第四章その2

「それじゃあ今日はハロウィンで街に立ち寄るなとは言わないけど、くれぐれもハメを外し過ぎて迷惑をかけたり、夜遅くまで遊び過ぎないようにね!」

 玲子先生が最後に注意事項を告げると放課後になり、涼は荷物を纏めて大地は若干不安な表情で歩み寄ってきた。

「涼、今日は美紀と他のクラスの友達と遊びに行く。お前は草原と放課後のハロウィンデートを楽しんでこい」

「ありがとう大地、でも大丈夫? 顔色悪いよ」

「気遣いは無用だ心配にするな」

 そう言われるとますます心配だが、対照的に出入口で待ってる美紀はワクワク気分なのか小さな子供のように静かにテンションを高めてる様子だ。

「わかった、ありがとう」

 涼はお礼を言ってすぐに扉の前で待ってる葵の所に行く。

「お待たせ草原さん行こうか」

「うん、今日のハロウィン楽しみだね」

 葵は愛らしい笑みで頷く。周囲の視線を感じる、不安だと言えば嘘になるがきっぱりと無視して一緒に教室を出ると葵はスマホを仕舞って言う。

「今、睦美がLINEで先に帰るって言ってた。涼君のことでかなり不満そうだったけど」

 葵は苦笑すると涼も思わず苦笑する。

「まぁ真面目な花崎さんハロウィン好きじゃないかもしれないし、僕のことまだ完全には信用できてないから無理もないよ。これから時間をかけて信用してもらうしかないさ」

「そうだね睦美も変われるチャンスかも?」

 葵の期待が篭った言葉に涼は微笑んで頷く。

 駐輪場で自転車を取りに行き、押して歩きながら他愛ないお喋りをする。好きなYouTuberだったりSNSで流行りの話題を話してる間に市内に到着すると、すっかり日も暮れて暗くなった繁華街の下通は既に仮装してる人たちがちらほらいる。

「あっ! 見てあの人たち凄い!」

 葵の視線の先には今年話題になった人気アニメのキャラクターの格好をしていて、もはや仮装ではなく完全にコスプレだ。

 他にも数人でお化けの仮装したり、今年話題になった人や事件の当事者、風刺画がそのまま出てきたような気合いの入ったコスプレまで様々だ。

「へぇ……みんな気合い入ってるな」

 涼は見て回るだけでも楽しいなと感じながら歩いて、銀座通りの交差点を渡った。

「涼君、ここで待ってて! すぐ戻るから!」

 葵は急に思い立ったように臨時の更衣室に向かうとすぐに出てきた。

 途中でハゲて太った中年のカメラマンらしき人にカメラを向けられ、必死でお断りすると涼の所へ歩み寄る。

「お待たせ涼君! 行こうか!」

「大丈夫だった?」

「うん、撮られてないよ!」

 上着のブレザーを脱いで袖を腰に巻いて結び、ブラウスのボタン二つ外して大胆にも豊満な胸の谷間を見せ、スカートを短くして健康的で肉付きのいい太股を露にする。

 黒い悪魔の二本の角を頭に装着し、両肩にハーネスを通して小さな翼を生やした即席の仮装した小悪魔ギャルと化していた。

「涼君! Trick or Treat! お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ!」

 悪戯好きな小悪魔になった葵は両手の指を曲げて爪を突き立てるポーズになる。

「いやいやいや僕今お菓子持ってないから」

 涼は苦笑しながらも両手を上げて何も持ってないとアピールすると、葵はニヤけながら顔を近づけて涼はドキリと頬を赤くする。

「もしかして涼君、あたしに悪戯して欲しいの?」

「ど、どんな悪戯だよ!」

 涼は頬を赤らめて一瞬だけ胸の谷間にある傷痕と水色のブラジャーが見え、視線を逸らす、葵は見透かしたかのように「ニヒヒ」と小悪魔な笑みで見つめる。

「今あたしのおっぱい見たでしょ?」

 涼は心臓をバクバクさせて頬を赤くすると、葵は涼の瞳を見つめて艶かしい小悪魔の顔で誘惑する。

「涼君、エッチな悪戯してあげようか?」

「そ、そ、そ、そ、そんなことしなくていいって!」

「またまた照れちゃって! 付き合ってるからいいじゃない」

 確かにそうだけど、まだキスもしてないしまともに恋人らしいことしてない。

 すると葵は涼の腕に体を寄せて意外と豊満な乳房を押し付け、思わず自転車を倒しそうになって上目遣いで見つめる。

「涼君……もしかして悪戯じゃなくて、あたしとイケナイことしたいの?」

「ええっ!?」

 葵は艶やかな声で大胆にもブラジャーに人差し指を入れて、ずらすと乳輪が見えそうになる。

 涼は困惑しながら誘惑に負けて視線が胸元に行き、いよいよ下半身が熱くなった瞬間。

「今夜あたしとエッチできると思ったでしょ? 涼君のむっつりスケベ」

「く……草原さん! じ、自分の体を大事にして!」

 涼は目を逸らして葵との淫らで甘美な一時の妄想を振り払いながら言うが、葵は妖艶な微笑みになり、涼の耳元で甘ったるい吐息と声で囁く。


「涼君ならいいよ」


 ああ、ヤバい全身の血液が熱せられたマグマのようだ。猛烈に草原さんが欲しいと思ってしまう。

「ああ照れてる照れてる、かわいい! でも……そんな純情なところが好きだよ」

 葵は小悪魔な笑みから澄み切った笑顔で言って涼の手を握り、下通の雑踏の中へと引っ張って行く、それで涼はまだこの子にちゃんと自分の気持ちを伝えていないことに気付く。

「ねぇねぇあれ見て、リア充粉砕デモの人たちの仮装だって!」

 葵の視線の先には七~八人くらいの人たちが集まって「ハロウィン・クリスマス・バレンタイン・ホワイトデーはリア充だけのものではない!!」と書かれた横断幕を掲げている。

