獣の直感
前編
休日の駅前は人出が多い。いきかう人の群れをみて
久遠は人の視線が苦手だ。
「久遠様、休憩しましょう。買い物も後少しです」
動きを止めた久遠に
両手にもった袋には久遠がこれからの生活で使う日用品が詰まっている。
これといったこだわりもないので適当でいいといったのだが、守は実物をみて買うときかなかった。家にこもりがちな久遠をどうにか外に連れ出したかったのかもしれない。
特に服は必要以上に買った気がする。服をみている間、守はご機嫌で久遠様はなにを着ても似合いますねと久遠を誉めちぎった。その台詞はそっくりそのまま守に返したかったが、返したが最後倍になって返ってくるので黙っている他ない。一緒に服を選んだ店員さんもなぜか乗り気だったため午前中に終わる予定だった買い物は午後も継続することになった。
「どこがいいでしょう。この辺りで行き着けというと……」
「ファミレスがいい! ファミレスに行こう!」
育ちの違いを感じさせる高級店に連れ込まれそうな気配を感じて久遠はあわてて守の手をひいた。久遠より背の高い守を見上げる。それだけで守は端整な顔をこぼれ落ちそうなほど
守は日頃から久遠に頼られるのが喜びであり生き甲斐だと語っているが、何度きいても、こうして態度でしめされても久遠にはよくわからない。それでも守が喜んで、話がそれるならいいと久遠は強めに守るの手をつかんだ。
「ファミレスですか! いいですね! 実は入ったことがないんです」
片手に買い物袋を持ち直し、久遠の手をがっしりつかむと守は意気揚々と歩きだした。手をひかれながら久遠は息を吐く。なんとか場違いな場所に連れ込まれる展開はまぬがれたらしい。
ファミレスというものをいまいち理解していない守を先導して店内に入る。お昼時だけあって中は賑わっており待たなければいけないようだ。ボードに名前をかいて、他の待っている人たちと並んで椅子に座る。
初めてファミレスに入ったらしい守は落ち着かなく周囲を見渡していた。守の隣でスマートフォンをいじっていた男性が怪訝な顔をしているが守は気づく様子がない。
そんな守に苦笑しながら久遠も店内を見回した。夜鳴市に来てからファミレスに入ったのは初めてで、少し懐かしい気持ちになる。両親がいた時はよく三人で訪れていた。その思い出にあたたかい気持ちになると同時、両親はもういないのだと気づいて胸がズキリと痛んだ。
「おっ! そこにいるのは猫ノ目!」
感傷に浸りかけたところで大声が響く。突き抜けるような明るい声。聞き覚えがある声に視線を向ければ金色の髪をした少年――
「生悟さん、店内では静かにしてください。子供ですか」
生悟の向かいから母親――ではなく生悟の
ざわつく店内も朝陽の小言もものともせず、生悟は元気良く立ち上がるとあっという間に久遠の目の前に移動した。好奇心で輝く赤い瞳に見下ろされる。久遠よりも一回り大きい生悟は間近でみると威圧感があり、思わず久遠は後ずさった。
「鳥喰! なんで貴様らがここにいる!」
久遠と生悟の間に割って入った守が猫のように威嚇する。それに生悟はニッコリと笑みを返すと近くにいた店員に向かって
「お姉さん! この二人と相席します!」
どうぞ。という店員の戸惑った声を最後まで聞かずに生悟は久遠の手をとり歩きだす。ギャンギャン騒ぐ守の声も全く気にしていないらしく、元いた席まで戻ると久遠を奥に押し込んで隣に座った。
向かい合う形になった朝陽にご愁傷さまです。と目で合図されたが、そういう朝陽も生悟をとめる気はないらしい。
「鳥喰~! 貴様~!!」
守が憤怒の形相で生悟を睨み付ける。美形は怒ると怖いというが本当に怖い。久遠は思わず体を震わしたが生悟も朝陽も動じた様子がない。
