第五章その1

 第五章、力を貸してくれ


 五時間目の全校集会が終わり、体育館を出るとクラスメイトたちはみんな青褪めたり、納得いかないと様々な表情で教室へと向かう。

 米島涼は葵のことで授業は勿論、全校集会の時も先生の話しにも耳が入らず、六時間目のロングホームルームまでの空いた時間にスマホを見ると葵からLINEメッセージが来ていた。

『ごめん涼君、明日のデート行けない』

 予想はしていたが溜息吐く、デートならまた今度の週末にすればいい。

 許せないのは葵をSNSで晒したことだ。試しに「平田葵 彼氏」で検索すると案の条、涼の写真が無修正で写っていて、決して少なくない誹謗中傷の書き込みもあった。


「はぁ? こいつが平田葵の彼氏? あり得ねぇだろ」「小悪魔の仮装した葵ちゃん、多分のこの後彼氏とパコパコヤりまくったに違いねぇ」「こんなイキリ陰キャに葵ちゃんの処女なんて勿体なさ過ぎだろ!」「特定班仕事だぞ! こいつを叩きまくってまともな人生送れないようにしてやろうぜ!」


 やめよう、相手をするのは勿論だがこれ以上見てもしょうがない。ポケットに仕舞うと大地が心配した様子で歩み寄ってきた。

「涼、お前の写真がSNSに出回ってる」

「ああ、僕のアカウントも特定されるのも時間の問題だと思う」

 SNSで涼のアカウントはあったが、幸い父親や兄から絶対に本名等の個人情報を書かないように口を酸っぱくして言われたのでアカウントも荒らされた様子はない、だがいずれ特定されるだろう。

「それなら特定される前にアカウントを消せ、今すぐにだ」

「わかってる」

 玲子先生が教室に入ってくるまでの時間、涼は数少ないフォロワーさんに申し訳ないと思いながらSNSのアカウントを削除した。

 六時間目のロングホームルームになると更に悪いニュースが舞い込んできた。

 前理事長先生時代の校則に改正する件だが、さすがに時代錯誤なので今に合わせてアップデートするという、改正というよりは以前の校則を近代化モダンナイズドすると言うべきだろう。

 正式決定の発表は再来週の金曜日で施行は一二月からだ。

 主に男女交際禁止、SNSは指定されたアプリのみ、休日の私用時も制服着用の義務付け、部活動に加入することの義務付け等々数えたらキリがない。

 あと、どういうわけか放課後タピオカドリンクの買い飲み禁止というのもあった。


 放課後、すぐに森下先輩のいる図書準備室に行ってエーデルワイス団の記録が入った箱の中に、写真と個人情報が抜き取られた前理事長先生時代の生徒手帳を見ると当時の校則が書かれていてそれに目を通した美紀は寒気で震え、顔も真っ青になっていた。

「なんなのよこの校則、マジでブラックってレベルじゃないわよ!」

「ああ、学校の決まりの校則じゃなくて身柄を拘束するという意味での拘束だな」

 大地の言う通りこれじゃ刑務所か強制収容所と変わらない。

 だが葵も気掛かりだし前理事長の孫娘である睦美はどう思ってるんだろう? いつも以上にムスッとした表情で思い悩んでる睦美に大地はジッと見つめて問う。

「花崎、お前はどう思う? この状況を」

「どうって……お祖母様は多分望んでると思う、だけど……だけど……」

 睦美は今の気持ちを口に出すべきかどうか葛藤してるようだ。

 それを察したのか大地は少し目を伏せて諭す。

「無理に口に出さなくていい、悪かった……だが花崎、絶対に自分に嘘を吐くなよ」

「わかってるわ、私はともかく米島君……あなた、思ってる以上に晒されてるわ」

 睦美は重い口調で言うと、涼の両肩に何かが重くのしかかるような感じがした。

「わかってる。こういう時の対処法は無視するって聞いてる……けどね」

 SNSで炎上して晒される話しは聞くがまさか自分が当事者になるとは思わなかったし、女の子と放課後の街を歩いただけで晒すなんて、あまりにも理不尽で酷過ぎる。

「いつどこで自分が見られてると考えてると……寒気がするし怖くて震えそうだ」

 するとずっと窓際で読んでた森下先輩が古いハードカバーの本――「1984年」をゆっくり閉じて呟く。

「Big Brother is watching you.(ビッグ・ブラザーがあなたを見ている)晒したのは多分米島君のクラスメイト、それもあなたのことを快く思ってない人かもよ」

