第二章その2

 翌日の金曜日、正直学校を休みたい気分だった。もし、クラスメイトたちとLINEしてたらたちまち誹謗中傷のメッセージが四六時中送られ、ネットリンチされてたのかもしれない。

 米島涼の家はJR川尻駅の近くで電車通学してる。川尻駅で鹿児島本線に乗って熊本駅で豊肥本線ほうひほんせんに乗り換え、新水前寺しんすいぜんじ駅で降りると歩いて細高に行き、校門を通って昇降口を通った辺りから視線や舌打ちが聞えるような気がする。

 自意識過剰と言われても文句言えないが、そんな気がしてた時だった。

 隣のクラスにいる坊主頭が少し伸びた野球部の生徒が、自分からぶつかってきた。

「おい、いてぇじゃねえかよ」

「ご……ごめんなさい」

「ごめんなさいじゃねぇだろお前……昨日見たぜ、どうやって草原を落としたか知らんが調子に乗んなよ、お前……身の程を弁えろ」

 胸倉を掴まれ、そいつのねっとり絡みつくような言葉で心臓に極めて悪い刺激が与えられたように吐き気が襲い、全身から冷汗が噴き出てガタガタと全身を震えさせる。

「おいおいビビッてんじゃねえぞ、そんな奴一捻りでやっつけてみろよ」

「そんなんで草原を守れるとでも思ってんのか?」

 男子生徒の誰かが見ていて楽しんでるらしい。周囲を見回すと悪意に満ちたにやけ顔に、これから涼がボコボコにされるのを楽しみにしてたと言わんばかりにワクワクしてるような奴までいた。

「おい、なんとか言ってみろよ男だろ!」

 野球部の男子生徒は口答えしたら殴り飛ばすつもりなのか、右手をグーで殴る準備をしていた時だった。

「やめなよ、みっともない嫉妬でいじめるのは」

 女子生徒のハッキリと通る声に、男子生徒たちの視線は一斉に登校してきた葵に集まると、野球部の男子生徒は慌てて手を放した。

「い、いやいやいやいや草原さん違うんですよ! こいつが勝手に――」

「言い訳しなくていいわ! 私がちゃんと見てたわ。ホント、これだから男は嫌いなのよ!」

 全てを見ていた睦美は凛とした声で言い放つと、名指しで非難する。

岩崎いわさき君、調子に乗るなって言ったのハッキリ聞いたわ。それ、いじめっこが言いがかりをつける時に言う決まり文句よ! あなた中学の時もいじめてたの知ってるわ。野球部では先輩や監督にいい顔してるでしょ? 見たり聞いたりしたら失望するわねぇ……」

 睦美は冷たい笑みで尋問するかのような口調で言い詰める。

「そ、そ、そ、そ、そんなことないですよ! 頼むから先輩や監督には言わないで!」

「そうして欲しかったら、今後二度と米島君に言い掛かりをつけないように、見ているあなたたちもよ!」

 睦美は周囲にいる男子生徒たちにも怒気と共に言い放つ。岩崎と言う男子生徒は悔しそうに睨みながら引き下がると全身の力が抜けてその場で両膝着き、葵はすぐに駆けつける。

「涼君、大丈夫!」

「草原さん……ごめん、僕……僕……」

 無様な姿を晒してしまい恥かしいというよりは申し訳ない気持ちだ。すると、気だるげで眠そうに欠伸しながら登校してきた大地の目の色が変わり、慌てて動揺した口調で駆け寄った。

