今川氏豊への進言

 勝幡城にて織田弾正忠殿と会い、今川左馬助様の連歌会への手引きについて、平手五郎左衛門殿と詰めて、いつもの生活に戻った。

 わしは那古野城で御勤めをしながら、主君である今川左馬助様に平手五郎左衛門殿を連歌会に招くことを進言する機会を待っていた。


 数日の間、柳之丸(那古野城)で御勤めをしていると、同僚たちの間で、今川左馬助様が連歌会を催すとの噂が流れる。

 今川左馬助様は、いつもは家中の者、親しい者や味方する国人たちを招いて、連歌会を催していた。

 駿河今川家の先代である今川氏親によって、駿河今川家の一族から今川那古野氏の養子となって家督を継いだ身であるため、今川左馬助様が尾張国で親しい者など限られている。

 大抵は、奉公衆である今川那古野氏の一門の方々や譜代の家臣の者たちが招かれることが多い。

 京との繋がりが強く、御勤めを為すために教養を身に付ける必要があるため、連歌が出来る者が多いからだ。

 駿河今川家から伴ってきた家臣たちは、今川那古野氏を支配することが目的なので、連歌などの教養には、少し疎かった。

 わしも度々、今川左馬助様の連歌会に呼ばれることがあるが、近頃は参加する者が決まってきてしまっているので、左馬助様は飽いておられるのが、目に見えて分かる。

 今川左馬助様の本音では、連歌の才のある者をもっと招きたいのだろう。それ程までに今川左馬助様は連歌に夢中なのである。

 しかし、駿河今川家の先代である今川氏親が尾張を攻め、今川那古野氏の家督を無理矢理継がせたため、尾張国の国人たちからは余所者と思われ、敬遠されがちである。

 駿河今川家から伴ってきた家臣たちも、味方でない尾張国の国人たちを招きたがっていなかった。

 連歌のこととなれば、いつもは信頼する駿河今川家から伴ってきた家臣たちの言葉すら聞かないことがある今川左馬助様であれば、平手五郎左衛門殿の話をすれば、近臣たちの言葉を聞かずに招くことだろう。


 わしは、今川左馬助様の周りに、駿河今川家から伴ってきた家臣たちがいないことを確認してから、左馬助様に御目通りを願った。

 まだ若く、連歌に夢中な今川左馬助様は、日頃の政務が退屈らしく、すぐに御目通りが叶う。


「宗左衛門が目通りを願うとは珍しいな。如何いたした?」


 今川左馬助様は、退屈な政務の気晴らしが出来ると思ったのか、嬉しそうに問う。


「殿に御目通りを願いましたのは、連歌会を近々催されると聞きましたからにございます」


「おぉ、耳が早いな。その通りだ。連歌会を近々催そうと考えておる。

 其方も加わりたいと思って参ったのか?」


 目通りに訪れたのが、大好きな連歌の話と知り、今川左馬助様の笑みは深まる。


「殿の催される連歌会は、至極愉しゅうございますれば、是非とも加わりたいところでございます。

 しかし、殿が尾張国に移られてから、随分経ちました。

 尾張の国人の中にも連歌に長けておる者がおりますれば、殿の連歌の才を見せ付け、今川那古野氏の威信を高めるとともに、尾張国人たちと交流を深めては如何でしょうか?」


 わしは、今川左馬助様に、尾張国に来て長いのだから、そろそろ他の尾張国人たちと交流を持ってはどうかと進言する。


「なるほど。確かに、わしは尾張国に来て長くなる。

 そろそろ、尾張の国人たちに連歌の才を見せ付けるべきかもしれんな。

 それに、尾張国人の中にも、連歌に長けた者がおるとは、是非とも交流を深めたい。

 宗左衛門は、連歌会に招けそうな国人を知っておるか?」


 連歌好きの今川左馬助様は、満面の笑みで、すぐに食い付いた。


「某が知っておる者では、この近辺では那古野の北に位置する志賀城の城主である平手五郎左衛門殿にございましょうか。

 尾張国でも有数の教養人にござりますれば、連歌な才も秀でておられると聞き及んでございます」


「那古野の北の志賀城主である平手殿か。

 平手殿が教養人であるとは、わしも聞き及んでおるぞ。

 しかし、当家と領地を接しておれば、仲が良くないのではないか?」


 平手五郎左衛門殿のことは、今川左馬助様も存じ上げていた様だ。

 しかし、領地を接しているから、不仲なのでは無いかと懸念される。


「その様なことはございませぬ。

 今川那古野氏は代々、足利将軍家の奉公衆なれば、平手殿も当家に刃向かったことなどございませぬ。

 平手五郎左衛門殿が教養深いのも、今川那古野氏と領地を接しており、教養の大切さを身を持って知っておられるからです。

 平手五郎左衛門殿を教養人にしたのは、今川那古野氏と言っても過言ではござりませぬ」


 今川左馬助様の不安を払拭するため、適当なことを言って取り繕う。


「左様か。平手殿を教養人にしたのは、今川那古野氏の力であるか。

 ならば、連歌会に招いても構わんな。

 しかし、平手殿は織田大和守家の奉行である織田弾正忠家の家老であると聞いておるが、招く伝手などあるのであろうか?」


「平手殿は新田氏流世良田氏の流れを汲む源氏の家柄なれば、現当主の五郎左衛門殿は人望があることから、那古野一帯の尾張源氏の取り纏めをしておりまする。

 某も尾頭次郎の子孫なれば、那古野一帯の源氏たちとも交流をしており、平手五郎左衛門殿とも付き合いがございます。

 殿が宜しければ、某から平手五郎左衛門殿に話を致しましょうか?」


「おぉ、宗左衛門は平手殿と付き合いがあるのか。

 ならば、平手殿を連歌会に誘ってくれ。仔細は其方に任せる」


 わしが、平手五郎左衛門殿と付き合いがあるので、話をしようかと言うと、今川左馬助様は、誘うように仰った。


「畏まりましてございます」


 こうして、平手五郎左衛門殿を今川左馬助様の連歌会に誘う様に指示をいただいたので、わしは左馬助様の元を辞去した。


 わしは屋敷に戻ると、平手五郎左衛門殿へ今川左馬助様の連歌会への誘いの書状を書いて送り、五郎左衛門殿を手引きすることに成功したのであった。

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