 確かに心当たりがある。放課後のハロウィンデートで絡んできた三人や交際宣言した翌日に絡んできた男子たち、美紀も静かに怒りの言葉を口にする。

「確かにあたしもされたことあるわ、でもこういう時は無視するのが一番だけどそれでも酷かったら弁護士に訴えたりして社会的にボコボコ――いいえ、抹殺するのが一番だわ」

「いっそのこと“蒸発”して最初からいなかったことになればいいのにね」

 森下先輩の模範的なスマイルが逆に不気味で怖いが、今はそれが頼もしかった。

 よし、葵を晒したのは絶対に許せないのは勿論、クレームを出したOBの理不尽な要求も通してはいけない、とは言え気になる点もある。

 涼は素朴な疑問を口にした。

「ねぇ、そのブラック校則に改変を検討中だってなんでわざわざ教えてたんだろう?」

「確かにそうね、正式発表に二週間、施行まで一ヶ月弱あるわ」

 睦美が同調すると、森下先輩も考え込んで呟く。

「再来週に正式発表に施行は来月? 本当ならいきなり正式決定をしたと言ってもいいはずなのに……もしかして私たちを試してる?」

「まさか先生たちの誰かが反対して、私たちにアクションを起こすように促してるとか?」

 美紀の意見に根拠があるかどうかは怪しいが、大地は同調する。

「可能性は捨て切れないな、月曜日先生たちに訊いてみよう!」

 それにみんな頷き、睦美も重く頷くと涼を見つめる。

「米島君、SNSで晒されちゃってるけど本当に大丈夫?」

「不安なんてないと言えば嘘になるよ、それに兄さんから教わった取っておきの自己暗示の方法があるから」

 それは兄から教わったものだ。自分は今SNSで晒されて炎上してると認識しつつ自分はSNSのことは全く知らないと認識する、森下先輩は興味本意の表情で言い当てる。

「当ててみるわ。相反する二つの意見を同時に持ち、それが矛盾するのを承知のうえで信じること二重思考ダブルシンクでしょ?」

「そうです。でもどうして先輩が?」

 涼は思わず訊いたが兄の彼女だった人だ、知っていてもおかしくない。

 森下先輩は不敵な微笑みをみせながら古いハードカバーの本――ジョージ・オーウェルの「1984年」の表紙を見せた。

「隼人君この本に書いてあったことを実践して教えてたのね。文庫本も出てるけど、帰りに街に寄る時――いいえ、しばらく外を歩く時には気をつけてね。葵ちゃんの家に行くのも避けた方がいいわ、後をつけて彼女の自宅を特定される可能性だってある」

「わかりました。十分気をつけます」

 涼は頷くが、しばらく葵の顔が見られないのが心苦しかった。


 

 月曜日になると涼曰く、週末はジョージ・オーウェルの「1984年」を読んで過ごし、両親には心配されたが土日、変な奴らに絡まれたりすることはなく視線を感じることはあったが、それも無視してたという。

 土谷大地は途中でホットのブラック缶コーヒーを買う。以前エーデルワイス団のことを訊いた校舎裏の野良喫煙所に向かうと、玲子先生はヴィクトリー・シガレットを吸っていた。

「あら土谷君、今日は米島君たちと一緒じゃないの?」

「涼なら保健室ですよ玲子先生、ちょっとお話しいいですか?」

 大地はそう言って玲子先生の隣で校舎の壁に寄り掛かり、缶コーヒーを開ける。

「どんなお話し? 前理事長先生の頃の細高のこと?」

「というより前理事長先生時代の頃の校則に戻すお話しです。玲子先生はどう思います? 前理事長先生時代の細高を過ごした者としては?」

 大地は質問して一口飲むと、玲子先生も紫煙を吹かして冬が近づいた空を見上げる。

「そうね、私としては時代にそぐわないところもあるわ、だから……今に合わせてアップデートするべきって推し進めたの」

 それで大地は思わず表情が引き攣りそうになるのを抑える、玲子先生はブラック校則を推し進める賛成派だと肌で感じ、大地は静かに問う。

「先生は校則の改変に賛成されてるということは……何かあったんですか?」

「確かに時代は変わったけど……変えてはいけないものだってあるわ、例えば厳しさや理不尽に堪え忍ぶことを学生のうちから知って欲しい、大人社会の厳しさは細高とは比べものにならないって思い知らされたことが数え切れないほどあったわ」

「……許せないことや、理不尽なことがあってもですか?」

「私もずっと耐えてきたわ、あなたたちにはまだわからないかもしれないけどね。でも私は信じてるわ、あなたたちが厳しい校則を守り抜いて無事に卒業してくれるのをね」

 玲子先生はそう言うが大地には受け入れ難いものだった、自分が味わった辛い思いを後の世代に同じ思いをさせてはいけないという思いが、健全な世の中を作るはずだ。

 大地はスチール缶を握り締めて試しに訊いてみた。

「ということは正式決定の発表は再来週の案――先生は反対したってことですか?」

「そうね、年配の先生や私みたいなOBやOGの先生たちは反対したわ。生徒の意志を確認するための猶予を与え、そのうえで検討するべきだと一人だけ強く言ってたわ」

「誰なんでしょうね? 反対してる先生は」

 大地はやんわりと訊いてみると玲子先生は苦笑しながら首を横に振った。

「それは言えないわよ、でもまさかあんなに熱くなるなんて思わなかったけどね」

 玲子先生はそう言って短くなったヴィクトリー・シガレットを携帯灰皿の中に押し付けて消した。大地も缶コーヒーを飲み干して話しを切り上げる、他の奴らはどうしてるんだろう?

 美紀は森下先輩の所で今後の方針を話してるし、花崎は高森先生、岡本は東郷先生の所にいる。

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