第一章その1

 第一章、それじゃあ、君に決めた!


 土谷大地は熊本市繁華街――通称:下通しもとおりにあるファーストフード店のマクミラン・バーガーに入るとオレンジジュースを注文して二階に上がり、待ち合わせしてた奴の向かい側に座る。

 待ち合わせしていたのは四組の男子生徒で岡本おかもと修也しゅうやという中学時代からの同級生だ。

 身長一八五センチはあるガタイのいい体格に彫りの深い顔立ちのツンツンヘアーで大地と同じくラフな服装、学校では筋金入りの不良と呼ばれてる奴だ。

 実際七月に工業高校の奴らと喧嘩騒動起こして顔中に絆創膏を貼っていた。

「よぉどうだ? 涼の様子は?」

「相変わらずだ……でも、少しずつ改善してきてる」

「そうか、昔のようにポジティブには程遠いか」

「ああ……卒業までに間に合うといいが」

 大地は溜息吐いて言った。幼い頃、大地はふと些細なことがきっかけでクラスメイトたちからいじめに遭い、先生たちも助けてくれず学校から逃げ出した。給食も食べず、空腹であてもなく夕方まで団地の公園を彷徨っていた時、涼たちと出会った。

 涼は少ないお小遣いを全部使い、パンとジュースを買ってお腹いっぱいになると、涼の率いる悪ガキたちのグループと暗くなるまで遊んだ。

 一度きりだったが、その中には岡本もいて中学で一緒になったが涼はいなかった。

 高校に進学して涼と再会した時は覚えておらず性格も正反対に暗くなっていた、兄が亡くなったショックだということはすぐにわかったが、立ち直らせるのが遥かに難しい。

 岡本も頭をくしゃくしゃと掻きながら言う。

「あいつとは小学校六年までずっと一緒だったのに……俺のこと覚えてない時はマジで泣きそうになったわ」

 いやお前マジ泣きしてただろ! 筋金入りの不良が人目を憚らず声を上げて泣いて担任の東郷とうごう先生もビックリしてたが、そのことはスルーしてあげて大地は頷いた。

「俺たちはあいつに救われた……今度は俺たちが救う番だ」

「ああ……俺だってガキの頃、姉ちゃんを亡くしたから気持ちはわかるけどよ……もう一度ガキの頃のダチ公を集めて行くか?」

「前と同じじゃ怖がらせるだけで無理だ」

 夏休みの時に火の国祭りでみんなに会わせたが、想像もできないほど怖がってこの前の文化祭の時にもリトライしてみたが、やっぱり怖がってしばらくLINEに既読が付かなかった程だ。

「だよなぁダチもヤンキーになってる奴もいるし……ああクソッ! 何か一発逆転なことねぇかなぁ……例えばある日突然、純粋で心優しい転校生の美少女がやってきてさ! 涼の心の傷を癒していく!」

 何かの漫画かアニメの受け売りか? 大地は内心ツッコミを入れながらオレンジジュースを啜るとそういえば、と思い出す。

「そうだ、明日転校生が来る話し、お前も聞いたか? 詳しくはまだわからないが」

「おいおい確かに聞いたけどそんな都合のいいことあるわけないだろう?」

 お前、今自分の言ったことあっさり否定してどうするんだよ! 大地はジュースを飲み干して置くと、岡本は苦笑しながら左手を縦にして左右に振りながら言う。

「だいたい高校で転校生ってヤンキーとか変な奴とかが多いぜ。ましてや転校生の美少女なんて、彼氏持ちでしかもいろんな男ととっかえひっかえでパコパコヤリまくってるに決まってる! 清楚系ビッチだったらどうするんだ? 涼の大事な貞操が大変なことになるぞ!」

「つまり、現実は厳しいということだな……まっ、明日になればわかるさ」

「おうよ! 何かあったらまた言ってくれ!」

「ああ、いざと言う時は頼んだ」

 大地は頷く、明日やってくる転校生にも微かな期待を抱きながら。



 翌日、米島涼はいつものように登校するといつものように担任の綾瀬あやせ玲子れいこ先生が手を叩いて和気藹々としたホームルームが始まる。

「はいはいみんな席に着いて。話しを聞いてるかもしれないけど、今日は転校生を紹介するわ」

 細高のOGで三〇代半ばだが、美人でスタイル抜群な涼の担任の先生だ。栗色シニヨンがトレードマークで親しみを込めて玲子先生と呼ばれてる。

 転校生がこのクラスに! たちまちクラスメイトたちは「おおーっ!」と歓声を上げると次々と質問する。


「先生! やっぱり女子?」「どこから来たの!? 可愛い子!?」「ちょっと男子! なんで女子前提なのよ、男子かもしれないわよ!」「どんな奴? イケメン? それともアイドル系?」「わくわくするぜ!」


