第四章その3

 兄の残した言葉が胸に響く。

 涼は恐ろしく重い一歩を前に出し、葵を守るつもりで二人の前に立ち塞がる。

「おいなんのつもりだ米島?」

 菊本はニヤニヤするがその目は笑ってない、涼は毅然とした態度で言い放った。

「真剣に付き合ってるから……草原さんは、彼女だから」

 後ろにいる葵は静かに驚きの表情になり、やがてほんのり頬を赤くして涼を見つめると笹本は挑発するような表情で訊いた。

「そうなのか草原?」

「うん、涼君の言う通りあたし達ちゃんと付き合ってるから」

 葵が今、どんな表情をしてるのか涼にはわからないが迷いのない口調で、三人とも納得のいかない表情で先に声を上げたのは菊本だった。

「はぁっ? 有り得ねぇだろ? 草原、こいつのどこがいいんだ? 陰キャだし目立たない! 体力もなければ力もない! 勉強もできねぇ奴のどこがいいんだ?」

「そうだよ草原、こいつのどこがいいんだ?」

 笹本も続いて声を上げると、鈴木もガン飛ばして威圧しながら歩み寄って顔を近づける。

「米島、お前そもそも自分の立場わかってるのか?」

 以前の涼だったら萎縮してブルブル震えて情けない醜態を晒していただろう、でも僕はもう違う。確かに怖くて逃げ出したくなるけど絶対に屈してはいけない相手だ。

「わからないよ! 草原さんが僕を選んだ理由もね!」

 涼は首を横に振りながら兄さんの残した言葉を思い出しながら、毅然と言い放つ。

「でもこれだけはハッキリ言える! 草原さんは僕を教室での立場スクールカーストとか! キャラやルックスとか! 運動神経とか、成績とかで僕を選んだんじゃない! もっと根本的な部分を見て僕を選んだんだ!」 

「涼君……」

 涼は葵が感慨深そうに見つめてるのが何となくわかった。こいつらを相手してるだけで時間の無駄だ、涼は葵の手を取ってさっさとその場を後にしようと手を引く。

「行こう草原さん」

「おい米島まだ――」

 笹本は我慢の限界のなのか涼に掴みかかろうとした瞬間、後ろから誰かが笹本の肩を掴んで止める。

「おい! お前の相手は俺たちだ!」

 笹本は振り向いてドスの利いた声を上げる。

「何だよおま――」

「それはこっちの台詞だヤリチン野郎、ダチのデートを邪魔すんじゃねぇ!」

 肩を掴んで止めたのは四組の岡本だ。以前夏休みと文化祭で顔を合わせたが、その時の自分は怯えて覚えてないと言ったら人目を憚らず小さな子供のように大号泣した。

「な! なんだよお前、四組の岡本か? なんだこの変なコスプレは!」

 困惑する笹本の言う通り彼は二〇世紀のヤンキー漫画に出てきそうな暴走族の格好だ。

 腕には「夜露死苦よろしく」とかの当て字の刺繍を縫った特攻服を見に纏ってるが、岡本は恥ずかしがる様子もなく寧ろノリノリで楽しんでる様子だ。

「今日がハロウィンだからだ! それにナンパしたかったら渋谷にでも行きな!」

「その通りよ! まあ尤も、あんたたちみたいな見栄っ張りなウェーイは馬鹿騒ぎした挙げ句、勢いで軽トラ横転させて警察のお世話になるのがお似合いよ!」

「どの口が言うんだ!」

 岡本に後ろにいるのは美紀に菊本がツッコミを入れる、美紀は女暴走族――確かレディースと呼ばれた人たちの格好をしていて特攻服の下にサラシを巻いてる。

「見栄っ張りなのは米島の方だ! 陰キャの癖に草原が彼女になったからってイメチェンしてイキりやがって!」

 鈴木はどうやらルックスが変わった涼が気に食わないらしい、美紀がいるということは、やはり大地もいた。

「違う! 涼は虚勢や見栄を張ってるんじゃない、胸を張ろうとしてるんだ!」

 岡本と同じように特攻服を着て木刀を装備し、リーゼントにマスク、サングラスで顔を隠してるが声からして明らかに大地だった。

「その格好で言ってもなんの説得力もねぇだろ」

 菊本はボソボソと言う確かにそうだが、岡本は聞き逃さず力説する。

「格好はどうでもいいだろ! 俺達はハロウィン楽しんでるし涼と草原もハロウィン楽しんでるんだ!! おめぇらもおめぇらで楽しめや!! それとも……これ以上に涼にいちゃもんつけるなら俺が許さねぇぞコラァ!!」

