鬼頭宗左衛門の評価
◇織田弾正忠信秀
鬼頭宗左衛門は平手五郎左衛門との話し合いを終え、勝幡城を退去した様だ。
平手五郎左衛門が、わしの元へ報告に訪れている。
鬼頭宗左衛門と言う男を観たが、至って凡庸な男にしか見えない。
鎮西八郎や尾頭次郎の子孫とは聞いていたが、その面影は感じられなかった。
「五郎左衛門よ、鬼頭宗左衛門は鎮西八郎や尾頭次郎の子孫とは聞いていたが、その面影は見受けられなかったな」
「仕方ありますまい。尾頭次郎からかなりの代を経ておりますれば、血も薄まりましょう。
ましてや、足利将軍の御世になってから、奉公衆一番衆の今川那古野氏に仕えておるのです。
今川那古野氏は、近年は文芸や教養を以て奉公衆として勤めておりました故、主君を支えるため、教養が求められていたでしょうからな。
しかし、奉公衆は武を以て足利将軍家に仕えておりますので、武芸の鍛練は疎かにしていないかと。
今川那古野氏は応仁の乱以降は複雑な立場であったため、戦の機会は少なく、戦慣れしておらぬものと思われまする。
しかし、鬼頭宗左衛門殿も今川那古野氏に代々仕えておりますれば、教養や吏僚としては中々長けておりまするぞ。
何より、開墾や治水の技術は尾張国でも有数かと」
そうか、鬼頭氏は今川那古野氏の仕える様になってから、牙を抜かれてしまったのか。
鎮西八郎や尾頭次郎の様な豪傑を期待していたのだがな。
しかし、領地を広げたり、国人たちを配下に加えるなど、勢力を拡大することを考えれば、教養や吏僚の才を有する者が家臣にいた方が良い。
戦が好きな者や得意とする者は、探せば掃いて捨てるほどおるが、教養ある者を探して召し抱えるのは難しいからな。
それに、尾張国有数の開墾や治水の技術を有しているときたか。
「鬼頭宗左衛門が献じてきた策は、わしも実は考えておった。
今川左馬助が連歌好きとは聞いていたが、思っていたより酷い様だな。
鬼頭宗左衛門が内応していれば、那古野城を奪うのも被害が少なくなるやもしれぬ」
「殿も今川左馬助から柳之丸(那古野城)を奪うのに、鬼頭宗左衛門殿と同じことを考えておられたのですか?」
わしが鬼頭宗左衛門と同じことを考えていたと伝えると、平手五郎左衛門は驚いている。
「あぁ、考えてはいたが、上手くいくか分からなかったから、口には出しておらん。
わしに柳之丸を奪うように勧めてきた那古野弥五郎(重義)から、今川左馬助のことを聞いて思い付いただけよ。
今回は鬼頭宗左衛門に花を持たせてやるとしよう」
わしも同じことを考えていたが、先に口にした鬼頭宗左衛門に功を譲ることにした。
「鬼頭宗左衛門は、今川那古野氏の一門や譜代が冷遇されておると言っておったが、他にも寝返る者はおるだろうか?」
「鬼頭宗左衛門殿から話を聞いた様子ですと、宗左衛門殿以外にも寝返る者がおるやもしれませぬ」
「今川那古野氏の家臣は欲しいな。足利将軍家に教養を以て仕えた奉公衆の家臣たちだ。尾張の他の国人たちに比べれば、教養もあるだろうし、吏僚として使うことが出来るであろう」
「仰る通りですな。今川那古野氏の家臣たちが他にも寝返る様に、鬼頭宗左衛門殿を通じて促させるのが良いやもしれませぬ。
今川左馬助から家督を奪われた那古野家の者たちが寝返れば、奉公衆の繋がりから京の公家衆や奉公衆と繋がりを作るのに役立つこともあるかと」
「那古野家の者たちか。名越流北條家の子孫で名門であるな。
そろそろ、京との繋がりを強くしたいと思っておったところだ。
那古野城は渡せぬが、那古野家の家督を取り戻させるのは大義名分には良いやもしれぬ」
そろそろ、当家も京との繋がりを強めねばならないので、那古野家や家臣たちを取り込む必要がありそうだ。
「柳之丸を取れば、熱田衆にも圧力を掛けられるな。
津島衆の様に、熱田衆も従えたい」
「左様にございますな。津島とともに商業が盛んな熱田を従えれば、弾正忠家の勢力を伸ばすのも、より容易になることかと」
「そのためには、熱田に近く、圧力を掛けられる地に城を築きたいが、適地は古渡であろう。
鬼頭宗左衛門が寝返ると申さなければ、柳之丸を奪った後に、古渡を召し上げられたものの、運の良い男だ」
那古野城の次に熱田衆に目を向ければ、適地を持っているのは、寝返ってきた鬼頭宗左衛門である。
寝返ってなければ、問答無用で召し上げられたものの、厄介なことよ。
鬼頭宗左衛門の領地は意外と広く、柳之丸の南西に領地を持っている。熱田社の神領に接しており、古渡村は鎌倉街道が通っていて、湊もある。尾頭村も熱田への道が通っており、尾張国西部に向かう舟渡しがあるなど、交通の要所で、良い土地が多いのだ。
「鬼頭家は、尾頭次郎以来、那古野と熱田の間に多くの所領を有しておりますれば、古渡村、尾頭村、牛立村など由緒ある土地が多くございます。
熱田社との関係も深く、権宮司家の名兒耶家とは通婚関係にあり、尾張国に土着した源氏では相当古い家にございますぞ」
「鬼頭家も尾張国の古い国人である上に、熱田社と関わりが深いのが厄介だな。
鬼頭宗左衛門が寝返らずに、柳之丸を奪えば、要所である古渡村と尾頭村は召し上げて、所領は牛立村とその周辺の村にしていたところだ。
さすれば、熱田衆にも圧力を掛けられるしな。
それに、尾頭次郎の様に戦慣れしておらぬ鬼頭宗左衛門には、広い所領は勿体ない」
わしがそう言うと、平手五郎左衛門が困った顔をする。
源氏の出なれば、近隣の鬼頭家との繋がりも深かったのだろう。
「まずは柳之丸だ。柳之丸を手に入れねば話にならん。
武衛様は何と仰られていた?」
「武衛様は、柳之丸を奪うことをお認めになられました。
駿河今川家や織田大和守家への恨みは相当に深い御様子にございます。
今川左馬助に嫁がれた姫君を取り戻したい御様子でございました」
「武衛様は駿河今川と舅殿を深く恨んでおるか。舅殿は今川に与しておるからな。
五郎左衛門よ、武衛様とやり取りを深めるのだ。
武衛様も生活が苦しいであろうから、当家が支援するのも吝かではない」
武衛様を味方に付ければ、尾張国での勢力を拡大する大義名分になるだろう。
それに加え、治部大輔様を擁する舅殿にも対抗出来る。
「畏まりましてございます」
「熱田衆のことは、柳之丸を手に入れてから考えることにしよう」
わしは、まず柳之丸を手に入れることに集中し、平手五郎左衛門と話を詰めることにしたのであった。
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