第一章その5

 あとは玲子先生と適当に話して適当な所で切り上げ、合流場所である中庭へ急ぐと美紀は待ちくたびれたかのような顔になる。

「遅いよ二人とも、玲子先生に尋問でもされたの?」

「いや、どうやら綾瀬先生……エーデルワイス団のことを敵対してた可能性がある」

 大地は首を横に振って言うと、花崎睦美は露骨に涼と大地を敵視する眼差しになる。

「木崎さん、やっぱり男子に頼まれてたのね」

「そんなに男が嫌いなら、女子校にでも行けばよかったんじゃないのか?」

 大地は物怖じせずに言うと、睦美は腕を組んで嫌そうな顔をした。

「いいえ、お祖母様のいた学校に行くつもりだったのよ」

「前の……理事長先生のこと?」

 涼は恐る恐る訊くと睦美はキッとした眼差しで睨みながら頷く。

「ええそうよ。米島涼君ね……葵のこと、いかにもあなたみたいにナヨナヨしてて優柔不断な弱い男が好みそうなタイプだよねぇ」

「なぁっ!」

 思わずカチンと来るが、図星で言い返せない自分がいるのが本当に腹立たしい。ぐぬぬ、とはらわたが煮えくり返るような気分だ。睦美は大地に視線を移して指差し、言い放つ。

「土谷大地君だよね……いかにもデリカシーがなさそうだわ!」

「あはははははっ! だってよ大地、言われちゃったね!」

 美紀も笑いながら指差して言うと、大地は気にする様子もなく肯きながら呟く。

「否定はしない、本当のことだからな」

「いいのかよ大地! 言いたい放題言われて!」

 涼は我慢できずに口に出すと、大地は「いいや」と首を横に振って腕を組む。

「ああいう奴には好きなだけ言わせてやれ、前にも言ったがいずれ……自分に返ってくる」

「よっぽどムカついてるんだな?」

 涼は睦美の言動に眉間にしわ寄せながらも、苦笑する。

「どう考えてるか、解釈は任せる」

 表情を露にしない大地は大人だ、自分も見習わないといけない。さて、そろそろ本題に入らないと昼休みも残り少ない、と涼は切り出す。

「それで、玲子先生はエーデルワイス団とあまりいい関係じゃなかったみたい」

「エーデルワイス団ね……お祖母様の宿敵……暗殺されたとか下らない噂が流れたけど、お祖母様は生前、持病が高血圧なうえに好き嫌いが激しかったからね」

 睦美はエーデルワイス団による暗殺説を否定して、涼はとりあえずホッと胸を撫で下ろし、それを見計らったかのように葵は早速提案する。

「それでさ、エーデルワイス団が残したお宝、みんなで謎を解き明かして見つけようよ!」

「花崎さん、やってみよう。ちょっと子どもっぽいけど……面白そうじゃない!」

 美紀は睦美を勧誘すると「俺もだ」と大地は頷く。

「ううん……葵が言うなら私も乗るわ」

 睦美はあまり乗る気じゃなさそうだが、大丈夫だろうか? 涼も葵の提案には賛成だった。

「僕も、やってみようかな? と思う。なんか……懐かしい気がするな、みんなで何かをやろうっていうの……楽しそう」

「ああ、小学生の頃……お前はみんなを導いていた」

 大地の瞳が少し輝こうとしている、絶望の中で微かな希望を見出したかのように。

「そうかな?」

「いいや、いつか……思い出してくれればいい」

 大地は真っ直ぐな眼差しで頷くと昼休みの終わりは近づいていた。

 兄さんだったらノリノリでワクワクしてそうだが生憎僕は兄さんじゃない。涼はブレザーの上着に入れてあるロケットペンダントを取り、兄の写真を一目見てポケットに戻した。


 教室に戻る途中のことだった。睦美は打ち解けた美紀とにこやかに話し、大地も話しに加わると葵と二人だけになって意識してないのに心拍数が早くなり、横目で見ると葵と目が合った。

 葵はジーッと見つめていて、思わず一歩引いた。

「ぼ、僕の顔に何かついてる?」

「ううん……ねぇ、米島君はエーデルワイス団のことどう思う?」

「どう思うって……」

 涼は目を伏せた。放課後の秘密結社エーデルワイス団……どう考えてたんだろうと、思うがままに自分にも言い聞かせるように言う。

「先生たちの目を掻い潜って自分たちの過ごしたいように過ごす。何もしないで後悔するくらいなら……精一杯暴れて回って後悔しようとか……なんてね」

 変なこと言っちゃったなと、葵の表情を見るとパッチリした瞳は射抜かれそうなほどの眼差しで見つめ、まるで何かを確信してるかのような表情をしていた。

「米島君、付き合ってる子とかいない?」

「……見ての通りだよ、僕みたいな冴えない男に彼女いると思う?」

 すぐ卑屈なこと言う。大地や美紀に言われた通り、悪いところだと自己嫌悪するが葵はすぐに謝る。

「そうか……ごめんね変なこと訊いちゃって」

「いや、別に……本当のことだし」

 涼はそう言って教室に入り、いつものように授業を受ける。その間に葵はチラチラと涼のことを見ていて、六時間目前の休み時間でも一軍グループと話しながらもチラチラと見ていた。


 そして帰りのホームルームが終わっていつものように大地や美紀と帰ろうとした時、葵は意を決した表情で歩み寄ってきた。

「ねぇ、米島君……この高校生活、どうしたいと思う?」

「えっ? そりゃあ……楽しくて一生の思い出になるようなものにしたいと思う」

 でも、それが送れるのはだいたい一軍連中のリア充グループくらいだ。あいつら、アメリカン・ホラー映画みたいに「ウェーイ!」って浮かれて殺人鬼の餌食にでもなればいいのに! 言いたいことを押し殺すと、葵は朗らかな笑みになって右手を涼の肩をポンと乗せた。


「よし! それじゃあ君に決めた! 米島君、今日からあたしの彼氏になって!」


 迷いのない声。クラスメイトたち全員の視線が殺到して迎えに来た睦美も空いた口が塞がらないという顔だった。何しろ転校生の美少女との青春なんてそれこそ、選ばれた者でしか送れない、涼はその権利を図らずもゲットしてしまったのだから。

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