなと無情にも自分を置いていった先輩を思う。
鳥喰の筆頭である生悟が猫ノ目当主に挨拶にいくのは正しい。当主へ挨拶した後、猫ノ目の狩り部隊にも挨拶してくると言っていたので、今後を考えて交友を深めるのが目的だろう。道永が狩りに出られず、透子が入院中の今、現場で指揮権を持つのは生悟である。事情が事情とはいえ反感を持つ人間はいるだろうから、実力、性格、立場の三拍子そろって無視出来ない生悟が適任だ。
鷹文は生悟よりも空気が読める自信があるが、生悟ほどのカリスマ性は残念ながら持っていない。空気が読める故に生悟ほど遠慮なく人の輪に突っ込んでいくことも出来ない。
ついていったとしても生悟の後ろをついて回るだけなのだ。それならば久遠と少しでも親しくなっておいた方がいい。そう生悟が直感的に判断したのは正しい。
が、正しいからと言って納得行くかと言われると話は別。
ちらりと視線を送れば久遠はビクリと肩を震わせて視線を泳がせた。微妙に守側へよる姿すら自身の守人と重なって微妙な気持ちになる。
ケガレが溢れたあの日、生悟やルリを扱き使っていたとは思えない怯えっぷり。現場に出ると人格が変わるタイプなのか。
現場に出てもプルプルと子羊のように震える隼を相方に持つ鷹文からすると羨ましいが、今は現場ではない。よって隣には人見知りを発動して子羊モードの隼。前方にも人見知りを発揮して子羊モードの久遠。
ぶっちゃけ面倒くさい。
「隼さんは中三ですよね。ってことはこの場では私が一番年上ですね!」
人見知りで震える主とは対称的に一切動じた様子がない久遠の守人、守が目を輝かせる。年上という響きに酔い、自分が三人を引っ張っていかなければと頼んでもないないのに使命感に燃える姿を見て、コイツはコイツで面倒くさそうだなと鷹文は思った。普段は大人しすぎる久遠との相性は良いだろうが、単体ではあまり付き合いたくない。
年上とはいえど、実践経験はこっちの方が上だからなと釘を刺したくなる気持ちを飲み込む。
年功序列というのはどこに言ってもついてくる。ちょっと早く生まれたくらいで偉そうにと鷹文は思うが、年上を敬っていた方が周囲からの心象は良い。敬われた相手も良い顔をするし、立てておいて損はないのである。
「久遠の守人はしっかりした人みたいで羨ましいです。隼は僕よりも年上だけど、頼りないので」
笑みを浮かべて見せると守は嬉しそうに胸を張った。単純な性格らしい。生悟や朝陽、雀や小鳥といった癖の強い年上に囲まれていた鷹文からすればこの単純さは好ましかった。ちょろそうで良い。
頼りないといわれた隼が気落ちしたがいつものことである。狩人とはいえ年下に馬鹿にされているのだから少しは怒ればいいのに、隼の辞書に「怒る」という文字はない。日頃は気弱でもいざというときは豹変する久遠を少しは見習ってもらいたいものだ。
「隼さんは目が赤いんですね」
聞いていいのかとちょっと迷った素振りを見せてから、久遠は口を開いた。金色の瞳は興味深そうに隼の瞳を見つめている。
一方隼は瞳を見られるのが苦手のため、鷹文の背後に微妙に移動した。お前は俺の前に立って俺をかばう立場だろうがと思ったが、隼だし仕方ないかと諦める。
「隼は普通の人よりは血が濃いんです。金髪にはなるほどではなかったようですが」
素質はあるものの狩人にはなりきれない人間を五家では色落ちとか色欠けと呼ぶ。心のない人間であれば出来損ないと。
久遠はそういう悪意を知らないのだろう。「道永さんと透子さんと一緒ですね」と素直に納得していた。その反応に隼が意外そうな顔をして、それからすぐ恐縮する。どうせ、自分ごときが猫狩と並び立つなど恐れ多いとでも思っているのだろう。道永と透子は金眼が生れなかったから猫狩の立場になれただけで、持って生まれた素質は隼とそれほど変わらないというのに。
「お互いが納得した形で組めるのは血が濃い者同士の特権だって生悟さんが言ってたんですけど、お二人はお互いに納得して組んだんですか?」
相方のネガティブ思考に呆れていると久遠が思ってもみなかった疑問をぶつけてきた。先程までは人見知りで震えていたのに金色の瞳には好奇心の色がハッキリ見える。大人しいのか大胆なのか分からない態度に鷹文は内心混乱した。
「生悟さんがそんなことを?」
考えをまとめられない間に隼が口を開く。人見知りの隼らしからぬ反応。見開かれた赤い瞳を見るに、驚きのあまり考える前に口からこぼれ落ちたのだろう。
「私は黄色にすらなりませんでしたが、色素が薄いのできっと血が濃いだろうと生悟さんが」
誇らしげに守が胸を張る。血が濃いというのは五家の人間にとっては良いことだ。血が濃い方が霊力量も多いし、その扱いだって上手い。狩人がその最たるもので、黄色の道永と透子、金髪は受け継がなかったものの瞳は赤い隼もたしかな才能を持っている。
霊力量が他の狩人より少ないハンデを技術力で補った道永に、霊具の扱いにかけては狩人の中でも随一といえる透子。隼も単純な霊力量に関しては他の守人より抜きん出ている。なによりも鳥狩の特徴である異能を使うことができるのは強みだ。鳥狩に比べると飛べる距離と高さが劣るという欠点はあるものの、鳥狩と守人、両方飛行できるのは大きい。
しかしながら、色が欠けた彼らはコンプレックスを抱きやすい。なぜだか色を持たなかった人間よりも、色が少し足りなかった人間の方が劣等感を覚えてしまうのだ。
それは五家の環境が大きいのだろう。隼も目だけとはもったいないと何度も大人に言われてきた。目どころか霊力すら受け継げなかった、狩りにすら出られないバカどもに。
