美姫とリリアの話(GL)

溶けて、固まる

相談の時間

「もうすぐバレンタインだね」

 そんな言葉が聞こえて蛇縫美姫は顔をあげた。


 中学校の給食の時間はいつも賑やかだ。机をあわせて給食を食べる班は2年に上がってから変わらない。隣に座る女の子はどこか緊張した様子で向かい座る男の子に話題をふった。


 美姫にとってバレンタインは女の子同士でチョコを配り合うイベントだ。だからクラスメイトの女の子が向かいの男の子に熱心な視線を向けている意味がわからない。


「小林くんは、チョコもらいたい女の子いる?」


 その言葉で美姫はやっと思い出した。本来バレンタインは女の子が好きな男の子にチョコを渡すイベントで、女子同士でチョコを配り合うのはおまけみたいなものだと。


 隣の女の子は目の前の男の子が好きなのだ。そのことに気づいて美姫は他人のことなのに恥ずかしくなった。今までその可能性に気づかなった自分がとても子供のような気がした。


 関係ないのにソワソワと落ち着かない気持ちになった美姫を無視して、問われた男の子――小林はうーん。と声をあげた。女の子の気持ちに気づいているのかいないのか、やけに間を作ってから後ろを振り返る。


「俺はリリアちゃんからもらいたいな」

 その一言で教室が静まり返り、それからざわめいた。


 隣の班で給食を食べていたリリアが振り返る。同性の美姫から見ても可愛らしい顔がハッキリと見えた。ぱっちりとした目が小林の言葉に驚いて瞬く。それからかすかに眉を寄せるが、それもテレビの向こうのアイドルみたいに様になっていた。


「……なんの話?」

「チョコレートがほしいなって話」


 小林はにっこり笑い、リリアの眉はつり上がった。クラスの女の子は顔を見合わせてキャーキャーと声をあげ、男の子は口笛を吹いて囃し立てる。最初に小林に話題をふった女の子は目を見開いて固まっていた。

 その隣で美姫も同じように固まっていた。


「返事はバレンタイン当日でいいから」


 小林はそういって歯を見せて笑うと、何事もなかったように食事を再開した。一瞬で教室の空気を塗り替えたのに気後れした様子は少しもない。


 リリアはなんとも言えない顔で小林を見てから、今度は美姫に視線をむけた。美姫の顔をみるなりつり上がっていた眉が下がり心配そうな顔へと変わる。視線だけで大丈夫ですか? と問いかけてくるリリアの姿に美姫はほっとした。同時に胸がギュッとなった。


 どうしよう……。

 なぜかそんなことを思った。


※※※


「なにその子、押せ押せじゃない。羨ましいわ。私もそのくらい攻められたい」


 犬追家の客室にて、美姫の隣に座った犬追正宗はそういった。体は男だが心は乙女だと本人が主張するように、うっとりと両手を組んで頬を染める姿は可憐な乙女としかいいようがない。


正宗ルリさん趣味わる……そんなのろくな男じゃないですって。自分はモテるってわかってなきゃ出来ない言動ですよ。二股くらいやりますよ」


 眉間にシワを寄せて不快そうに言い放ったのは正宗の向かいに座った犬追四郎。テーブルに肘をついて機嫌悪そうに正宗を見つめる姿は目つきが悪いこともあり威圧感がある。美姫は慣れていてもつい肩を震わせてしまったが、正宗は全く気にした様子がない。