「あんまり騒ぐと迷惑だぞ~。あっ久遠、なに食べる? 俺のおすすめはハンバーグ」
「俺のおすすめはほうれん草のソテーとスープ」
「じじいか」
「久遠は育ち盛りですよ。バランスの良い食事が大切です」
怒っている守などいないかのようにマイペースに会話をつづける二人。話かけてきたわりには久遠の答えを待つ様子もない。完全に二人のペースだった。
「ふざけるのも大概にしろ!」
守が叫ぶと生悟と朝陽が同時に守を見つめた。色彩の違う二人の目が無言で守を凝視する。ぴったりと重なった動きも合わせて守はたじろいだ。
「だからー、ここはお店。騒いでないで朝陽の隣に座れって」
「ただでさえ俺たちは目立つんだから。久遠は視線苦手なんだろ。いいの? 視線集まってるよ」
守をおびえさせたとは思えないのんきな口調で二人は話す。
朝陽の言葉に周囲を見回せばたしかに視線が集まっていた。二人のテンポにすっかり周りをみる余裕がなくなっていたが、これはまずいと帽子を目深に被り直す。それにたいして二人はなにもいわずに守に意味深な視線を向けた。
「もともとはお前らが……」
ブツブツいいながら守が朝陽の隣に座る。
それでも視線は消えない。ざわつきと共に興味本位の視線が四人に突き刺さる。
これは店内で騒いだからという理由だけではない。夜鳴市では猫ノ目、鳥喰という名は有名だ。そのなかでも金色の瞳を持つ久遠や、金髪に赤い目を持つ生悟は特別な存在として知られている。
かすかに、本当に金髪だ。そうささやく声が聞こえた。
隣をみれば生悟の金髪が目にはいる。黒い髪と瞳が多いなか、生悟の金髪は異質だ。久遠と同じく小さい頃から良くも悪くも人目にさらされて生きてきただろう。瞳をのぞきこまれなければ分からない久遠と違って生悟の金髪を隠すのは難しい。
それなのに生悟はまったく怯える様子がなかった。
すごいな。と久遠は思う。自分は隠してばかり。特別だと肯定してもらえる場所に来ても素直に受け入れることが出来ず、目立たないように小さくなって生きている。そんな久遠からみて生悟はまるで別の生き物に見えた。
「食べるもの決まったか?」
久遠の視線に気づいた生悟が笑う。太陽みたいだと思った。染めたものとは違う天然ものの金髪、宝石みたいに輝く赤目。全てキラキラしていて見ているだけで胸がいっぱいになってくる。
「ま、まだです……」
年上だということもあって妙に緊張した。久遠はあわててメニューに視線を落とす。
久しぶりにみたメニュー表は記憶にあるのと変わらない。それなのに新鮮な気持ちになるのは食べる場所と一緒にいる人が変わったからだろうか。
久遠がパスタを、守がドリアを選んだ。生悟にはそれで足りるのか。女子か。などと驚かれ、それに守が騒ぎ、二人が言い合ってる間にさっさと朝陽が注文するといった一幕はあったものの、とりあえず注文はすんだ。
それだけで一仕事終わらせたような気持ちになり息を吐き出すと間近で視線を感じる。見れば机に肘をついた生悟がニヤニヤ笑いながら久遠を見つめていた。
「それで? 猫ちゃんはなにしに来たの?」
「買い物でしょう」
「なんで朝陽が答えるんだよ!」
久遠が口を開く前に朝陽があっさり正解を口にした。生悟が大袈裟な動きで突っ込みをいれる。
「守が袋持ってることからみて、買い物以外にないでしょう。しかもここは狐町の駅前。夜鳴市一栄えた場所です」
「そーだけどー、もっとさー、面白い答えを期待するもんだろー!」
生悟が騒ぎながら地団駄をふんだ。完全に言動が子供だ。
「面白い答えって生悟さんはなにを期待したんですか」
「うーん、例えばデートとか?」
「で、デート!?」