鷹文からすればバカの言葉など気にするに値しないのだが、色が欠けた彼らはその言葉を素直に受け止めてしまう。あと一歩足りないというのが彼らにとってはどうしようもない壁に思えるのだろう。
だから狩人は彼らに触れないのが暗黙の了解となっている。隼の赤い瞳に関して、あの生悟ですら触れることはない。持って生まれた者が持たざる者にどんな言葉をかけたところで、それは嫌味にしかならないとわかっているからだ。
「俺は正直、血が濃いとか薄いとかよくわからないんです。守さんのことを選べて良かったなと思いますが、直感とか本能だって言われるとよくわからなくて。隼さんはそういうの鷹文さんに感じたんですか?」
知らないからこその無邪気な質問。五家に生まれていないからこそ、色欠けなんて言葉知らないからこそ出る純粋な疑問。
悪意はない。それが分かっていても隼の息が不自然に止まる。助け舟を出すべきか、そう鷹文が考えている間に隼は深呼吸した。
「俺なんかを選んでくれた。だから鷹文様に仕えようと思いました。けど……今にして思えば、俺を選んでくれないかなって一目あったときから思ってました」
「えっ、なにそれ初耳」
幼い頃から一緒だった相棒からの衝撃的な告白に思わず素の声が出る。驚く鷹文に対して隼はふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべた。笑った状態でも下がった眉はらしいが、その状態で笑うとなんとも気の抜けた顔に見える。
「獣の直感。目だけの半端者にもあるんですね」
嬉しそうな隼を見て鷹文は何も言えなくなる。霊力だって異能だって、金髪に生れられなかったとしても赤い瞳だけで十分隼は優秀なのに、いくらいっても自信を持たない面倒臭い相棒。そんな隼が鷹文の言葉よりも久遠の言葉で己に流れ血の濃さに気づいた。その姿に鷹文は歓喜よりも不満を覚えた。
思わずその頭を平手打ち。スパーンという良い音が部屋の中に響いて、久遠と守が目をむく姿が視界の端に映った。
「この鷹文様がお前を選んだんだぞ! 俺の直感が間違ってるわけがないって何度いっても納得しなかったのに! 何でよその狩人に言われて納得してるんだよ!」
怒りのままに頬をつねると隼は涙目になる。ざまあみろやと思いながらさらに力を込めると、戸惑いの滲んだ小さな声が聞こえた。
「……それが素かあ……」
表情を取り繕うのを忘れて声のする方へと顔を動かす。自分でも怖い顔をしているだろうという自覚はあったが久遠は大げさなほど肩をはねさせると守の背後に隠れた。それでも金色の瞳は観察するように鷹文を見つめ続けている。その姿に怒りが増した。
「鳥なのに猫被ってるって? 年上相手にするなら大人しくしといた方が受けがいいんだよ! 生悟さんみたいに素で人をたらし込めるほど、俺はカリスマ性持ってないんで!」
裏も表もない性格らしい守が目を丸くして固まっていた。
鷹文の五家での評価は聞き分けの良い優等生である。年上は立てる。大人の言うことは聞く。言われた指示には従う。生意気な部分は自由人すぎる生悟がいるので多目にみてもらえる。
そう見てもらえるように行動してきた。
今後の付き合いを考えれば、久遠と守に好かれた方が良い。それを鷹文はよくわかっている。直感と本能で動いて上手くいく生悟とは違うのだ。頭を使って、空気を読んで、大人に媚を売って、そうして筆頭補佐の地位までのぼりつめたのである。
それでも……だからこそ、ふらっと出てきた久遠の言葉の方が自分の守人の胸に響いたなんて鷹文は我慢ならなかつた。
「隼はな! 自信がないだけで優秀なんだよ! この俺が守人に選んだんだから! この俺が守人を間違えるはずがないんだから! 分かったが新米猫狩が!!」
そう言い捨てると鷹文は立ち上がり、ズカズカと荒い足音を立てながら居間を出て、玄関へと向かった。
仲良くしろよという生悟の言葉が頭に響いたが知るかという気持ちである。俺が気を使うんじゃなくて、新米の方が仲良くしてくださいって頭を下げてくる側だろうと血がのぼった頭で考える。
「た、鷹文様、あの態度はあんまりです!」
あわあわしながら追いついてきた隼は鷹文の服の裾を引っ張って、謝りに行きましょうと言葉なく主張する。それが正しいと鷹文は分かっていた。子供みたいな意地を張るのは得策じゃない。それでも鷹文は隼の腕を振り払った。
「知らない! 俺は帰る!」
「た、鷹文様! まって! 鷹くん!!」
外ではめったに呼ばない名前で呼ばれても鷹文は振り返らずに外に出る。あわあわしながら隼がついてくるのにちょっとした優越感を抱いてしまったら、足取りは現金にも軽くなる。
本能で守人を選ぶ狩人にとって、職務上仲良くしなければいけない猫狩よりも己の守人の方がどうしたって重要なのだ。
後日、冷静になってからきちんと謝罪したところ久遠は気にしてないと自分の方が悪いことをしたみたいに恐縮していた。鷹文の態度に対して、分かりやすい外面の方が対応に困るから素の方が楽。そう悪気なくいう久遠を見て、コイツ生悟さん側だと確信した。
計算せずに人を引き寄せ振り回す奴。コイツ嫌いかもと顔をしかめる鷹文を見て、隼が青い顔をしていたがフォローする気になれない。
素も見せてしまったし、どうせ長い付き合いになるのだからと鷹文は開き直ることにした。
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