「知らない相手にそれは言い過ぎだろ」


 四郎の言葉をフォローしたのは四郎の隣に座った鳥喰生悟だ。

 乙女モードにはいった正宗、なぜか敵意むき出しの四郎に比べれば冷静そうな生悟に美姫は意見を求めた。


「生悟さんはどう思いますか?」

「俺?」


 生悟は不思議そうな顔をした。なんでそんなことを聞くのかと顔に書いてある。


 今回美姫が犬追家にやってきたのは筆頭補佐に着任するにあたり、すでに犬追と鳥喰の筆頭を務める正宗と生悟の二人に話をきくためだ。

 現蛇縫筆頭にも話を聞いているが、小さい頃から優しくしてくれた頼れる二人の意見も聞きたくて、今回の犬追に集まってもらった。


 本題は補佐就任にあたる注意事項の確認。

 給食での話は休憩がてらに正宗がふってくれた話題から派生したものだ。ここに来た目的、わざわざ足を運んでくれた生悟のことを考えれば真面目な話に戻ったほうがいいのは分かっている。

 分かっているが、あの日からずっと美姫の心は落ち着かない。気づけばあの日のことを、リリアのことを考えてしまう。


 少しでも人の意見を聞きたいという必死な思いが伝わったのか、生悟は腕を組み、うーんとうなった。


「四郎が言う通り自信はあるんだろうな」

「でしょう」


 四郎がほら。という顔で同意した。


「でも恋愛ごとならそのくらいアピールした方がいい気もする」

「そうよ。影からいくら見てたって伝わらないわ」


 今度は正宗が腕を組んでうなずいた。四郎が微妙な顔で正宗を見て、それから生悟へと視線をうつす。


「ってことは生悟さんはリリアに告った自信過剰男の肩をもつんですか」

「肩をもつもなにも相手のこと知らないし。付き合うかどうか決めるのはリリアだろ。俺たちは関係ない」


 生悟の意見は正論で美姫は落ち込んだ。決めるのはリリア。美姫がどれだけ悩もうとモヤモヤしようとリリアには関係ないのである。

 しかし四郎は納得いかなかったようで、眉をつりあげて生悟を睨む。


「生悟さんからしたらリリアは妹みたいなものでしょ。俺は昔から知ってる幼馴染が変な男に唾つけられるの嫌ですけど、生悟さんは違うんですか」


 四郎の中で小林は変な男という認識で落ち着いたらしい。どちらかといえばドライな四郎らしからぬ反応に正宗が意外そうな顔をする。生悟も四郎がそこまでいうとは思っていなかったらしく目を瞬かせた。


「まあ……安心して任せられるかと言われると微妙だな……。いくら自信があっても場所とタイミングはわきまえろとは思う」

「でしょう」


 同意を得られたことに満足した四郎はフフンと鼻をならした。その姿を正宗は呆れた顔で、生悟は笑顔で見守っている。


 小林は四郎から見ると気に食わず、生悟からすれば微妙。その評価に美姫は心の中で安堵して、それに気づいてズキリと胸がいたんだ。

 人が批判されて喜ぶなんて、いまの自分はとても嫌な人間だ。そう美姫は自覚するほかなかった。


「俺としてはリリアよりも美姫の方が気になるな」


 だから美姫は生悟にじっと見つめられていることに気づかなかった。顔を上げれば頬杖をついて美姫を見つめる生悟の瞳とかちあう。四郎を見ていたときと同様、その表情は笑顔だが圧がある。

 悩み事は包み隠さず吐き出してしまえ。そういう威圧だ。


「こぉら、生悟! 美姫いじめない。女の子はいろいろあるんだから」

「いろいろあるのは分かってるけど、わざわざリリアがいない今相談してきたのはそういうことだろ? 筆頭補佐の件はリリアにだって関係あるのに、今日は連れてこなかったみたいだし」


 生悟の言葉に美姫は体を強張らせた。そのとおりだ。あの日から美姫は一方的に気まずさを感じてリリアを避けている。それに気づいたリリアは美姫の気持ちを組んでそっとしておいてくれている。その気遣いでさらに落ち込み、負の循環に陥っていた。


 自分がさけ始めたのにリリアに距離をとられたら落ち込むなんて、自分はなんて我儘なんだろう。そう思うのに、美姫の心はまるで大人しくなってくれず、自分でもよくわからない感情でざわめいている。


