桑名と八風街道と巨大な城

 桑名の湊に到着すると、湊には多くの人々が行き交い、大いに賑わっていた。

 桑名は、古来より京や畿内の産物を東国へ運んだり、東国の産物を京や畿内に運ぶための中継地として栄えていた。

 今では、桑名湊は「十楽の津」と呼ばれ、堺、博多、大湊に並ぶほど栄えた湊となっている。

 桑名は禁裏御料を称し、堺の会合衆の様な有力商人たちの寄合が、桑名の町を自治・運営していた。

 久々に桑名を訪れたが、熱田湊や津島湊より栄えているなと思ってしまう。

 また、桑名は美濃紙の流通の要所として知られている。

 美濃国の大矢田で紙市が開かれており、大矢田紙商人が伊勢国の桑名へ美濃紙を持ち込んでいた。

 美濃国の紙商人は、伊勢国の桑名に紙問丸や定宿を3軒持ち、ここにやって来る商人に紙を卸しているのだ。

 その最大の取引相手が近江国の枝村の商人たちであった。

 枝村商人たちは、桑名で美濃紙を買い付けると、枝村へ運び、枝村の市に卸された後に、京の都へと送られているのだ。

 美濃国の守護である土岐氏は、応仁の乱以降、美濃紙の生産を保護しており、桑名を含む北伊勢東部を勢力下に置くことで、美濃紙の流通を支配している。

 近江国の守護である六角氏も、北伊勢西部の北方一揆勢を勢力下に置き、八風街道や千種街道を支配していた。

 伊勢国北部は、京と東国を結ぶ重要な地域なのである。


 平手五郎左衛門殿の話では、本日は桑名に泊まる様だ。

 桑名を自由に見て回って良いそうだが、桑名は本願寺の門徒が多いので気を付ける様にと言われる。

 家臣たちを伴って桑名の町を巡り、商家や千子派の刀剣を見て回ったが、熱田や津島より栄えてはいるが、桑名でないと手に入らないと言ったものは無い。

 ある程度、桑名の町に満足したため、宿に戻ることにしたのであった。


 宿に戻り、一泊した後に、八風街道で近江国を目指す。

 八風街道の道中は目ぼしいものはなかったが、八風峠に至ると、道が険しく、荷物を多く持っていたら、峠越えは厳しいだろうと改めて思った。


 八風峠を越え、近江国へ入ると東山道へと繋がる。

 平手五郎左衛門殿は、東山道を戻って、近江国の守護である六角氏の城を観ようと仰った。

 六角氏の居城である観音寺城に近付くと、山の上に巨大な城郭を観るとこが出来る。

 観音寺の山には多くの曲輪が並び、山上にある本丸や観音寺が、その存在を見せ付けるかの様に聳えていた。

 観音寺城の麓も、多くの武家屋敷が建ち並んでおり、六角氏は家臣たちを観音寺城の麓に屋敷を建てさせ、集め始めているらしい。

 今、建ち並んでいる武家屋敷だけでも、一部の家臣たちの物だそうだ。

 また、観音寺山城の麓に武家屋敷が建ち並ぶのに合わせて、商家や職人たちも集まり始めている様で、町が出来つつあった。

 わしにとって、この観音寺山城の光景は、大きな衝撃を受けることとなった。

 難攻不落の巨大な山城とその麓に出来つつある町と言う組み合わせは、六角氏の勢力の大きさを誇示している。

 開墾や治水などの普請を得意としてきた鬼頭家に生まれた身としては、これほどの城や町並みを普請することを想像すると、身震いしてしまう。

 城を持つなら、巨大な城と町を持てと言われている様に感じてしまった。

 わしは、観音寺山城に大きな憧れを懐く様になる。


 観音寺山城の麓の宿に一晩泊まり、我々は京を目指すこととなった。

 この道中でも、わしは新たな衝撃を受けることとなる。

 山科を通る際に、山科本願寺を目にしたのだ。

 以前の上洛では、初めて京へ赴くことや御役目のことで頭がいっぱいで、山科本願寺を意識して観ることはなかった。

 それは、尾張国に戻る際も、伊豆国の伊勢氏による押領のせいで、そんな余裕は有るわけもない。

 改めて、山科本願寺を観ると、まさに巨大な城である。あれは寺では無い。

 山科の平野の中に山科本願寺と言う巨大な城があり、周囲には門前町が建ち並んでいる。

 わしは、観音寺山城に引き続き、巨大な城を目にしたことで、更なる衝撃を受けた。

 山の上に巨大な城を築くなら分かるが、平野に巨大な城を築くなど、誰が考えるだろうか。

 ましてや、軍事拠点である城の周囲に町を置くなんて。

 武士と僧で考えることが違うのかもしれないが、観音寺山城と山科本願寺と言う巨城の違いに気付かされつつ、山科本願寺から目を離すことが出来ずにいる。

 わしは、山科本願寺をじっくりと眺めながら、山科を過ぎ、京の都へと入っていったのであった。


 

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