第三章その4
あたしが物心付いた時には既に芸能界に身を置いてた。
母親がマネージャーで所謂ステージママだったの、曾お祖母ちゃんがね……一九五四年の映画「ゴジラ」で合唱する女学生で出演したことがきっかけで芸能界に入って……後に昭和の大女優と呼ばれるほどになったの。
それ以降あたしの家は代々芸能界と密接な繋がりがあって、あたしは四歳の頃から普通を知らない生活を送っていた。
幼稚園の時も、小学生の時も……普通じゃないと気付き始めたのは中学生になった時かな? ある日仕事に行く途中、車の窓からタピオカを飲みながら友達と楽しそうに街を歩いてる子たちを見たの。
あたしにはとても信じられなかった。あたしの周りにいる同い年の子達はみんなお互いにいがみ合い、妬み合い、奪い合い、蹴落とし合う、学校にもたまにしか行けなくてクラスで浮いてて、いじめられてたの。
特に中学入ってすぐにいじめられて誰も味方なんていなかった、先生も母親でさえも。
もしあたしが普通の女の子だったら、いじめられることなかったのかもしれない、沢山の楽しいことを知ることができたのかもしれないって思った。
あたしは仕事場にいる時も、学校にいる時も、四六時中多くの人達に視線を注がれ、寝ている時や僅かな暇な時間や一人の時でさえ気が休まらなかった。
そんな時、二年前かな? 仕事で海外に行くことになったの。
行き先はシンガポールと南アフリカのケープタウンを経由してナミビア、ボツワナ、南アフリカに囲まれたバンゴラっていう小さな国に行ったの。
バンゴラなら涼も聞いたことがある。
一九六○年代にイギリスから独立してから半世紀以上も内戦や地域紛争を繰り返し、世界から忘れ去られた戦場の一つと呼ばれ、ネットで日本人ジャーナリストが熱心に取材していたことで一時話題になった。
「ケープタウンにある
葵はスマホを取り出してその時の写真を涼に見せる。
単発のターボプロップ機であるセスナ208キャラバンをバックに、レイバンのサングラスをかけて
「バンゴラは内戦が終わったばかりだった。首都や都市部にはテロリスト、郊外にはゲリラが潜み、あちこちに地雷が埋められていつどこからゲリラや少年兵が襲ってくるかわからないし、いつまた内戦や紛争が起きてもおかしくない、非常に危険な状況だった。僕たちは取材に猛反対したよ、年頃の女の子を戦場に連れて行くなんて正気の沙汰ではない……生還できたとしても
翔は言い終わると、涼は気になって訊いた。
「行かざるを得なかったって?」
「ああ、クライアントが通常の何倍もの金を出したらしい。今だから言えるが、万が一非常事態が起きたらすぐにバンゴラを脱出、その時は葵ちゃんを最優先してディレクターやマネージャーは必要とあらば『非情な判断』を下す――つまり見捨てるつもりだった」
翔は淡々とした口調でSNSだったら即炎上レベルの問題発言を口にする。
「まぁ企画の趣旨は内戦集結直後のアフリカの国に生きる恵まれない子供たちと、日本の子供代表のあたしが交流するって話しだったから、何度か怖いって思ったことあったけど無事に終わったわ」
「取材したのが首都の比較的治安のいい地域だったし、泊まったホテルもセキュリティもサービスも完璧に行き届いてたからな」
翔は苦笑すると葵は話しを続ける。
「それでケープタウンに帰ると一日だけ休みを貰ったの、あたしは翔さんたちと訓練場で一日中銃を撃たせてもらったわ」
葵はスマホを操作して見せる。何枚もの写真にはシューティンググラスとイヤーマフを装着した葵が、モダンナイズドしたAKライフルやM4カービン等のアサルトライフル、多種多様な機関銃、自動拳銃やショットガン、果ては自衛隊も使ってるブローニングM2重機関銃や二○ミリ口径対物ライフルのダネルNTWと一緒に写っていた。
沢山撃ったのか汗だくになりながらも眩しい笑顔を見せ、葵も懐かしげに写真を見つめる。
「あの日はとても楽しかったわ。みんな優しくて面白くていい人達だった。あたしにとって初めて楽しい思い出ができたって実感したの……みんな言ってた、俺達はいつ死んでもおかしくなからいつ死んでもいい人生だったって言えるように精一杯生きてるって」
いつ死んでもいいように精一杯生きよう、涼の胸にも深く突き刺さる言葉だった。
兄さんもそうだったのかな? 満たされて死んだって葵は言ってたけど、僕は果たして精一杯生きてるのだろうか? 自分自身に問う涼、葵は話しを続ける。
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