エピローグ

 エピローグ


 一二月に入りほとぼりも冷めた金曜日の放課後、涼は葵をデートに誘って街に寄り道する。

 途中まで六人で帰り、下通アーケードに入ったところで別行動を取る間際、睦美は以前より穏やかな笑みを見せる。

「それじゃあ米島君、葵のこと頼んだわよ。何かしたら許さないからね」

「うん大丈夫、この前みたいにちゃんと葵を守るから」

 涼は言うと睦美は照れ隠しなのか背中を見せて。

「葵も! 何かあったらすぐに言うのよ!」

「ありがとう睦美、みんなもそれじゃあまた!」

 葵は穏やかな口調で礼を言うと、四人はマクミラン・バーガーに入ってようやく二人っきりになると、葵は妙に艶やかな声になりながら歩く。

「やっと二人っきりになれたね、ハロウィン以来かな?」

「うん、あの日からほとぼりが冷めるまでそんなにかからなかったけど、大事を取って六人で帰ることが多かったからね」

 涼はようやく二人っきりになれた実感を噛み締め、そして鮮やかに葵の手を包むように握ると不意打ちを受けた葵は頬を赤らめながら照れ臭そうに、そして嬉しそうに微笑む。

「……涼君、すっかりかっこよくなったね」

「君のおかげだよ葵、君が変わるきっかけをくれたから」

 涼はかっこつけていると自覚しながらも凛々しい表情で言うと、葵の微笑みは誇らしげなものに変わる。ふと以前彼女が話したことを思い出してアーケードにあるタピオカドリンクを買う。

