第四章その5

 数日後の金曜日、ここ数日涼は市内のデートスポットや良さそうなイベントを調べたり、時には葵と相談した末、明日の土曜日に荒尾市の遊園地に遊びに行く約束をした。

 明日が楽しみだといつものように登校して校門に入ると空気がいつもと違う、静かな混乱が起きてるかのようで時折、手元のスマホと涼を交互に見つめてる。

 何だろう? 嫌な感じがすると、ピリピリした空気を肌で感じながら涼は教室の扉に入るとクラスメイトからの視線が集中する。涼は寒気を感じながらもシカトして自分の席に座ると笹本が深刻な表情で歩み寄ってきた。

「米島……お前の彼女、草原のこと知ってたか?」

「……何かあったの?」

「この前ハロウィンの街中で、引退した平田葵が彼氏と歩いてる姿が今朝SNSで出回ってるんだ……その彼氏がお前だって」

 涼は背筋が凍り付くと同時に全身に強烈な電流が走って目眩がしそうだった。

 なんだって!? どうして秘密がバレたんだ!? 涼はスマホを取り出して調べてみると、仮装して涼と歩いてる葵の写真がいくつも出回っていた。

 最初の写真が投稿されたのはついさっきの七時過ぎだった。

 おまけに草原葵のアカウントまで特定され、土曜日の遊びに行く予定まで筒抜けで涼は呆然と立ち尽くす。もう既に学校どころか全国にも広まってるに違いない。

「どうして……草原さんがいったい何をしたんだ?」

 涼はすぐに葵のそばにいないといけないと思った。

 それから大地や美紀、修也や睦美にも伝えないといけない、どうすればいいかはその後考えればいい! 涼は教室を飛び出して来た道を逆走。

 そろそろ葵が来る時間帯だと思ったが、待て! 花崎さん来てるかも? 涼は睦美のいるクラスに行くと折りよく深刻な表情で出てきた、もしかすると知ってるかもしれない。

「花崎さん! 一緒に来てくれ!」

「わかってるわ!」

 睦美と急いで昇降口に行くと、葵が既に複数の生徒に囲まれて質問攻めに遭っていた。


「ねぇ、君って本当にあの平田葵だったの?」「一緒に歩いてた子って彼氏? 付き合ってるの?」「なぁなぁLINE交換しようぜ、俺達絶対気が合うよ!」「そうそう放課後さ、ちょっとだけで俺達と町に遊びに行こうぜ!」「土曜日遊園地に行くの? 俺も来ていい?」


 葵は怯えた表情で動揺してる。睦美はキッとした眼差しになって立ち止まり、怒気を放ち、息を思いっ切り吸い込んで腹から声を出して集まってる生徒たちに遠慮なく怒鳴る。

「あなた達!! 葵から離れなさい!!」

 葵を囲んでる生徒は勿論、睦美の周りにいた生徒まで驚いて立ち止まったり、視線を睦美と涼に向ける。涼は大股で歩み寄って囲んでる生徒たちの隙間を縫って葵に手を伸ばす。

「草原さん! 大丈夫!?」

「涼君……なにがあったの?」

 葵が不安に満ちた表情を見せるのは初めてだ。涼は葵の手を握って教室に入るとたちまちクラスメイト達の視線が集中してざわつく。

 みんな葵を普通の女の子ではなく、突然芸能界から姿を消した平田葵として見ている。

「何? どうして……みんな……そんな目であたしを見るの?」

 葵は明らかに怯えて震えている、するとクラスの上位グループでリーダー各の女子生徒が明らかな興味本意で近づく。

「おはよう草原さん、君のことSNSで話題になってるよ! 引退した平田葵だって!」

 涼は戦慄して混乱に陥りそうだった、駄目だ! 彼女を平田葵として見てはいけない! 草原さんはもう普通の女の子なんだ! 葵は青褪めた表情で素早くスマホを操作すると、気付いた睦美が止めに入る。 

「葵! 見ては駄目!」

 駄目だ遅過ぎる! スマホを見る葵の表情は恐怖と絶望に満ちて目が泳ぎ、その手からスマホがこぼれ落ちて画面にヒビ割れが入る。涼は床に落としたスマホよりも怯える葵に目がいった。

「草原さんしっかり!」

「なんで……どうしてみんな、そんな目であたしを見るの?」

 葵の声は今まで聞いたことのない程震えていた。草原葵の正体は一年前に突然引退した芸能人アイドルの平田葵だという好奇、驚愕、興味、あらゆる形の視線が見えない刃となって葵の心を貫き、切り刻んでいる。

「睦美、涼君、あたし……帰る!」

 葵は震えながらボロボロと涙をこぼし、睦美は黙って頷いてヒビ割れた葵のスマホを拾うと、涼に耳打ちした。

「米島君、葵は私が保健室に連れて行くわ」

「……わかった、頼む」

 涼には何もできないことが痛いほどわかっていた。葵は廊下や教室から視線を注ぐ生徒たちからの視線に怯え、睦美に介抱されながら保健室へと歩いていく、涼はただその背中を見送るしかなかった。

 そこへ入れ替わるように大地と美紀が登校してきて、大地は涼を見つけると深刻な表情で訊いた。

「涼、SNSを見たか?」

「うん草原さんのことだよね」

 涼は石のように固まった表情で力無く肯くと、美紀は涼の瞳を見つめて訊いた。

「まさか涼……あんた葵のこと……知ってたの?」

「ああ、いずれは草原さんの方から話すつもりだったんだ」

 こんな最悪の形でみんなに知られてしまうなんて、誰がなんのために草原さんの写真を晒したんだ? 絶対に許さないし、許したくない! 涼は唇を噛む。

 重苦しい空気が支配する教室で、笹本が口を開いた。

「米島、お前まさか知ってたのか?」

「ああ、僕にだけ話してくれたよ」

 涼は今まで感じたことのない怒りを感じながらゆっくりと頷くと、笹本は空虚な笑みで首を横に振る。

「おいおい……それなら早く言ってくれればよかったのになぁ」

「言ってたらどうしてた? みんな興味本意で群がってただろ?」

 涼は怒りが爆発して笹本を殴り殺しそうになる衝動を抑えながら、拳を握り締めて自分の席に着き、チャイムが鳴って玲子先生が入ってきた。

「はいはいみんな席に着いて、今日は大事な話があるの!」

 玲子先生はいつものように手を叩きながら着席を促すと、先生は教室が静まり返るのを合図に少し重い口調で話し始める。

「話しは二つ。まず今朝草原さんのことだけどみんなも知ってる通りSNSで拡散されて、すぐ親御さんに連絡したわ。それで今日は家に帰って、来週からしばらくは保健室登校することになったの」

 これが一つ目だ、二つ目はなんだろう? 涼は身構えて耳を傾ける。

「二つ目はこの前のハロウィンの翌日、細高のOB――あなたたちの大先輩からクレームが来たの。その人たちによれば何年も細高生を見てるけど、最近の子たちの規律が緩み切って、服装も生活も乱れていて見ていられない。だから以前の校則に戻すべきだって、詳しくは五時間目の全校集会で話すけど、昨日の職員会議で校則を前の理事長先生の頃に戻すことを検討し始めたわ」

 それで教室がざわつく。まさかそれで学校中がこの重く冷たい空気に? エーデルワイス団ができるきっかけになった頃の時代錯誤で歪な校則に戻すのか? 涼はもちろん信じたくない話しだった。

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