放課後の秘密結社エーデルワイス団

尾久出麒次郎

プロローグ

 もしもある日突然、身近な人がこの世からいなくなってしまったら?

 文化祭が終わり一○月も後半に近づいた日、熊本市内にある私立細川ほそかわ学院高校――通称:細高ほそこうの教室で米島よねしまりょうは暇さえあればブレザーのポケットに入ってるロケットペンダントの亡き兄の写真を見つめる。

 身長一七○センチに無造作に伸ばした髪に黒縁眼鏡をかけ、痩せた地味な風貌の少年がかつては陽気な人気者だったことを知れば驚くだろう。

 涼は小学生の頃、クラスの中心ではなかったが誰一人、分け隔てなく接した。


――涼、勇気を持って踏み出せば何だってできるさ!


 尊敬する四つ上の兄――米島よねしま隼人はやとの言葉を胸に、涼は不器用ながらもクラスメイトや友達を巻き込み、積極的に困ってる子や心の闇を抱えてる子たちを救い、時には先生や大人たちを巻き込んで小学校時代を過ごした。

 そして中学で兄が陸上の短距離で「川尻中かわしりちゅうの隼」と呼ばれていたことを知った涼は、迷わず兄と同じ陸上部に入って短距離走に打ち込み、中体連を目指して慌ただしくも充実した日々を過ごした。


 中学二年の三月に兄が死ぬまでは。


 東京の有名大学への進学も決まった卒業式翌日の深夜、兄は突然交通事故に遭ってこの世を去った。

 事故当時、目撃した人によれば自殺とも事故死とも言えるような死に方だった。

 涼の瞳に映る世界が灰色に変わり、二年生の頃に届かなかった中体連出場を目指すことも辞め、早めに受験勉強に専念したいという名目で陸上部を辞めた。


――涼、細高に来い! 最っ高に楽しいぞ!


 死ぬ前に兄はそう言っていた。兄の死を確かめる名目で市内の細高に進学したが、兄との思い出にさいなまれて苦しむあまり、幼い頃の思い出を意図的に忘れる自己暗示をかけて嫌な記憶も楽しかった記憶も一緒に封印した。

 そして細高に来た理由も忘れて陸上部からの誘いも断り、何もしないまま一年生の文化祭が終わった。

 この学校にはクラス替えがないから三年間一緒だ。

 入学してすぐに始まったクラス内の階級スクールカーストを巡る静かな権力争いの時も、一歩引いた所から眺めてるだけでいた。

 中学時代に比べてリア充とか、輝かしい青春とはほど遠い学校生活で、周りの目や立場を気にしながら退屈な日々を送り、休み時間や昼休みは気の合う土谷大地つちやだいちと駄弁る程度だ。

「なぁ涼……これから美紀みのりと街に行かないか?」

 放課後になり、呟くような声で誘う。いつの頃からか土谷大地は自分のことを下の名前で呼び始めていた。

 涼と同じくらいの一七〇センチだががっしりした筋肉質、不良のように柄の悪そうな三白眼でラフに制服を着ている。

 入学して声をかけられた時は正直いじめられるんじゃないかとビビッたが、かなりのお人好しで人当たりのいい一匹狼だ。名前で呼ぶ大地に、涼も仕返しとして名前で呼ぶ。

「僕でいいの大地? 他にもいるんじゃない?」

「そう卑屈になるな涼。小さい頃……お前と遊んだ時は楽しかった。お前がいいんだ」

 ずっと前から大地は涼のことを知ってるという。

 ちょっと不思議だが根はいい奴で最近は彼の幼馴染である木崎きさき美紀みのりと三人で遊ぶのが増え始めていた。

「二人とも! 早く行こう!」

 木崎美紀は少し伸びた黒髪ショートカットで浅黒かった肌はすっかり白くなり、長身で引き締まった四肢とくびれのある豊満なスタイル、以前は男っぽかったが元々整った顔立ちなので、最近は女らしくなって男勝りな美人に変わりはじめてる。

「ああ、わかってる……美紀、すっかり変わったな」

「なぁに? お世辞のつもりかい少年?」

 美紀は太陽のように明るい笑顔で言う。一学期まで女子サッカー部にいたがレギュラー争いか何だかで、人間関係に嫌気が刺して退部したという。本人は決して口にしてないが、大地は美紀のことが前から好きなようだ。

 二人っきりにしてやりたいが余計な「気遣いは無用だ」と言われたものだからなぁ……。

 細高を出ると、熊本市内を走る路面電車(※単に市電と呼んでも通じる)の交通局前停留所で乗って通町筋停留所で降りる。

 いろんなお店に寄り、次の店に行こうとしていた時に美紀はこんな話しを持ちかけた。

「ねぇねぇ聞いた聞いた? 明日転校生がやってくるんだって!」

「……どこからだ?」

 大地はあまり興味なさそうな表情で訊くと、美紀は少し不満げに口を尖らせる。

「どこからじゃなくて、男か女か? って普通訊くでしょ!? ねぇ涼!」

「ええっ? ぼ、僕に言われたって……えっと男? 女?」

 いきなり話しを振られた涼は困惑しながら言うと、美紀は楽しみな様子で言う。

「噂だからどこのクラスになるかわからないけど、女の子らしいよ」

「へぇ……じゃあ噂だからうちのクラスになるとは限らないし、本当だとも限らないよ」

 涼は思った通りのことを言う。

 うちのクラス――一年二組に来るとは限らないし男かもしれない。

 もし転校生が可憐な美少女だとしても彼氏持ちかもしれないし、いなくてもどうせすぐどこかのイケメンか運動部のレギュラーとかの奴がモノにするに決まってる。

 そう考えてると大地はボソッと鋭く呟いた。

「すぐ卑屈に考えて言うのが今のお前の悪いところだ」

「そうよ、あんたもう少しポジティブに考えなよ! もう過ぎちゃったけど真夏の太陽より熱い恋とかあるかもよ!」

 美紀はワクワクしてる表情で妄想を張り巡らせてるかのように言うと、大地はツッコミを入れながらさりげなく好意を口にする。

「太陽より熱かったら焼け死ぬどころか灰も残らないぞ。でも美紀、お前のそういうところが好きだ。俺も見習わないといけない……それじゃ、今日は用事があるからまたな」

「ああ、気をつけて」

 大地はスマホの時計を見てそそくさと雑踏の中に消えて行き、涼はその背中を見送ると美紀は不満げに唇を尖らせた。

「あいつ彼女でもできたのかしら?」

「それはあり得ないさ」

「なんでそう言えるの?」

 美紀はジト目で睨むと、涼は思わず半歩後ずさった。

「いや、あいつ……結構奥手だからさぁ」

「ふぅ~ん、怪しいわね」

 完全に疑ってる様子で涼は全身から冷や汗が出た。決して口を割ってはいけない、それは大地を裏切る行為なのだから。兄さんだって許さないだろう、ブレザーのポケットに入れた指先がロケットペンダントにそっと触れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る