 生悟はじっと美姫を見つめ続けている。話した方が楽になるぞ。そう優しい瞳で訴えかけられて、美姫はゆっくりと口を開いた。


 小林のリリアへの告白はクラスを超えてあっという間に広がった。二人とも目立つ生徒だったため、話題性としては十分だったのだ。リリアはなんの返事もしていないのにすでに周囲はカップルのように二人をあつかっている。


 リリアは鬱陶しいという顔をしていたが、小林は全く否定をしなかった。こうなる展開を予想してわざとみんなの前で告白したのでは。そんなことを考えてしまうほど、まんざらではない顔をして周囲からの祝福に答えていた。


 リリアと小林が並ぶ姿は絵になると思う。リリアは美姫にとって自慢の親友で、同性から見ても文句なしの美少女だ。


 中学二年生になり、彼氏ができたという話を同級生から聞く頻度は増えた。美姫は自分には関係ない話だと思っていたがリリアは違う。むしろ今まで彼氏がいなかったことの方が不思議なほどにリリアは可愛い。その事実に気づくと美姫は落ち込んだ。


 頭に浮かんだのはリリアが小林にとられてしまう可能性。いままでのように一緒に過ごせなくなるかもしれない。それに気づいたとき美姫はひどく動揺して、なぜそんなにも動揺しているのかがわからなくて更に動揺した。


 リリアは美姫のものではない。

 大事な親友で、小さな頃から一緒にすごした幼馴染で、一緒に戦ってきた戦友だ。リリアがいなければ恐がりの美姫は五家の務めを果たせなかった。


 リリアにはたくさん助けてもらった。一緒にいてとても楽しくて嬉しかった。

 それならば美姫に素敵な彼氏が出来ることを祝福しなければ、リリアの幸せを一番に考えてあげなければ。そう美姫は思うのに、心の奥底で嫌だという声がする。


「小林くんが嫌いなのかなとも思ったんだけど、私、嫌って思うほど小林くんのこと知らないし」


 数日前から感じているモヤモヤを美姫はその言葉で締めくくった。美姫の話を聞いた三人は顔を見合わせる。


「小林くんってモテるの?」

「そうみたい。サッカーうまいんだって」

「うわぁ……テンプレ……」


 四郎が心底嫌そうな顔をした。正宗は、あんたサッカー部に恨みでもあんの。と呆れている。


「知らないってことは嫌いではないのか?」

「苦手。なんか派手で」

「ある意味、俺より辛辣……」


 生悟の問いに素直に答えると四郎は引きつった顔をして正宗と生悟は苦笑した。


「リリアにふさわしいと思うか?」

「……リリアちゃんにふさわしいかなんて、私が決める立場じゃないし……」


 生悟のさらなる問いに美姫は視線をさげ、両膝の上にのせた手を握りしめた。そんな美姫の気弱な様子に憤慨したのは正宗だった。


「なにいってんの。守人は狩人に仕えるのが仕事よ。守人の不出来は狩人の不出来! 私達は干渉していい立場よ!」

「それ務めの話ですよね。プライベートまで干渉されたらさすがに嫌なんですけど」


 正宗の言葉に四郎が顔をしかめる。不満たっぷりに正宗を見つめるが美姫は知っている。四郎はそうやって文句をいうが、正宗が呼んだときは休日だろうと外出中だろうと駆けつけるのだ。急になんですか。と文句を言いながら。


 リリアも美姫が呼んだら駆けつけてくれる。そんな自信があった。小さい頃から築きあげた狩人と守人の絆は特殊だ。幼馴染であり親友であり家族である。命を預けられるほどお互いを信頼しないと成り立たない関係。そして守人は幼い頃から狩人のために生きろと言われて育つ。


