平手政秀への相談

 わしは、那古野城の北に位置する志賀城に辿り着くと、平手家の家人に平手五郎左衛門殿への取り次ぎを頼んだ。

 この志賀城は平手家の居城であり、平手家は新田氏流世良田氏の流れを汲んでいる。

 平手五郎左衛門殿は、文武両道の教養人であり、多くの国人に慕われているため、那古野一帯の源氏の纏め役の様な存在になっていた。

 そんな平手五郎左衛門殿は、勝幡を治める織田弾正忠に家老として仕えている。


 平手家の家人に案内され、志賀城内の一室に通される。

 暫く待っていると、やや厳めしい壮年の男が入ってきた。この男こそ、平手五郎左衛門政秀だ。

 那古野周辺でも有数の教養人と呼ばれるだけあり、髭は綺麗に整えられ、着ている物も小綺麗で品格がある様に見受けられる。


「宗左衛門殿、久しいな。息災はなかったか?」


「五郎左衛門殿、急に押し掛けてしまって申し訳ございませぬ。恙無く過ごしておりますよ」


 まず、わしは平手五郎左衛門殿と挨拶を交わした後に、取り留めの無い世間話をした。

 平手五郎左衛門殿は織田弾正忠に家老として仕えておるが、それなりに忙しいそうだ。

 尾張国の国人たちに、織田弾正忠に従う様に口説き落としたりしているらしい。平手五郎左衛門殿の教養ある語り口で話されると、ついつい正しいのでは無いかと説得されてしまうことがあるが、その弁舌の才を活かしているのだろう。


「ところで、本日はどの様な用件で参ったのだ?相談したいことがあるとは聞かされておったが」


 世間話をして、互いに心が解れたところで、平手五郎左衛門殿から、わしからの相談について尋ねられる。


「実はですな、夢に八幡様が御出座しになられたのです」


「夢に八幡様が御出座しになられたとな!?」


 平手五郎左衛門殿は、わしの発した言葉に驚いている。平手五郎左衛門殿も尾張国の源氏であるため、源氏の氏神様である八幡様を信仰していた。

 那古野周辺には、八幡様の御社が多く、鬼頭家の領地の近くにも、尾頭村の闇之森八幡社や牛立村の牛立八幡社と言った熱田社の末社となっている八幡社がある。


「宗左衛門殿の夢に、八幡様が御出座しになられたのは分かるが、何故わしに相談するのだ?

 八幡様のことならば、宗左衛門殿の領地にある闇之森八幡社か牛立八幡社の祭祀を担っている権宮司家の者にに相談した方が良かったのではないか?

 権宮司家の名兒耶家と鬼頭家は代々深い関係にあろう」


 平手五郎左衛門殿は、わしが夢に八幡様が御出座しになったことに対して、自分では無く、権宮司家の名兒耶家に相談した方が良いのではないかと至極当然のことを述べた。

 八幡様が現れただけならば、闇之森八幡社の祭祀を担い、代々通婚関係にある名兒耶氏に相談すべきだと言うことは、わしも分かっておる。

 八幡様の御告げが、八幡社の祭祀を担っている名兒耶家に相談出来ないから問題なのだ。


「五郎左衛門殿が仰る通り、権宮司家の名兒耶家に相談すべきだと言うことは分かっております。

 しかし、夢の中で告げられた八幡様の御告げが問題でして、名兒耶家には相談出来ぬのですよ」


 権宮司家の名兒耶家に相談出来ない話と聞き、平手五郎左衛門殿は眉間に皺を寄せる。厄介な話だと思ったのだろう。


「実は、夢の中で八幡様が織田弾正忠殿が柳之丸(那古野城)を手中に収められると告げられたのです」


「弾正忠様が柳之丸を得ると八幡様が仰られたと・・・」


 わしが夢で八幡様に、織田弾正忠が柳之丸を奪うことを告げられたと話すと、平手五郎左衛門殿の眉間の皺は更に深くなった。


「織田弾正忠殿が柳之丸を得るのを、八幡様は定めであるため、防ごうと思っても防げんと仰られました。

 織田弾正忠殿が柳之丸を奪うのを防ぐより、織田弾正忠殿に味方した方が、家が没落しなくて済むとも告げられており申す」


「弾正忠様が柳之丸を得るのを、八幡様は定めと申されたか・・・。

 その様子だと八幡様に言われた通り、織田弾正忠家に味方するため、わしに相談に参ったと言うことか?」


「左様にございます。八幡様は織田弾正忠殿が尾張で飛ぶ鳥を落とす勢いで勢力を拡大しており、織田弾正忠殿に従えば取り立ててもらえると仰られました」


「弾正忠様に従えば、取り立ててもらえるか・・・」


 平手五郎左衛門殿の眉間に再び皺が寄る。


「裏切りは乱世の習いなれど、代々仕える今川那古野氏を裏切ることに、躊躇いは無いか?」


 平手五郎左衛門殿は、代々仕える今川那古野氏を裏切るのはどうかと婉曲に言ってきた。


「八幡様も今川那古野氏に先は無いと仰られておりました。

 また、今の今川那古野氏は、駿河今川氏に乗っ取られております。今は亡き駿河今川家の先代当主である今川氏親が、尾張国を攻めた際に、今川那古野氏の家督を一族で幼い今川左馬助様に譲らさせられました。

 その後、御当主である今川左馬助様は駿河国から伴ってきた家臣ばかりを重用し、今川那古野氏の一族は一門衆とされながらも冷遇されております。それは、今川那古野氏に代々仕える家臣たちも同じこと。

 今川那古野氏の家中では、御当主の今川左馬助様への不満が溜まっておるのです」


 わしの言葉に、平手五郎左衛門殿は眉間の皺を更に深くする。


「八幡様は、駿河今川氏に乗っ取られた今川那古野氏に仕えていても益が無いので、裏切る様に仰られました。

 わしも、そう告げられた時は驚きもうしたが、乱世の習いなれば、致し方ないと思い至り、当家を残すため五郎左衛門殿に相談しに参ったのです」


「う~ん・・・」


 平手五郎左衛門殿は、唸り始めてしまった。随分と考え込んでいる様子である。

平手五郎左衛門殿は、暫く考え込んだ後に言葉を発する。


「分かった。弾正忠様に話をしてみよう」


 平手五郎左衛門殿は、織田弾正忠殿に話してくださるそうだ。

 その後、再び世間話を少しした後に、平手五郎左衛門殿の元を辞去し、わしは古渡の屋敷へと帰ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る