「涼! どうした! おい、大丈夫か!!」

「大地、おはよう……」

「どうした? お前顔色が悪いぞ」

「大丈夫、大丈夫だから……」

 涼は大地たちを気遣って教室に入ると、間もなく美紀も登校してきた。

「ちょっと涼! どうしたの! 朝から顔青いよ!」

「木崎さん、土谷君も聞いて、朝学校に来たら――」

 葵は涼に起きたことを全て話した。

「酷い!! 自分に彼女ができないからって言い掛かりつけるなんてホント最低!!」

 美紀は憤りをストレートに露し、大地も表情はいつものように無愛想な無表情だが静かに憤ってるようだ。

「ああ……人はいつから人の幸せを妬むようになったんだ?」

 そんなの簡単だ、涼はもうどうにでもなれと捻くれて言う。

「ははははは、僕みたいにスクールカースト下位の陰キャが、可愛い彼女作っちゃ上位の人間に目をつけられて……いじめられて当然さ」

 感情的な美紀を怒らせるには十分だった。

「何馬鹿なこと言ってるのよ涼! そんな卑屈だからいじめられるのよ!」

「待て美紀……涼、美紀の言うことは正しい……昨日草原が言ってたようにお前が何をしようが、それはお前の勝手だ。だがそんな卑屈になれば兄貴もきっと心配する」

 大地の目は真剣そのものであまり見たことのない眼差しだった。

 やっぱり大地と美紀は本気で自分のことを心配してる。それなら彼らに報いることをしないといけない、そうしないと兄さんが悲しむと涼は力なく頷いた。


 一日が終わって帰りのホームルームになり、その頃になると涼はなんとか落ち着きを取り戻し、玲子先生の和気藹々とした雰囲気で話す。

「それじゃあ明日は週末だけど勉強はしっかりやるように! くれぐれもハメを外したりしないように……と・く・に不純異性交遊は慎むように!」

「はい、玲子先生! それは僻みですか?」

 美紀が言うとクラスメイトたちから笑い声がこぼれる。

「う〜んまあ学生の時に恋愛したり、何か夢中になることしてなかったら後悔することは確かよ。週末を楽しんでらっしゃい! 以上よ!」

 玲子先生が苦笑しながら言うとロングホームルームが終わって明日は土曜日だとクラスメイトたちは席を立ち、教室前の廊下で睦美と合流すると美紀は視線を隣の校舎に向ける。

「それじゃあみんな、図書準備室に行くわよ」

 いきなり図書準備室? 涼は首を傾げながら美紀を先頭に歩くと、好奇心旺盛な葵は美紀に訊いた。

「ねぇねぇどうしていきなり図書準備室に?」

「エーデルワイス団よ。引退したサッカー部の先輩の友達が文芸部部長を隠れ蓑にして活動してたの、森下由紀奈もりしたゆきな先輩って人なんだけどその人が代表をしてるって」

 美紀があらかじめアポを取ってたらしく真っ直ぐ図書準備室に向かって扉を開けると、涼たちを背に一人の長い黒髪の女子生徒が窓の外、遠い空の向こうを見上げていて美紀が挨拶する。

「こんにちわ森下先輩、連れてきましたよ」

「待っていたわ」

 優雅に振り向くと、長い黒髪が印象的で凛々しくも妖艶な笑みを見せる。制服のリボンは紺色だから三年生だけど、二つ上なのに大人びた顔立ちでスタイルも良く、艶やかで柔らかそうな唇だ。

「ようこそ、私がエーデルワイス団代表の森下由紀奈よ。大いに歓迎するわ」

「初めまして、この前鎌倉から転校してきました草原葵です!」

 葵が自己紹介すると睦美、大地、そして涼の順で自己紹介する。

「同じく一年二組の米島涼です」

「米島……涼?」 

 森下先輩は驚きを押し隠すかのように涼を見つめる、兄さんのこと知ってるのかな? 四つ上だから一年生の時に会ってたのかな? そう訊こうとした時、葵が瞳を輝かせながら歩み寄って訊いた。

「あの森下先輩! 早速教えていただけませんか! エーデルワイス団のこと」

「慌てないで、まずはルールを説明するからそこの席に座って」

 森下先輩はみんなに図書準備室の真ん中に置いてあるテーブル席に座るように促すと、涼は葵の隣に座って訊く。この秘密結社の大まかな目的は「青春時代をちゃんと青春する」という目的で設立され、細かい行動方針はそれぞれで決めていいという。

 ルールは次の通りだ。

 

一、互いの意志を尊重し合い、自分の意志を信じること。


二、互いを貶めたり、名誉を傷つける行為等は一切行ってはいけない、互いの名誉を守る努力をすること。


三、互いに助け合い、尊敬し合い、信頼し合う関係を築くこと。


四、二に反しない限り、エーデルワイス団に入団、退団は個人の意志で決めるとする。


「……それで、先輩たちが残したお宝だけど中身は記録、思い出の品や写真よ。見つけたら卒業までの思い出や記録を入れて校舎のどこかに隠すの、あたしが一年生の終わりに卒業する先輩たちから封緘ふうかん命令書を託されたわ」

 一通り説明すると森下先輩はデカデカと「極秘、関係者以外の開封及び閲覧を禁ずる」と書かれたA4サイズの茶封筒を二つ見せる。

「この中身はお宝の隠し場所が詳細に書かれてるけど可能な限り自分たちで見つけて欲しいって言われたわ。エーデルワイス団の結束を深めるためにも必要だってね」

 森下先輩は涼を一瞥すると、みんなに言い放つ。

「そこでエーデルワイス団の宝探しを、これからの未来を作る一年生の君達に託したいの、やってくれるかしら?」

「はい! あたしたちが必ず見つけてみせます!」

 葵は快く頷いたが果たして見つけられるのだろうか?