 玲子先生は手を叩きながら「はいはい静かに」と促しながら言う。たかが一人、クラスの仲間入りするくらいで馬鹿騒ぎなんてくだらない! 涼は頬杖着いて視線を机に落とす。

「もう来てるから詳しくはその子に聞いて。それじゃあ入っていいわよ」

 先生の合図で教室の扉が開き、みんな静まり返った。見惚れてるのか? それとも強烈な印象を残す――例えば凄いデブとか、ブサイクか、ボディビルダーみたいに筋肉モリモリみたいな奴で言葉を失ってるのか? と思いながら育ちの良さを感じさせる上品な足音が耳に入ると、玲子先生が黒板に名前を書いて転校生は自己紹介する。

「皆さん初めまして、鎌倉から来ました。草原くさはらあおいです。熊本のことはよくわかりませんので、よろしくお願いします!」

 若干ハスキーで舌足らずだが聞き取りやすく、ハッキリした女の子の声で涼は視線を上げると思わず他のクラスメイトと同じように言葉を失った。

 セミロングの黒髪にパッチリとした瞳に長い睫。芸能人を思わせる作り物めいた美少女で例えるなら精巧に作られた動く人形にも見えるが、それに反して人懐っこい柴犬のような愛らしい顔立ちだ。

 他の女子生徒に比べて小柄だがバランスのいいスタイルで、細高の制服である胸元の赤いリボンを着けたクリーム色のブレザー姿も青春ドラマに出られるんじゃないかと思うほど、とても似合っていた。

 因みに細高では女子はリボン、男子はネクタイの色で学年を識別していて一年生は赤、二年生は青、三年生は紺色だ。

 ふと隣を見ると大地は戦慄しているかのような表情を浮かべていて、玲子先生の紹介にも耳が入らない様子で彼女を見つめてる。

「草原さんは家の都合で熊本に転校してきたの、みんな仲良くしてね」

 見惚れてるわけではない。まるでまさか、そんな!? と思ってるような表情でみんなが拍手する中、涼は大地と思わず前に向き直すと、ほんの一瞬だけ目が合って彼女は何かを見つけたというような仕草を微かに見せた。


 漫画やアニメとかで美少女転校生が来た場合、高確率で冴えない主人公の隣になるが現実は非情だ。空いてた席はスクールカースト一軍上位のイケメン男子である笹本滝雄ささもとたきおの隣だ。

 休み時間になった瞬間から先を争って草原葵に声をかけ、誰よりも早く仲良くなって彼氏になろうとビーチ・フラッグスか、椅子取りゲームのように水面下では静かな醜い争いを繰り広げてるに違いない。

 涼は下心丸出しのむさ苦しい男子たちに呆れながら訊いた。

「大地……草原さんのこと見て、見惚れてるというより戦慄してたよね?」

「ああ、実は昨日岡本と話したんだ。そしたら草原のような転校生が来たらって話してたら……まさか冗談が現実になるとはな」

 大地は苦笑するとそれで涼は納得した。クラスに転校生の美少女だけでも幸運だが、彼女にできるとなれば話しは別だ。スクールカースト三軍の涼が下手に出れば一軍最大の裏エンターテインメントであるいじめの対象にされかねない。

 男子生徒の一人がこんな話しを切り出す。

「ねぇねぇ草原さんってなんか引退した平田葵ひらたあおいにそっくりだよね?」

「ええでもあたしはあたしだから」

「ふぅ~んそれじゃあ今彼氏とかいる? いないなら俺が立候補しようか?」

 事実、笹本は「この子は俺のものだ!」と言わんばかりに馴れ馴れしく接してるが下心に気付いてるのか、草原葵は苦笑しながら首振ったり受け流してる。あまりにも声がでかいから情報もあっさり入ってくる、どうやら今までは家の方針で異性交遊は非常に厳しく制限されて前の学校は女子校だったらしい。

 すると、美紀は呆れた表情で涼と大地のところにやってくる。

「やれやれ……男子どもは下心見え見えよ。脳味噌が下半身にあるんじゃないの?」

「あるいは性欲を司る第二の脳があるのかもしれないな。それと逆に訊くが、もしイケメンアイドルみたいな男子だったら? 女子もああなるだろ?」

 大地はジロッと瞳を美紀に向けて動かすと美紀は苦笑する。

「ぐぅの音も出ないわね……でも、どこかで見たことがあるような気がするんだよね」

「似てる人間なんていくらでもいると思うよ」

 涼は首を振って言うとチャイムが鳴り、次の休み時間には他のクラスの生徒も群がって特に男子生徒が圧倒的に多かった。昼休みは女子グループと食べるんだろうと思っていた時、事態は急変する。

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