第二章その1
第二章、どうして僕を選んだの?
その日、草原葵が転校してきて最大級の衝撃が教室に走った。
クラスメイトたちの目の前で草原葵は転校から一週間足らずで交際宣言をしたのだ。
しかも相手は目立たない、冴えない、頼りない、陰キャな男子生徒の米島涼だ。
涼は目を丸くし、これは何かの夢かと自分の頬をつねると痛い。
「ゆ、夢じゃない……」
「あははははははははっ!! 何漫画みたいなことやってるの!?」
それはこっちの台詞だ! どうするんだよ!? なんでよりにもよってみんなの前で言うんだよ!? うわぁヤバイよDQNとかマジでガン飛ばしてるよ!! ヤバイ、ヤバイ! ヤバイ!! 助けて兄さん! 涼の全身から寒気で冷や汗が噴き出てくる。
「どうしたの? やっぱり……あたしじゃ駄目かな?」
葵の瞳は微かに潤んでるように見える、ヤバイ……究極の選択だ。
受け入れれば男子生徒たちの嫉妬で一方的な言いがかりつけられ、最悪クラスの男子全員を敵に回していじめられる。
拒否すれば葵を泣かしたと言いがかりをつけられ……どの道いじめられる。その証拠に笹本とつるんでる菊本が気持ち悪い笑みで見てるが、その目は笑ってない。
いじめる人間を見つけたという、いじめっ子特有の目にも見える。
涼は思いつく限り、やんわりと断ろうと口を開く。
「えっと……だ、駄目じゃないけど――」
「駄目じゃないならいいんだね! これからよろしくね、涼君!」
葵の潤んでた瞳は一瞬で変わり、まるで嬉しそうに尻尾を振る柴犬のように瞳を輝かせながら満面の笑みを浮かべると、下の名前で呼んで両手を掴んで握った。
「というわけで、みんなごめんね。あたし今日から彼氏持ちだから!」
葵は無邪気な表情でみんなに言うと、涼の手を引っ張って教室を出ようと歩き始める。男子生徒たちの表情は様々だった。
悔しそうに歯を食い縛り、拳を握り締めて涙する者。嘘だと言ってくれと言わんばかりに、縋るような目で葵を見つめる者。嫉妬と殺意の気持ちを露にして、涼を睨みつける者等々。
女子生徒はただ驚くか、苦笑するとかだが、ただ一人だけ異議を唱えようと教室を出た二人を追いかけてきた。
「ちょっと葵! いきなりどういうこと!?」
「どういうことって……こういうことだよ」
狼狽する睦美に葵はあるがまま言うと睦美はまるでケダモノか薄汚い、あるいは気持ち悪い虫けらでも見るかのような目で涼を見つめる。
「米島君、もし葵に何か
睦美から放たれるゾッとするような怒気を込めた視線とオーラに涼は怯え、葵は苦笑する。
「気にしないで涼君、睦美は昔から男嫌いなんだから」
「その通り、草原の言う通りだ涼……周りのことを気にしてたら楽しめるものも楽しめない。それに……俺たちがついてる」
急いでついてきた大地に、一緒の美紀も頷く。
「そうそう大地の言う通り! 青春なんて一度っきりだし! 女子からすれば草原さんが彼氏作ってくれれば浮かれてる男子たちも目覚めるって!」
「その彼氏がこの――いてっ!」
冴えない男だと言おうとすると美紀は葛を入れるかのように背中を勢いよく叩いた。
「あんたまた卑屈なことを、しかも彼女の前で言う! いい機会だから直しなさい!」
「いててて……わかったよ」
でも、本当に僕でいいの? 葵にそう訊きたいと思ったがまた美紀にブッ叩かれそうなのでやめたが、睦美は認めたくないと不満を露にしている。
「私は認めないわよ、葵の彼氏なんて!」
「じゃあ花崎の理想的な彼氏の条件を教えてくれ」
大地が訊くと、睦美は腕を組んで少し考えたかと思えば、右手の人差し指だけを立てて言い始めた。
「そうね、できれば年上がいいわ。年収はだいたい一〇〇〇万以上で有名大卒の頭脳明晰で、オリンピック金メダリスト並の運動神経、料理も有名レストランのシェフ並――(中略)――な人よ!」
「それ……彼氏と言うより結婚相手じゃない?」
