織田信秀との邂逅

 平手五郎左衛門殿から、織田弾正忠殿が会ってくださるとの知らせが届き、五郎左衛門殿と日取りを決めて、勝幡城へと赴くこととなった。

 取り決めた日取りに勝幡城に着くと、城の一室に通される。暫く待っていると、平手五郎左衛門殿が部屋に入って来た。

 平手五郎左衛門殿の話では、織田弾正忠殿が現れるまで、まだかかりそうだと言うことだ。そのため、平手五郎左衛門殿と少し世間話をしていた。


 平手五郎左衛門殿と話をしていると、小姓が間もなく織田弾正忠殿がお見えになると告げに来る。

 姿勢を正し、織田弾正忠殿を待っていると長身で色白の見目麗しい若者が現れた。何処と無く精悍さを漂わせる目の前の御方が、織田弾正忠殿であろう。

 わしよりも一つか二つ歳が上と言ったところであろうか。しかし、その姿からは言い様の無い迫力を感じさせる。


「那古野家家臣の鬼頭宗左衛門にございます」


 わしは、着座された織田弾正忠殿に名乗り、挨拶をする。


「で、あるか。わしが勝幡城主の織田弾正忠である」


 いざ、相対して言葉を交わすと、織田弾正忠殿の迫力が増す。弾正忠家に仕える者は、いつもこの様な迫力を受けながら、相対しておるのだろうか?


「五郎左衛門より、其方の夢の話は聞いた。

 わしが柳之丸(那古野城)を獲ると言う八幡様の御告げだったか?

 面白い。わしも何れは柳之丸を獲らねばならぬと思っておった。そう言った話も持ち掛けられておる。

 其方が夢で八幡様から御告げを受けたと言うことは吉兆よな。

 で、其方がその話を五郎左衛門にし、ここに訪れたと言うことは、わしに寝返るつもりであろう?」


 織田弾正忠殿は一方的に話すと、寝返るつもりかどうか問うてきた。

 しかし、織田弾正忠殿は、柳之丸を獲ると言う話を持ち掛けられていると言っていたが、わし以外にも弾正忠殿に柳之丸を獲る様に持ち掛けている者がおるのか?

 わしは、他にも織田弾正忠殿に柳之丸を獲ることを勧める者がいるかもしれないことに動揺しつつも、平静を装う。


「如何にも、織田弾正忠様に御仕えすべく罷り越してございます。

 しかし、織田弾正忠様に御仕えするのは、弾正忠様が柳之丸を得られてからに致したく。

 それまでは、織田弾正忠様が柳之丸を得るために御助けする所存にございます」


 わしは、織田弾正忠殿に仕えるつもりではあるが、弾正忠殿が柳之丸を得てからで、それまでは弾正忠殿が柳之丸を得るための手助けをするつもりだと応える。


「で、あるか。其方の思いは分かった。

 ところで、其方は今川那古野氏から寝返るのに躊躇いは無いのか?」


 織田弾正忠殿は、わしが今川那古野氏から寝返ることに躊躇いは無いかと問うてきた。

 僅かに迫力が増した気がする。


「躊躇いが無いはずがございませぬ。

 当家は代々、今川那古野氏に仕えて参りました。

 なれど、今川那古野氏は駿河今川家に乗っ取られ、御仕えしてきた今川那古野氏の方々は一門と扱われながらも冷遇されております。

 それは、我々譜代の家臣も同じでございますれば、今川左馬助様は駿河から伴ってきた家臣ばかり優遇しておられます。

 これは、本来の那古野家に有らず。どうして忠誠を誓えましょうか?

 ましてや、当世は乱世なれば、強き者が生き残り、弱き者は食われるのみにございます。

 今の那古野家当主であられます今川左馬助様の下では乱世は生き残れませぬ。

 だからこそ、尾張国で最も力を伸ばしておられる織田弾正忠様に寝返り、柳之丸を献じることで、御仕えしたいと思ったのです」


 わしは、つい今の今川那古野氏の当主は正しい血筋では無く、本来の当主の一族や譜代家臣は冷遇されていると言ってしまった。

 今川左馬助様では乱世は生き残れないため、織田弾正忠殿に柳之丸を献じて、寝返りたいと述べる。

 その言葉を聞き、織田弾正忠殿と平手五郎左衛門殿は僅かに表情を険しくさせた。


「乱世であるか・・・。

 今川左馬助が治める今川那古野氏は弱くて生き残れぬと?

 今川左馬助は駿河今川家の後ろ楯があるであろう?」


「如何にも。今川左馬助様では生き残れますまい。

 那古野家は奉公衆一番衆と言う家柄なれど、足利将軍家の力は衰えております。

 今川那古野氏はその複雑な立場から、他家の戦に捲き込まれて影響力は衰えましたが、戦場になることは少なく、領内や領民は尾張国の他領に比べて平穏にござりまする。

 尾張国の有力国人たちが、今川那古野氏の領地を狙わないことがありましょうや?

