織田信秀と平手政秀のやり取り

◇平手五郎左衛門政秀


 わしは、鬼頭宗左衛門殿から、夢で八幡様の御告げを受けたと言う相談を受けたことで、どうすべきか暫く考えたていた。

 鬼頭宗左衛門殿の話を主君である織田弾正忠様に話すべきかどうか。

 織田弾正忠様が柳之丸(那古野城)を得ることは大いに有り得ることであろう。柳之丸は要所なれば、尾張国に勢力を拡張するため、何れは奪わねばなるまい。

 しかし、八幡様が鬼頭宗左衛門殿に御告げをしたことが問題であった。

 八幡様から柳之丸を得ると言う御告げは、織田弾正忠様を喜ばせるであろう。

 しかし、その勢いに乗って、軽はずみに事を起こせば、織田弾正忠家が不利になることも有り得る。

 八幡様が鬼頭家を残すため、今川那古野氏を見限り、織田弾正忠様に内応せよと告げるとはな。

 確かに、内応している者がいれば、那古野城を少ない犠牲で落とせることであろう。

 考え込んでも、何か良い事が思い浮かぶ訳でも無いので、織田弾正忠様に話をすることにした。



 勝幡城にて御勤めをする際に、弾正忠様にお話させていただくことが叶った。

 勝幡城の一室にて、弾正忠様に鬼頭宗左衛門殿が見たと言う夢の話をする。

 弾正忠様は、まだ二十歳にもなられておらず、背も高く見目麗しく、精悍な若者であった。

 鬼頭宗左衛門殿は、弾正忠様より一つか二つ歳が下であろうか。

 鬼頭宗左衛門殿の夢の話を聞いた弾正忠様は不敵な笑みを浮かべられた。


「面白い。八幡様が、わしが柳之丸を奪うと言う御告げをなさるとはな。

 鬼頭宗左衛門とやらも、主君である今川左馬助では無く、五郎左衛門に相談したと言うことは、寝返る気であろう?」


「如何にも。鬼頭宗左衛門殿は、八幡様より今川左馬助を見限り、弾正忠様に仕える様に仰ったそうにございます」


 わしの言葉に、弾正忠様は笑みを深める。


「八幡様が、わしが柳之丸を得ると言ったのは好機じゃ。

 今川那古野氏から家督を奪われた那古野蔵人の嫡男である那古野高義の息子の那古野弥五郎重義が当家に仕えておるであろう。

 那古野弥五郎からも柳之丸を獲らぬかと言う話をしてきておる」


「那古野弥五郎から、殿へ柳之丸を獲る様に話があったのですか?」


 那古野弥五郎からその様な話があったなど、わしはまだ聞いていなかったので、驚いてしまった。


「今川那古野氏は北條氏の名門である名越家の生き残りなれば、今川氏親の尾張攻めで家督を奪われたことを恨みに思っている様だな。

 今川左馬助も駿河から連れてきた家臣たちを重用しておるため、今川那古野氏の一族や譜代の家臣たちも不満に思っているらしいぞ。

 特に今川那古野氏の家督を奪われた那古野蔵人高重と嫡男である那古野高義はな」


「今川那古野氏の一族や譜代の家臣たちが不満を抱えていると言う噂は耳にしております。

 しかし、柳之丸を奪っては、駿河今川家が黙っていないのでは?」


 わしは、今川那古野氏の後ろ盾である駿河今川家が介入してくるのでは無いかと懸念を口にする。


「先代の今川氏親ならばともかく、当代の今川上総介(氏輝)はまだ若く、母親の寿桂尼が後見して政を行っていると聞き及んでおる。

 ましてや、先代の今川氏親の代に始まった甲斐国守護の武田家との争いが激しくなっており、尾張に手を出す余裕など無くなっておろう。

 今の駿河今川家は尾張の分家よりも、甲斐武田家を何とかすることに腐心せざるを得まい」


「確かに、先代の今川氏親が始めた甲斐攻めで、甲斐武田家との戦が激しくなっておりますな。

 寿桂尼は、甲斐武田家を宿敵と見なし、武田家との争いに注力しているとか」


「如何にも。今の駿河今川家に三河国を挟んだ尾張国の分家にかかずらっている暇などあるまい」


「駿河今川家は手出ししてくる可能性は低いと言うことにございますな」


「それに加え、今川左馬助に尾張国守護である治部大輔様(斯波義統)の妹君が嫁がれておられるが、前守護であられる武衛様(斯波義敦)はそれが面白く無いらしい。

 自身の娘を、宿敵である今川氏親が据えた一族の今川左馬助に嫁いでいるのだからな。

 それに加え、今川左馬助との婚姻を条件にした講和を飲むように推し進めたのが、遠江国から敗れて帰って来た武衛様から実権を奪い、治部大輔様を傀儡にしてしまった舅殿(織田達勝)だ。

 武衛様に取ってみれば、忌々しくて仕方無かろうよ」


「武衛様は、尾張国では力を失われましたが、日ノ本の各地に勢力を持つ斯波一族への影響力は持ち合わせておりますからな」


 殿が仰る通り、武衛様は今川左馬助の存在を疎んでいた。

 そして、尾張国の実権を失ったものの、他国での影響力は未だに持ち合わせておられる。


「今川左馬助から柳之丸を奪ったところで、武衛様が追認してくださるやもしれぬ。

 そこは五郎左衛門、其方が武衛様に探りを入れてみよ。

 武衛様は英邁な御方なれど、足利一族の筆頭なれば、教養も重んじておられる。

 其方の様な教養人が適役であろう。」


「畏まりましてございます」


 弾正忠様は、わしに武衛様へ御機嫌伺いをするとともに、武衛様の御意向を確認せよと命じられた。


「問題は舅殿だな。自身が纏めた婚姻の相手が領地を追われたとなれば、黙ってはおるまい。

 暫くは様子を見て、機会を待つこととしよう」


 弾正忠様の舅である守護代の織田大和守様が難敵となりそうだが、弾正忠様は暫く様子を見られる様だ。

 鬼頭宗左衛門殿の夢の話で、軽はずみな行いはなさられ無い様で良かった。


「そう言えば、すっかり忘れておったが、八幡様の夢を見た鬼頭宗左衛門の望みは何だと申しておった?」


「鬼頭宗左衛門殿は所領を安堵して欲しいとのことにございました。

 今の所領は、鎮西八郎(源為朝)が庶子の尾頭次郎が得て以来、代々守ってきた所領にござりますれば、その所領を保ちたいのでございましょう」


「所領の安堵が望みであるか。良かろう。

日取りを話し合って連れて参れ」


 弾正忠様は、鬼頭宗左衛門殿と会うおつもりになられた様だ。

 鬼頭宗左衛門殿と日取りを決めねばなるまいな。

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