 岡本は拳をボキボキ鳴らしながらガチの不良特有の低く唸るような声になり、美紀もガン飛ばしながら、大地は両手をポケットに入れながら歩み寄ると一番先に菊本が怯える。

「お……おい、こいつらヤベェぞ」

「ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ……ビビってねぇからな! もう行くぞ!」

 とか言いつつ目が泳いで全身がガタガタ震えて膝が笑ってる笹本は後ずさり、鈴木はお決まりの捨て台詞を涼に吐く。

「覚えてろよ米島! いい気になるなよ!」 

 そう言って三人は雑踏の中へと消えて行き、美紀は三人の背中に向けて中指を立てる。

「へへ~ん! 自分より弱い奴にしか威張れない根性無し!」

 涼は三人の格好に苦笑しながらも安堵して三人にお礼を言う。

「みんな……ありがとう」

「気にするな涼! 俺のことを覚えてなくてもお前は俺の大事なダチだ!」

 岡本は親指を立ててニカッと眩しい笑みと白い歯を見せる、確かにこの前まで兄の死とともに自己暗示で思い出もろとも彼の記憶まで封印していた。

 葵も安堵した笑みでお礼を言う。

「ありがとうみんな、でも凄い格好だね……特に……土谷君、見れば見るほど――うぷぷぷぷぷぷぷ」

「でしょでしょ? あたしも見た時は大爆笑したわよ! しかもクサい台詞を言うし!」

 葵が堪え切れずに笑い出し、美紀も釣られるようにニヤニヤして大地はサングラスとマスク越しでもわかるほど頬を赤くして裏返った声になる。

「だから俺は嫌だったんだよ! こんな古臭いコスプレ!」

「俺はなかなかイカしてると思うぜ、なぁ涼」

 だけど今は違う。彼の言う通り岡本と涼は小学生の頃、友達だった。

 先日封印を解いた今、涼は待っていてくれた大切な友達に笑顔で頷いて、昔のように呼ぶ。

「うん……修也も中々イカしてるよ!」

 岡本修也は微かに目を見開いて眼差しを向ける。

「涼……お前まさか思い出したのか?」

「全部ってわけじゃないけど」

 涼は首を横に振るが、涼は昔よく人に見せた自分の笑顔を思い出しながら言う。

「ハッキリ言えるのは不器用だけど本当は正義感が強くて優しい僕の友達だって! 文化祭の時に泣かせちゃってごめんね。でも僕は大丈夫、これから前を向いて、少しずつ歩いて行くから……だから、今度一緒に遊ぼう!」

「涼……お前、うっ……ううっ……ふぅえぇぇえええええん!!」

 修也は堪えるとか我慢することを放棄したかのように、下通のど真ん中で人目を憚らずデカデカと口開けて声を上げて号泣する。そうだ、修也は人目を憚らず泣く時はいつも誰かのために泣いていた。

「ああっ……えっと君、大丈夫?」

 葵がオロオロしてると、涼は懐かしさを感じながら買ったばかりのハンカチをポケットから取って彼の涙を拭う。

「大丈夫だよ、修也はああ見えて涙脆くて、凄く優しいんだ」

「すまねぇ……えぐっ……涼……ぐすっ……ありがとな」

 修也はなんとか泣き止むと服装を整え、葵の所に歩み寄って前に立つ、美紀は安堵した表情を見せて大地も腕を組んで見守る。

「あの、涼の彼女の草原さんですよね?」

「はい、草原葵です」

 葵も頷いて微笑むと修也は先生たちには見せないだろう背筋を整えて深々と一礼する。

「岡本修也です! 不器用な奴ですが、どうか涼のこと……よろしくお願いします!」

「はい! 一緒に、前を向いて歩いて行きます!」

 葵は迷いのない真っ直ぐな眼差しと澄み切った満面の笑み、そしてさりげなく涼の手を握ると、涼は誇らしげに微笑んで握り返した時だった。

「先生こいつらです! こいつら三人で渋谷ハロウィンみたいに暴れたり騒いで不純異性交遊してます!」

 さっき捨て台詞を吐いて逃げた菊本がよりにもよって巡回中の先生たち三人を連れて戻ってきた。

 ヤバい最悪の組み合わせだ、筋金入りの不良も恐れるテニス部顧問兼体育教師の大神義人おおがみよしひと先生が獲物を見つけた猛獣のような眼差しでニヤニヤしながら歩み寄って来る。

「ほうほうほう岡本、お前随分気合いの入った格好してるな」

 修也はヤバいと青褪めて冷や汗が吹き出す。大神先生は五〇近くにも関わらず大柄な筋肉質で、別の不良生徒が髪を金髪にした時に捕まって丸刈りにされたという話もあるほどだ。