「……私が嫌だっていったらきっとリリアちゃんは私と一緒にいてくれる。でもそれって、私の我儘でリリアちゃんの意思じゃない」


 狩人と守人の関係であればそれでいいと思う。だけど美姫は今回の件を家のしきたりで片付けたくはなかった。


「美姫はリリアが自分の意思で断ることを望んでいるんだろ」

 生悟の言葉に美姫はハッとした。そのとおりだと思った。


「リリアの意思で自分を優先してもらいたいんだよな」


 つづく言葉もその通りだった。美姫は小林よりも自分を選んでもらいたい。小林なんかと付き合ってほしくはない。

 でも、なぜそう思うのかがわからない。


「なんでそう思うのか、美姫は自分で気づかないとな」


 わからないと思った美姫の心情を読み取ったらしく生悟は苦笑を浮かべた。隣に座っている正宗がよくわからないという顔で眉をひそめる。四郎はじっと美姫と生悟のやり取りを見つめてから、かすかに目を細めた。


「……生悟さんは私の気持ちがわかりますか?」

「たぶんな」

「教えてくれないんですか」

「いったろ。自分で気づかないといけないことだ」


 生悟は優しい顔で厳しいことをいう。生悟はいつもそうだ。美姫とリリアの師匠は優しいけれど、易しくない。


「……どうしたら分かると思いますか?」


 それでも少しでもヒントがもらえないかと美姫は生悟をじっと見つめた。ずるい気もしたけれど、一人で悶々と悩んでも答えが見つからない気がした。

 生悟は少し考える素振りを見せてから今日一番の笑顔を浮かべる。


「チョコレートでも作ったらどうだ」

「は?」


 美姫よりも先に声をあげたのは正宗だった。なにいってんの。という顔で生悟を見ている。四郎も似たような顔をしていた。


「切るとか煮込むとか単純作業してると冷静にならねえ?」

「……まあ……ないとはいえないけど」

「俺はよくわかんないですね」


 花嫁修業の一貫として料理をする正宗は同意し、どちらかといえば味見係な四郎が首をかしげた。

 美姫も料理はするがいつもリリアと一緒なので冷静になると言われるとよくわからない。


「特定の誰かに食べさせるために料理するのはいいぞ。相手の好み考えたり、喜んでくれる姿を想像したりすると、相手に対する自分の気持ちが見えてくる」


 生悟はそういうと胸に手をおいた。その姿に正宗と四郎が同時に顔をしかめた。


「あんた、そんなこと考えながら料理してんの……っていうか相手朝陽でしょ」

「生悟さん、そういう乙女っぽいことはルリさん担当なんだから奪うのやめてあげてくださいよ。ただでさえ中途半端な乙女なんですから」

「誰が中途半端よ!?」


 文句を言う正宗に四郎がわざとらしく両耳を塞ぐ。それを見てさらに正宗が文句をいい、部屋はとたんに騒がしくなった。

 展開についていけずに目を白黒させる美姫に生悟は意味深な視線を向ける。


「正宗が中途半端なのは美姫にとってヒントかもな」


 騒いでいる正宗には聞こえない程度の小さな声。それでもしっかり聞こえた言葉に美姫は意味がわからず生悟を凝視した。生悟は意味深な表情をしたまま視線を正宗に向ける。


「性別とか趣向って、自分たちが思っているより曖昧なものなんだよ」


 四郎と言い合う正宗を見る。長いきれいな髪にきれいな肌。それが正宗の努力によって整えられていることを美姫は知っている。男の人。だけど美姫が知る誰よりも女性らしくて、美姫にとっては憧れのお姉さん。

 中途半端。そう四郎はいうけれど、美姫はそうは思わない。正宗はきちんと女性だ。ただ体は男に生まれてしまっただけで。男の人が好きなのだって心が女性なのだから当たり前。


 そう思った時、なにかが引っかかった気がした。その引っ掛かりがなんなのかわからず、美姫は賑やかな声を聞きながら首をかしげた。

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