美紀がツッコミを入れる。確かに……涼を含めた全員が同じことを考えてるに違いないが、現実的であると同時に理想が高すぎる。そんな人がいたら是非、会ってみたいものだと。
すると大地はスマホを取り出す。
「悪い、そろそろ時間だから。またな!」
また他のクラスの友達と約束事があったらしく走り去って行った。それで涼は青褪めた顔になる、唯一頼れる同性の友達がいなくなってしまった。周囲を見ると他のクラスは勿論、二・三年の男子生徒たちもチラチラ見ている。
うあぁぁ……絶対一人になった瞬間、因縁つけられるよ……と思って見回すと途端に萎縮したかのように一斉に目を逸す。涼は頭の上に「?」が浮かび、すぐにわかった。
「さっきから……チラチラチラチラ見ていて、気持ち悪い!!」
睦美は蔑むような目で周囲に睨みを利かせていた。それで涼は安堵するが、同時に畏怖の念を抱くと葵は真剣に諭すような眼差しで見つめる。
「涼君……周りの人の目や顔色を気にしてたら、いつまでも自分のやりたいことができないよ、世間体とか立場なんて知ったことかってね」
それが涼の胸に突き刺さる、兄さんも言いそうな言葉だった。
土谷大地はいつものようにマクミラン・バーガーでオレンジジュースを注文し、岡本の所に向かう。今日は一大事件が起き、すぐにLINEで報せようと思ったがもう知ってるかもしれないし、直接言った方がいいと思って岡本のいる席に座る。
「よぉ、どうだ涼の様子は」
「それが聞いてくれ岡本……草原葵のことだが」
「ああ、草原葵……転校生は飛びっきりの女の子だな……芸能人で言うなら平田葵だ」
確かにあの天才子役と呼ばれ、一年前に引退したアイドルタレントによく似てる。
「滅茶苦茶可愛いよな! 確かに平田葵っぽく見えるのもわかる!」
岡本は学校よりも外の方に友達が多いし、居心地もいいらしく放課後はこうして時々大地と会ってるから学校内の情報には疎い。今日のホームルームも岡本のクラスは早めに終わったからまだ知らないのかもしれない。
「ああ、今日まで色んな男子生徒に声をかけられていた」
「だよな、クラスにこんな奴が来たらたちまち争奪戦が始まるな」
岡本は頷いてコーラをストローで啜る。
「それでさっき、涼の彼女になった」
「ぶぅうううううううううううっ!!」
岡本はコーラを勢い良く噴射、大地の上半身はベチョベチョになった。
「おいおい土谷! 冗談はよしてくれ!! 噴いちまったじゃねぇか!!」
「それがな、冗談じゃないんだよ!」
大地は表情一つ変えずハンカチで拭きながら否定し、岡本は戦慄した表情になりながらポケットからスマホを取り出すと青褪めた表情に変わる、どうやらSNSで情報が広範囲に拡散されてるようだ。
「マジか……明日辺りに阿蘇山が破局噴火して人類滅亡するんじゃね?」
「滅亡するなら三年の……二学期の始業式前夜の彗星衝突にして欲しいぜ」
「そりゃあ悪くないな! それで涼の奴、どうやって口説き落としたんだ?」
「いや、草原の方からだった。もしかするとあいつも俺たちと同じかもしれない」
「そうか、小学生の頃に一回だけ遊んだって奴は多いからな。しかもあいつの方から声をかけてきたから……けど、草原葵は知らねぇし……俺の記憶にないだけかもしれない」
岡本も会ったことなかったか、あるいは覚えてないだけかもしれない。涼は何らかの方法で、高校入学以前の記憶を意図的に消したのだ。もしかすると涼が葵のことを思い出せばトラウマを噴出するリスクはあるが、葵なら涼を救えるのかもしれない。
「岡本、危険な
「いいね、俺もその転校生の美少女とやらに託してみるか」
「ああ、だが涼と草原が付き合って快く思わない奴もいる。万が一に備えて……」
「勿論任せておけ! いつでも動けるように……準備と手回ししておくぜ!」
岡本は親指を立てて頼もしい笑みになる、場合によっては葵や美紀にも少し話しておく必要があるかもしれない。
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