「その格好土谷君に木崎さんね、まぁハロウィンだからいいけど……それよりも米島君に草原さん、あなたたちも褒められたものじゃないわね」

 担任の玲子先生が刺す視線の先は繋いだ二人の手だ。玲子先生が生徒の色恋沙汰に悪い意味で敏感なのは聞いていたが、本当なのはわかった。三人目の先生が呆れながら擁護する。

「綾瀬先生、もう昔とは違うんですよ」

 三人目は現代国語で四組担任の東郷真弓とうごうまゆみ先生だ。

 身長一七五センチの背丈にモデル顔負けのスタイルに切れ長の凛々しい瞳、形のいい唇の斜め左下の艶ぼくろ、長い黒髪にキッチリとスーツを着こなしていて教師というよりも秘書や弁護士、あるいは仕事のデキるキャリアウーマンが似合いそうだった。

 修也は拳を握り締め、顔に青筋浮かべながら罵倒する。

「菊本テメェ卑怯だぞ! よりにもよって先生を連れて来るなんて!! おい笹本!! 鈴木!! 隠れてないで出てきやがれコラァ!!」

 よく見るとお店の看板や物陰から笹本と鈴木がニヤニヤしながら覗いてる。

「草原さん、転校早々米島君と交際宣言をしたうえにハロウィンデートなんてね。まさかこの後、学生に『あ・る・ま・じ・き』ことをするわけじゃないよね?」

 玲子先生は両腕を組ながらターゲットを葵に定めている。ヤバい、葵は小悪魔の仮装して服装を乱していて明らかに必死で平静を装った様子でポーズを決める。

「こ、これは仮装ですよ仮装、ちゃんと涼君とは健全なお付き合いをしてますから」

「そうですよ! あたしの格好に比べたら可愛いものですよ!」

 美紀はそう言いながらポーズを決めるが、菊本は先生の隣に立って暴露する。

「嘘こけ! 俺はさっき見てたぞ! 米島! 草原! この後エッチする気満々だっただろ!」

 盗み聞きしてたのかよこいつ! 流石の涼も頭に血が上ると代わりに大地がズカズカと歩み寄って胸倉掴んだ。

「涼と草原がナニしようが勝手だろ!! 草原と付き合えねぇからってあることないこと捲し立てると俺達が許さねぇぞ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!! ぼ、暴力反対……」

 菊本は怯えて裏返った声で甲高い悲鳴を上げると、大神先生が止めに入る。

「落ち着け! 土谷! やめろ!」

「そうよ、やめなさい!」

 東郷先生も止めに入ると、大地は渋々手を離すと修也は三人の先生と対峙する。

「ったく洒落臭いぜ!! おいお前ら、ここは俺に任せて行け!! 先生方……こいつらの分のお仕置きは全部俺が引き受けますから見逃してくれませんかね?」

「ほほういい心意気だが、本気か?」

 大神先生はニヤつきながら修也に問うと迷わずガン飛ばして言い放つ。

「マジと書いて本気っすよ!」

 さすが修也だ、笹本よりもデカいサメ三匹と対峙しても引く様子はない。

「あらあらいいの岡本君?」

「勿論ですよ玲子先生、但し一つだけお願いがあります!」

 修也は玲子先生に本気の眼差しで見つめる、おいおい大丈夫かな修也は? さすがに無謀だと思いながらも、大地は美紀の手を取り、すぐに行くように促す。

「涼、草原、俺たちも行くぞ! そして楽しんでこい!」

「わかった、ありがとう! 行こう草原さん!」

 涼は葵の手を取ると、彼女の視線の先は修也だ。東郷先生は毅然とした眼差しで修也に訊く。

「条件はなに? 言ってごらんなさい」

 修也は目を見開いて豹変。


「決まってるじゃないすか東郷先生! 僕を、お仕置きして下さ~い!!」


 修也の硬派なルックスから信じられないほどの軟派でデレデレした表情と口調に、大地と美紀はコントのように派手にズッコケて涼は派手に吹き、葵はその場で激しく抱腹絶倒した。

「ぶぅわっはははははははっ!! ひぃっひひひひひひひ!! 涼君……今の――ひぃいっひひひっひ……ぐるじいぃっ!! 今の聞いた!?」

「う、うんまさか修也……あそこまでだったなんて」

 忘れてた! 修也は昔っから生っ粋のドMで年上のお姉さんが大好きなんだ。Sっぽい美人の東郷先生は案の条、困ったように笑う。

「もう岡本君たら! 先生をからかわない!」

「ええだって、東郷先生が一番ドSっぽいですもん!」

 修也は腰を気持ち悪いほどナヨナヨ振りながら言う、大神先生は葵以上に苦しそうに抱腹絶倒して地面を何度も拳で叩き、玲子先生は明らかにドン引きしていた。

 取り敢えずその場を離れようと、右手で葵の手を握って左手で自転車を押した。

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