第四章その1

 第四章、器の大きさ、心の大きさを見ろ


 一〇月三一日、土谷大地は校門前で自転車を降りてそのまま押して校内の駐輪場に向かう。

 昨夜、岡本がLINEで放課後ハロウィンだからみんなで遊びに行こうと誘ってきて美紀も仮装しようと言ってきた。

 勿論、大地は誘いに乗ったが果たして涼は来てくれるだろうか?

 涼にはLINEよりも直接会って誘った方がいい。ここ数日、放課後になると草原から寄り道の誘いも「やらなきゃいけないことがある」と断って帰った。

 駐輪場に入ると涼がいた。

「おはよう大地」

「おはよう涼……お前、昨日の放課後髪切ったのか?」

 大地は静かに驚いた。無造作に伸ばした髪を切って整えて清潔感が出て、眼鏡も新しいのにして新品の自転車を押していた。もともと顔立ちはいい方だったから、見るからに根暗な陰キャから大人しいけど清潔感のある知性的な美少年に変貌していた。

「うん、兄さんのこと考えてね……いつまでも下を向いてられないし、変わらなきゃいけないと思って、髪を切って眼鏡も新しいのにして自転車通学も始めたんだ」

 涼はそう言いながら自転車に鍵をかけ、一緒に歩いて教室へと歩きながら欠伸する。

「それとこの前からベッドメイクも始めた……朝起きる時間が少し早まったけどね」

「ベッドメイク?」

「と言っても布団を整えるだけだけど兄さんがね、毎朝起きたら必ずやってたの。寝る前の歯磨きと同じくらい大事なことだって、理由を訊いたらベッドメイクを完璧にできたらその日一日の最初の課題をクリアしたことになる。そうすれば次の課題への自信や成功に繋がるし、何より小さなことを正しくできなければ、大きなこともできない。一日の始まりに気を引き締め、一日が終わって部屋に帰れば……それが例え惨めな一日だったとしても綺麗なベッドが明日への勇気を与えてくれる。ベッドメイクを――小さなことを毎日できる奴は世界だって変えられるって言ってたんだ」

「そうか、俺も見習わなきゃな」

 聞いてるうちに大地は朝起きた時、ベッドの布団がそのままだったことに内心恥ずかしく思いながら言うと、涼は照れ臭そうに微笑みながら首を横に振る。

「そんなことないさ、僕はただ兄さんの言葉に従っただけだよ」

 教室に入るとクラスメイトたちから視線が一瞬だけ集中するが、涼は気にも止めない。以前だったら怯えていただろう、以前よりも胸を張って歩いてるようにも見える。

 笹本と菊本がニタニタ気持ち悪い笑みで歩み寄って絡んで来て、菊本が冷やかす。

「よう米島、お前イメチェンしたのか?」

「いや、死んだ兄さんからいつも身なりは清潔にしとけってのを思い出しただけなんだ」

 涼は首を横に振って言う、物怖じする様子もなかった。身なりを清潔にという言葉に、ラフに崩した服装の笹本は引き攣った顔で言う。

「へぇ……草原と付き合ってるからか?」

「まぁそれも理由の一つになるかもね」

 涼はそう言って頷くと笹本は大地に訊いた。

「なぁ土谷、米島ってこんなキャラだったか?」

「さぁな、だがこれだけは言える。涼はもう下を向くのをやめて前を向いて歩こうとしてる、それだけでも大分違うからな」

 今の大地に言えるのはこれだけだ。すると葵が美紀とお喋りしながら教室に入ると涼は「おっ」と葵の所まで堂々と歩み寄る。

「おはよう草原さん」

「おはよう涼君! イメチェンしたの?」

 涼の声は決して大きくないがハッキリした声だ、葵は驚きをストレートに露にしてると美紀も驚いて素直に称賛する。

「おはよう涼! かっこよくなってるじゃん!」

「そんなことない、ただ変わらなきゃいけないと思っただけさ」

 涼は微笑みながら首を横に振る。以前は卑屈だったが、今はそれが良い方向に変わって謙虚な人間になっている。

「ねぇ涼君! 今日はハロウィンだから放課後街に遊びに行こうよ!」

「うん、最近遊んでなかったからね」

 涼は快く頷く。ふと大地は横目で見ると笹本は涼と葵が付き合ってるが気に食わないのかふて腐れ、菊本も涼を嫉妬の眼差しで見つめていた。

 大地は岡本に手配しておこうと、こっそり席に着いてスマホを取り出す。


 今日の昼休みはエーデルワイス団のみんなで図書準備室で森下先輩と昼食を食べる。

 大地は岡本に会うため、途中で抜けて自販機で缶コーヒーのブラックを買って中庭に行くとベンチに座って待っていた。

「よぉ土谷、涼の様子はどうだ?」

「いい方向に変わり始めてる。昨日散髪に行って見た目も整えた、今日から自転車通学も始めて確実に前を向いて歩き始めてる」

「おおっやったじゃん! 土谷、お前久し振りに嬉しそうな顔をしてるぞ!」

「そうか? なぁ岡本……お前朝起きたら何してる?」

「えっ? そりゃあ……」

 岡本は親指から順番に立てながら言う。

「起きたらすぐに母ちゃんの手伝いで朝飯作って歯磨いて、洗濯物干したり洗い物して学校行くぜ……それがどうしたんだ?」

「あいつ死んだ兄貴からベッドメイクの大切さを説かれて始めたらしい。それで一日のスタートを切り、例え嫌な一日の終わりに部屋に帰れば綺麗なベッドが待っていて、それが明日への勇気をくれるってさ」

「なるほど、確かに部屋のベッドはぐしゃぐしゃにしたままだな……やってみるか」

 岡本は恥ずかしそうに頭を掻く、大地も頷いて缶コーヒーを一口飲んで言う。

「そうだな、俺もあいつに見習って始めてみようと思う。あいつは卑屈な自分を変えようとしてるが、それを快く思わない奴らがクラスにいる……だから」

「ああ、任せとけ!」

 岡本は頼もしげに微笑んで親指立てると、大地も安堵の笑みで誘う。

「ありがとう岡本。今日のハロウィンだが……」

「仮装なら任せとけ! お前の分まで用意したぜ!」

「えっ!? なんか嫌な予感しかしないぞ」

 大地は思わず青褪めた、一体今夜はどうなってしまうんだ?

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