 大地も頷いて昨日のことを言う。

「先輩、綾瀬先生はエーデルワイス団とは少なくとも友好的ではない様子でした」

「ええ、初代エーデルワイス団の人たちは綾瀬先生とは同級生。それも敵対関係で綾瀬先生にとっては宿敵同士だったから、絶対にバレないように。先生たちに記録を探してると知られれば妨害されるか、先に見つけられて処分される可能性もあるわ」

「つまり、先生たちには知られないようにお宝を探し出すというわけね」

 美紀は珍しくと言っては失礼だが、真剣な表情になる。

「ねぇ……その記録って代々受け継がれてきたんだよね? ということは見つけたらまた戻さないといけないんじゃない?」

 涼が恐る恐る言うとみんなの視線が集中する。

「あ、ごめん……何か不味いこと言った?」

「いいえ、米島君の言う通りよ。あなたたちがエーデルワイス団の記録を見つけたら、いずれは元の場所に戻しさないと……受け継いできたものをあなたたちが断ち切ることになるわ」

 森下先輩の言う通り責任重大だ、大人たちに知られれば容赦なく焼き捨てられてしまうのかもしれない。睦美は腕を組んで考えながら森下先輩に訊いた。

「でも、問題はどこに隠したか……森下先輩、記録の中身というのは?」

「う~ん記録の中身は沢山の写真を切り貼りした手作りアルバムと、MDとか言うのと、それから記録したノートだって……ノートには最初のエーデルワイス団が卒業した一年後に新しい記録ができていて、一年から三年おきに写真やメッセージとかが書かれてたって……つまり、あたしたちにしかわからないヒントが隠されてるんだと思う。三年生になってからいろんな所を探してみたけど残念だけど簡単に見つかれば苦労しないわ」

 森下先輩はそう言って溜息吐く。

 校内にヒントが隠されてる……もし僕が卒業生だったら、どこにヒントを隠す? 涼はもし自分が先生に内緒で後輩にヒントを残すとしたら? エーデルワイス団は卒業アルバムに残ってるのだろうか。

 待てよ、エーデルワイス……花ならどこかで見たことがある……思い出せ……確か、花の絵画。

「そうだ、美術室の廊下に飾ってある花の絵!」

 涼が閃くと睦美もパン! と手を叩いた。

「そうよ! 花の絵よ。エーデルワイスは花の一種だから花の絵にヒントを隠してもおかしくないわ!」

「盲点だったわ! エーデルワイスという花の一種にこだわり過ぎていた!」

 森下先輩も一気に表情が明るいものに変わる、そして涼はもう一つ、確率は低いことを承知のうえで言った。

「もう一つ、卒業アルバムにヒントを隠してるかもしれない……卒業式の後に仲のいい後輩に見せてヒントを残せば……あるかもしれない」

「なるほど、お前の兄貴も……細高だったな」

 大地の言葉で涼の胸に兄である米島隼人が卒業後に変死したという事実が鈍く突き刺さる。

「うん、兄さんが残した卒業アルバム……家にあると思う……それを見てみよう」

「兄さん……やっぱりあなた、米島隼人先輩の弟さん?」

 森下先輩は驚愕の表情で涼を見つめると、涼は激しく湧き上がる「何か」を抑えながら頷いた。

「はい、兄さんのこと知ってたんですか?」

「うん、みんなに慕われていたわ。でもその話しは見つけてからでも遅くない、今日はもう遅いから帰った方がいいわよ」

 森下先輩は暗くなりはじめた窓の外に目を向けてみんなに帰るように促すと、大地は見回して言った。

「よし! 明日の土曜日の午後、二手に別れよう。一方は学校で花の絵を調べ、ヒントや手がかりを探す。もう一方は涼の家に行って兄貴の卒業アルバムを調べる!」

 名案だ。何かあればスマホのLINEで連絡を取り、場合によっては撮影して画像をやり取り等して情報交換もできる。

「涼、俺たちは学校に行く。美紀と花崎は俺と来てくれ、頭のいい奴が必要だ」

「私は反対するわ! 葵の傍にいないと米島君が葵に何をするかわからないわ!」

 睦美はキッとした眼差しで大地を睨みつける。今朝多くの男子生徒を萎縮させたあの眼差しだが大地は物怖じしない。

「別に構わないが……野郎の汚い部屋に踏みこむことになるぞ」

 それで睦美の表情は固まって更に美紀が追い討ちをかける。

「そうそう、涼の部屋……結構散らかってるからね。女の子には見られたくない物や見たくない物がそこらじゅうに転がってるかもよ」

「あたしは大丈夫だよ、むしろ涼君はどんなのが好きなのかなってね?」

 葵はニヤニヤしながら涼を見つめ、睦美は青褪めながら涼を冷ややかな目で見る。

「なんで僕を見るんだよ、部屋は片付いてるから!」

「そうかな? じゃああたしは涼君の家に行くわ、親御さんにも挨拶しなきゃね! 睦美も一緒に行く? 大っ嫌いな男の子のおうちに、決めるなら今決めてね。睦美は優柔不断な男は嫌いって言ってたし」

 葵はニヤニヤしながら睦美に決断を迫ると、眉を顰めて決断した。

「わかったわ。米島君、不本意だけど彼氏として頼むわ」

「ああ、そちらこそ……大地と木崎さんをよろしくお願いします」

「葵に破廉恥な真似したら、あなたの人生を滅茶苦茶にぶっ壊すからね!」

 そんなに草原さんが大事なんだ。男嫌いということはもしや……いや、そんなわけない。

「やれやれ、みんなのいい報告を期待してるわ。気をつけて帰るのよ」

 森下先輩の言葉で今日は解散した。

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