「そういえばいたね渋谷でデモをしてる人達、今年のクリスマスもやるのかな?」

 涼は呟く。もしかしたらエーデルワイス団や大地、美紀、睦美、そして葵に出会わなかった未来の自分の姿かもしれないとそっと目を閉じる、だけどもう違うと目を見開く。

 隣には草原さんがいて大地や木崎さん、花崎さんという友達がいる。

 僕はとんでもない程の幸運の持ち主かもしれない、だからと涼は口を開く。

「ねぇ……草原さんは不公平だと思ったことある?」

「そりゃあいっぱいあるよ、もう数え切れないくらいにね。どうしてあたしが? ってね」

「僕もだよ。兄さんを亡くした時、どうしてこんな悲しい思いをしないといけないんだ? って、あの人達もどうして自分に恋人とかできないんだろう? って思ってるのかも」

 尤も涼はできるできない以前に恋人なんかいらないと諦めていたが、今は違う。

 葵は吹き付ける寒さに震えながら言う。

「寒い……ハロウィンが終われば次はクリスマスだね。非リアの人達がリア充の人達に抱く色んな負の感情が露になる季節」

「うん、僕も草原さんと出会わなかったらその人達みたいに気付かなかったと思う」

 涼は頷いて言うと葵は「何を?」と瞳を見つめながら訊く。

「人生が不公平なのは当たり前、それに早く気付いて向き合った人ほどより良い人生を送れるし、自分や世界を変えることだってできる」

「それ誰の言葉?」

「兄さんの尊敬する人、ウィリアム・ハリー・マクレイヴンの言葉さ」

「ウィリアム・ハリー・マクレイヴンね……覚えておかなきゃ。確かにあたしも嘆いてばかりだったからそう言われると恥ずかしいな」

「そんなことないよ」 

「えっ?」

「草原さんは理不尽で不公平な現実に立ち向かって、今の草原さんがいるから」

 涼は首を横に振る。彼女は転校してきて付き合おうと言った後に大切なことを教え、そしてきっかけを与えてくれた。周りの目を気にしないこと、卑屈になってはいけないこと、エーデルワイス団と出会い、兄の死にもようやく向き合えるようになったこと。

 そして涼は忘れていた大切なことを伝えなきゃいけない立ち止まった、僕はこの女の子に自分の思いを伝えていない。

「どうしたの涼君、いきなり立ち止まっちゃって」

「草原さん、前にも訊いたよね? どうして僕を選んだの? って」

「ああ、そんなこと言ってたね。もしかして思い出したの?」

 葵は期待を込めたような口調だった、でも応えることはできない。

「違うんだ。君が……僕の彼女になってくれたのは単純に嬉しかった……僕だって男だからさぁ……その、君と付き合い始めからさ……最初は何となくって気だったんだ。今日みたいに楽しいことがあって、そうしていくうちに……」

 涼の言葉が途切れる、それでも葵は微笑みながら待ってくれてる。

「僕は君のことが――」

「よぉ米島! 草原とハロウィンデートなんて関心しないぜ!」

 涼の言葉を遮るかのように男子生徒の声が響く、誰かと思ったら笹本だった。菊本もいるから冷やかしか? と思ってると、隣の柄の悪そうな奴までいる。

「草原さ~ん二人で遊ぶのもいいけど、俺達とカラオケ行こうぜ!」

 パリピのように軽いノリで誘ってきたのは葵と付き合って翌日に言い掛かりをつけてきた岩崎の周りに見てた奴の一人――確か三組の鈴木良一すずきりょういちという名前だった。

「ウェーイ米島! お前楽しそうに草原と楽しそうによろしくやってるじゃん!」

 菊本がノリノリで涼に馴れ馴れしく歩み寄る。

 まさか本当に「ウェーイ!」って言って来る奴がこんな身近にいたとは。

 一瞬で神経が凍り付き、心拍数が危険なレベルにまで上昇してヒューズが音を立てて弾ける寸前で押し止める。体が凍り付く気分だが、この前のように花崎さんを頼るわけにもいかない、僕が草原さんを守らないと!

「草原、米島と付き合うより俺達の方が楽しいぜ」

 笹本がニタニタと気持ち悪い笑みで葵の所に詰め寄ろうとする、葵は困惑するが次の瞬間には凛とした眼差しで笹本を睨むと、菊本もヘラヘラした様子で馴れ馴れしく接する。

「そう怖い顔するなよ草原、米島なんかには勿体ないぜ」

 涼は腹を括った、怖いと思うのは当たり前だ。


――涼、もしデカいサメに出会っても絶対に怯えて引き下がるな! 勇気を見せろ!

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