「う~んこのタピオカも美味しい!」

「うん、美味い。女の子たちがタピオカ好きなのも今なら少しわかる気がする」

「でしょでしょ? この食感がいいのよ!」

 葵は幸せいっぱいの無邪気な笑顔で味わいながら話す、涼は聞き役に徹しながら下通アーケードからサンロード新市街に入って辛島公園に向かう。

 ハロウィンデートした時と同じコースで、交差点を渡って大型商業施設であるサクラマチクマモト前の広場に着くと、葵はクリスマスツリーのイルミネーションに瞳を輝かせる。

「涼君見て見て! イルミネーション撮ろう!」

「うん」

 涼は頷くと葵はスマホを取り出してカメラを自撮りモードにする。

 クリスマスツリーを背景に涼は葵と身を寄せ合う、このドキドキはずっと忘れたくないと思いながら撮り、葵は嬉しさいっぱいの笑みで画像を涼のスマホに送る。

「これからも沢山の思い出を残していこうね」

「うん……葵、前に話してたよね?」

「? なにを?」

 葵はわからないのか頭の上に複数の「?」を出しながら訊く。

「翔さんの家でタピオカ飲みながら楽しそうに街を歩いてた子たちのこと……きっと葵は今、その子たちと同じ顔をしてると思う」

 葵は微かに目を見開き、感極まったのか左手を口元に当てて潤んだ瞳になる。

「涼君……あたしそんな顔してた?」

「うん、君はもう普通の女の子だよ」

 涼の言葉で葵の頬に雫が流れ、吐いた息が白くなる。

「よかった……やっと叶えられた……やっと……辿り着いたんだ」

 葵はすぐに涙を脱ぐって大事をなして達成感に満ちた笑みになる、だけどこれからだ。

 涼は頷いて真っ直ぐな眼差しで見つめ合う。

 葵はゆっくり瞳を閉じると、涼は心して顔を近づけ、柔らかくて潤いのある葵の唇にそっと触れて世界が二人っ切りになった気がした。

 唇を離して見つめ合うと、葵ははにかんだ笑みになる。

「えへへ……ファーストキス……しちゃった」

「まだドキドキが止まらないし、止まって欲しくない」

 涼はそう言って葵と微笑みを交わすと、艶やかな表情で上目遣いになる。

「クリスマスはさ……お父さんと飛鳥、神奈川に行ってお正月までに留守なの」

「えっ? 留守って……」

 涼はただでさえ速くなってる心拍数が更に上がりそうだった。

 頬を赤らめて葵の体を舐め回すように見つめると艶やかな女の顔から「ニカッ」とした悪戯っ子の笑みに一変、顔を近づける。

「な~んてね! エッチなこと想像したでしょ? 想像したでしょ? 想像したでしょ?」

 実際淫らな妄想したことあるから否定できない、それを見透かしたのか葵は声だけで下半身が硬くなるような甘ったるい声を耳元で囁く。

「涼君の変態」

「ま、ま、ま、待ってくれ! そんなつもりじゃ――」

「またまた赤くなっちゃって! 涼君も、お・と・こ・の・こだからねぇ、でもそんな純情なところが大好きよ」

 葵は無邪気に笑うと涼はホッと胸を撫で下ろす。こんな光景を花崎さんに見られたら間違いなく卒倒するだろう。



「くしゅん!」

 突然くしゃみが出た睦美に木崎美紀は気遣かって訊く。

「睦美大丈夫? 風邪?」

「大丈夫、誰かが噂してるような気がしたわ」

 睦美の言う通り葵かもしれないし涼かもしれない。

 熊本市下通アーケードにあるマクミラン・バーガーで大地は睦美、美紀、修也の四人でジュースやタピオカを飲みながら雑談で盛り上がっていた、さっきのやりとりを見てる限り睦美は以前に比べて少しずつ涼を信頼してる様子だった。

 話してるうちに涼が毎朝のベッドメイクを勧めたことを話すと、睦美が教えてくれた。

「それ森下先輩も話してたわ。先輩の彼氏――隼人さんが尊敬してる人の教えよ。ウィリアム・ハリー・マクレイヴン、アメリカ海軍特殊部隊NAVY SEALs出身で司令官も歴任した人なの。二〇一四年に母校のテキサス大学オースティン校で卒業生に送ったスピーチが当時話題になって隼人さんが凄く感動したって、その動画がYouTubeにあるわ」

「俺も知ってる、前に涼が教えてくれて俺もその人の本を買った」

 大地も涼に教えてもらった後スマホで調べ、家の近くにある書店で書籍を買ったという。

 その後は忙しくて読む理由を先延ばしにして昨日の出来事の夜、ようやく読んだらそのまま引き寄せられれて読破してしまったらしい。

 美紀は微笑んで学校の図書室から借りてきたのか本を見せる。

「これのことでしょ? 卒業する時にお兄さんが寄贈したって森下先輩言ってた」

「そう、それだ」

 大地は頷いて言うと、修也は遠慮気味に言う。

「ああ、自己啓発ね……俺そういうの苦手なんだよ」

「そんなことないわ、実は私も電子書籍で読んでみたけど……人はこうであるべきというより、もっと心に訴えかけるような……本当に大切なこととはなにか? って感じだったよ」

 睦美もいつの間に読んでいたがそれは重要なことじゃない。


 ここから始まることが世界を変える。


 それは決して容易ではないが不可能ではないことを涼や葵、エーデルワイス団の先輩たちが教えてくれた。すると美紀が鞄の中に入れてあったエーデルワイス団の手作りアルバムを取ってめくると、みんなに訊いた。

「ねぇ、東郷先生はどうしてあたしたちに味方してくれたかわかる?」

 実は今日の昼休み、森下先輩に訊いてみたら何も言わず宝箱に入っていた手作りのアルバムを美紀に渡したのだ。

「ううん、わからないわ。でも意外だったわ……あんなに真面目なのに」

 睦美は首を横に振ってウーロン茶をストローですすると、美紀も同じように同感のようだった。

「あたしも細高出身なのは知ってたけど、一緒に戦うってまで言ってくれたなんて思わなかったの」

「まぁ俺は最初から信じてたけどね」

 調子のいい修也は最大級のドヤ顔で言うと、大地は苦笑しながら訊いた。

「まさか美紀、その答えがこの中に?」

 そのページを見せて切り貼りされた写真に美紀が指を差すと、大地を含む三人は顔を近づけて注目する。

「東郷先生もあたしたちの仲間だったんだよ」

 美紀の指差す先にはあどけなさを残し、細高の制服に身を包んで眩しくて愛らしい笑みで彼氏らしき男子生徒に寄り添う東郷先生の姿があった。

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放課後の秘密結社エーデルワイス団 尾久出麒次郎 @Edelweiss_1987

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