線香花火
「夏っぽいことしたいな。そうだ花火をしよう。スイカも食べたい。
その一言により急遽、花火をすることが決定した。
不思議な関係だなと久遠は思う。尽くされることが当然だと思うことも、尽くすことが当然だと思うことも、久遠には遠い感覚だ。
同意を求めて隣の守を見れば、久遠様も遠慮なくワガママをいっていいんですよ。と期待の籠った眼差しを向けられたので見なかったことにした。
夕飯を食べ、まったりとした時間を過ごしていると夜空を見上げた道永がそろそろ始めようかと要を見つめる。要は心得たとばかりに花火の準備を始めた。
花火をするなら暗いほうがいいという道永の言葉で、庭を照らす灯籠の火を消して、最後に居間の電気を消す。そうすると人工的な明かりは消えて、月の光だけが庭を照らし出す。
見慣れ始めた庭が灯りがないだけで別物に見える。久遠は少しだけ落ち着かない気持ちになって、こっそり守の側へとよった。
要がロウソクを灯すと、じんわりと周辺が明るくなる。揺らめく炎に安心感を抱いた久遠はほっと息をはきだして、そういえばと縁側に座っているはずの道永へと視線を向けた。
久遠ですら不安なのに、月明りすら見えない道永は不安ではないのだろうか。そう久遠は心配になったが、道永は楽しそうにこちらを見つめている。その隣にはいつのまにかお盆に乗った日本酒とおちょこが用意されていた。道永は見えない代わりに味覚で夜を満喫するらしい。
「久遠様、なにからやりますか」
ロウソクの隣にしゃがみ込んだ守が花火セットをかかげて目を輝かせる。どれでも好きなものを選んでいいですよ。と表情が語っているが、久遠にこだわりはない。どれでもいいといったら守は落ち込むだろうかと困っていると、隣に要が立つ気配がした。
「守のおすすめ教えてあげたらどうだ」
要がそういうと守は心得たとばかりに花火を選び始める。要の気遣いを感じて視線を向ければ、気にするなとばかりに笑いかけられ大人の余裕を感じた。
「要さんも花火やりますか?」
「そうだなあ……久しぶりに俺もやるか」
守の隣にしゃがみ、要も花火を選び始める。守は選び抜いた花火を久遠に差し出して、一緒に遊びましょうと笑う。宝物を見せてくれるようなキラキラした笑顔に久遠は照れくささを覚えながら頷いた。
要が買ってきた花火を一通り遊んだところで久遠は周囲を見渡した。守は要とどちらが長く線香花火を落とせずいられるか、勝負をしている。真剣に競い合う二人の間に入る気にならず、久遠は縁側に座る道永の元へ歩いていった。
道永はおちょこに入ったお酒を眺めている。道永の目は一切の光をうつさないはずだが、見えているかのように視線は動かない。
久遠が近づくと顔をあげ、おちょこをお盆の上へと置いた。見えていないはずなのに見えているかのような所作に久遠は未だ不思議な気持ちになる。
「もういいの?」
「守さんと要さんは勝負に夢中みたいなので」
隣に腰掛けながら向かい合って線香花火を凝視している二人を眺める。やっていることが地味なのにずいぶん真剣な表情をしているものだから、その差に久遠はおかしくなった。
「久遠くんも混ざればいいのに。コツ教えようか?」
道永の声は楽しげだ。縁側で一人、はしゃぐ自分たちの声を聞いているだけで楽しいのだろうかと思っていたが、道永は道永なりに楽しんでいたらしい。それにほっとする。
「線香花火、苦手なのでいいです」
「そうなの?」
「すぐ落ちちゃうのが悲しくて」
それが風流だと言う人もいるけれど、久遠はそうは思えなかった。一瞬世界をきらめかせたかと思えば、全ての力を使い果たしたように落ちてしまう。その姿が物悲しくて、久遠は昔から線香花火が苦手だった。
両親がなくなった今、その想いは強くなった。いつかはきっと、誰もが線香花火のように落ちて消えてしまう。そんな未来を暗示しているようで、無邪気に眺める気にならない。
「僕は好きなんだよね。線香花火。僕はあんな風に終えたいな」
軽い調子で口から出た、終えるという言葉に久遠はギクリとした。隣の道永を見つめれば見えないはずの目で夜空を見上げている。
「死にたくはないよ。けど、もし死ぬのなら、皆がそれに気づかないくらい静かに死にたい」
ケガレという化物と戦い続け、その重責から両目を失った道永の言葉は重い。世間話のような軽い口調なのに、久遠の胸にズシリと重たいものが沈み込む。
「寂しくないんですか?」
静かに、音もなく、誰にも気づかれずに死んでしまうなんて久遠は寂しいと思う。けれど道永は晴れやかな顔で久遠を見つめた。
「寂しくないよ。だって落ちて消えるところを見なければ、みんな綺麗に火花を散らす僕だけを覚えていてくれるでしょ?」
いたずらっ子のように告げられた言葉に久遠は目を瞬かせた。道永はそんな久遠を見つめて優しく微笑む。
「僕は綺麗なところだけ覚えていてもらいたい」
それは無理難題だ。そんなことはきっと出来やしない。久遠が両親の死を忘れられないように、きっと道永が死んだら死んだその時しか思い出せなくなってしまう。
それが嫌だと道永はいう。なんてワガママだと久遠は苦笑した。けれど、道永の気持ちはよく分かった。
「道永さんが死んだらこの夜を思い出します」
「そうして。といっても、まだ死ぬ予定なんてないんだけどね」
おどけたように道永はいって、顔を突き合わせどっちが早かったかを言い合う要と守の方へ顔を向ける。はしゃぐ二人の姿を想像したのか、微笑ましげな笑みを浮かべると、
「要、スイカ食べたい」
そう、ワガママをいう。
これが道永なりの、覚えていて。なのだと久遠は心に刻んだ。
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