朝陽の隣で大人しくしていた守が素っ頓狂な声を上げる。顔も赤い。それを見て生悟がにやりと笑い、朝陽もおや。という顔をした。完全にからかう得物を見つけたという顔に久遠は焦る。
「ふ、二人はなにしに狐町に?」
いつもよりも大きな声をだして会話に割ってはいった。生悟と朝陽が意外そうな顔で久遠をみる。
「俺たちは映画見に。あとそろそろ新しい服ほしいなってことで、この後は買い物だな」
「生悟さん買いすぎないでくださいね。気になると後先考えずに買おうとするんですから」
「えーいいだろ。なくて困ることはあっても、あって困ることはないし」
「仲がいいんですね」
再び始まったテンポのよい会話に圧倒されつつ話がそれたことにほっとする。
狩人、守人はビジネスライクな関係もあると聞いていたが、二人の場合は間違いなく仲がいい。私服なことを見るに学校帰りというわけでもない。休日にわざわざ二人で出かけるほどには良好な関係を築いている。
守に理由を見つけてもらわなければ外に出ない自分とは大違いだと久遠は思った。
「お前らだって仲良しだろ。買い物なんて今時通販でもすむのに、わざわざ二人そろって。二人だけってことは電車で来たんだろうし」
「送迎してもらうのはなれなくて……」
守と出かけるというと当然のように送るといわれたのだが恐れ多くて断った。いくら目をのぞきこまれるのが苦手だといってもそれを理由に引きこもり続けるのがよくないことを久遠は分かっている。守と一緒だったら一人で出歩くよりは心強いと外出する練習をするつもりでもあったのだ。
結局、人の多さで参ってしまったのだが。
「守人、狩人の関係としては良好だろ。仕事以外は一切会わない組もいるんだし」
「俺としては不思議ですけどね。ビジネスライクな関係で連携がとれるとは思えません」
「危ない時に背中預けようって気にもならないよなー」
「危ない時……」
当たり前のように口にした生悟の言葉に久遠は息をのんだ。自分たちは危険な仕事をしているという事実を突きつけられた気がした。
久遠の表情が硬くなったことに気づいた生悟が目を細める。上空からすべてを見通す空の覇者。隠したい弱音まで見通されているような気がして久遠は体を小さくした。
「生死を分けるのは一瞬だ。命の危機に立たされたとき、信頼できない相手と一緒に戦ってお前は迷わずにいられるか」
久遠が大きなケガレに遭遇した頻度は少ない。遭遇しても大抵は久遠以外の狩人もいて、死ぬかもしれないという危険を体験することはなかった。だがもし、守と二人きり、守を信頼できなければ死ぬという状況に立たされて、自分は心の底から守を信用することが出来るか。それを考えて、久遠は言葉が出なかった。
信頼したいとは思う。けれど、本当に出来るかと言われたら分からない。
「迷いは思考を奪う。たとえ一瞬だろうとそれで死ぬときもある。だから守人と狩人は一蓮托生なんだ。ビジネスなんて生ぬるい関係で務まるものじゃない」
「早死にしている狩人は守人との関係が希薄だったって記録も残ってるしね」
さらりと口にされた言葉に久遠は目を見開いた。守も初耳だったらしく朝陽を凝視している。
「その点、俺と朝陽は問題なし! 良好も良好! 朝陽と一緒だったらどんな死地でも生還できる自信がある」
腕を組んでふんぞりかえった生悟は自信満々に宣言した。朝陽もそれを否定もしなければ茶化しもしない。確かな信頼関係をみて久遠は守を見る。守はうらやましさと悔しさがない交ぜになった顔で朝陽を見つめていた。
守は久遠に生悟が朝陽に向けるほどの信頼を得られていないと分かっている。それを気づかせている自分のふがいなさに久遠は目を伏せた。
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