 ましてや、駿河今川家は先代の今川氏親が亡くなったことで、尾張国への関心が薄まっており、今の当主である今川上総介(氏輝)は若いため、今川家を差配しておるのは、後見している母親の寿桂尼殿ですぞ。

 今の駿河今川家は甲斐武田家との争いに追われており、尾張国に手を出す余裕はありませぬ。

 それを尾張国で見逃すことが無い御方こそ、織田弾正忠様にござりましょう?」


 わしは、織田弾正忠殿に、尾張国の国人たちが豊かな今川那古野氏の領地を狙っていること、駿河今川家が今川那古野氏を助ける余裕が無いことを述べる。

 そして、那古野家領を最も狙っているのは、尾張国で勢力を伸ばしている織田弾正忠殿であると告げた。


「ふっ、ふははははは。

 如何にも、戦とは縁遠く豊かな那古野荘を尾張国で最も狙っているのは、わしであろうな。

 その通りよ。わしは柳之丸が欲しくて堪らぬ」


 織田弾正忠殿は、急に笑い出し、那古野荘が欲しいと本音を晒した。


「鬼頭宗左衛門よ、柳之丸を献じると言ったが、どの様に献じるつもりだ?」


「織田弾正忠様が柳之丸を獲るための策を献じたくございます」


 織田弾正忠殿が那古野城をどの様に渡すつもりか聞いてきたので、織田弾正忠殿が柳之丸を獲るための策を献じると述べた。


「ふっ、面白い。その策を申してみよ」


「はっ。織田弾正忠様は、連歌に秀でた御方と聞き及んでおりまする。

 それに、平手五郎左衛門殿も連歌が優れているとか。

 今川那古野氏当主である今川左馬助様は、まだ若いながらも、連歌の才に秀でておられ、連歌に夢中になられておりまする。

 今川左馬助様も連歌のこととなれば、信頼する駿河から伴ってきた家臣たちの言うことも聞き入れませぬ。

 織田弾正忠様は今川左馬助様の連歌の集いに加わり、今川左馬助様と友誼を深め、油断させた後に奪えばよろしいかと」


「ふむ・・・」


 わしが言った策について、織田弾正忠殿は考え込んでいる様だ。


「なるほど。今川左馬助殿が連歌に傾倒していると言う噂は聞いておる。

 今川左馬助殿に連歌で近付き、油断させて奪うか。やってみる価値はあるかもしれんな。

 しかし、それには手引きする者が必要であろう?それを其方がやると言うことだな?」


 織田弾正忠殿は、わしの策に興味を持ち、やってみるつもりの様だ。

 わしに、今川左馬助様の連歌の集いに手引きするのだろうと問うてくる。


「如何にも。織田弾正忠様が今川左馬助様の連歌の集いに加われる様に尽力致しましょう」


「今川左馬助殿の連歌の集いに、まずは五郎左衛門を手引きせよ。

 五郎左衛門は尾張にも連歌の才を知られておる。

 それに加え、柳之丸の北に位置する志賀城の城主なれば、柳之丸の連歌の集いに加わるのも怪しまれまい。

 五郎左衛門が今川左馬助殿と友誼を深めたところで、わしが加わる様に手引きをするのだ」


 織田弾正忠殿は、まずは平手五郎左衛門殿を今川左馬助様に近付け、その後に御自身が加わるつもりの様だ。


「仔細は、五郎左衛門と詰めよ。

 もし、首尾良く柳之丸が手に入ったならば、其方の所領を安堵しようぞ」


 そう言うと、織田弾正忠殿は立ち上がり、部屋から去ろうとする。

 部屋から出ようとしたところで、織田弾正忠殿は、わしに向かって、今までにない迫力を込めて一言放った。


「其方が今川那古野氏から寝返ることに躊躇いが無いと言えば、斬っているところだったぞ。

 わしに仕えるつもりならば、裏切ろうなどと思わないことだ」


 織田弾正忠殿は、そう言うと部屋を去っていった。

 わしの命は危うかった様だ。何とか命拾いをした様で何よりだが、織田弾正忠殿に仕えたら裏切るなと釘を刺されてしまった。


「宗左衛門殿、冷や冷やしたぞ。

 弾正忠様が受け入れて下さった様で、何よりだが」


 平手五郎左衛門殿にも心配を掛けてしまった様だ。

 その後、平手五郎左衛門殿と今川左馬助様の連歌の集いに手引きする仔細を話し合い、勝幡城を後にしたのであった。

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