鬼頭宗左衛門と織田信秀の工作活動

 織田弾正忠殿から、今川那古野氏の家臣たちを寝返らせろと言う役目を与えられてから、わしは今の当家に不満を持つ家臣たちに少しずつ近付いていた。

 明らかに不満を持っている家臣たちは分かっているが、そう言う者に近付き寝返らせたとしても、軽はずみな行いをしかねない。

 それなりに不満を持ち、慎重な性格の者を選ばなければならなかった。

 今川左馬助様寄りの家臣たちに露見しない様に、何人かの慎重な家臣たちを寝返らせることが出来た。

 彼等も、尾張国や周辺国の情勢から、不安を感じており、今川左馬助様の下では、自身の知行地や俸禄が守りきれないのでは無いかと思っている。

 ましてや、尾張国で急に力を付けてきた織田弾正忠殿が柳之丸(那古野城)を狙っており、寝返れば知行地や俸禄を安堵してくれると言うのだ。

 今川那古野氏の中では、徐々に親織田弾正忠派が増え始めていた。



 織田弾正忠殿も頻繁に今川左馬助様の連歌会に通い、左馬助様の信頼を勝ち取っている。

 織田弾正忠殿を信頼する今川左馬助様は、弾正忠殿とより長い時を過ごせるようにと、弾正忠殿が逗留するための場を柳之丸内に用意するほどであった。

 織田弾正忠殿は、柳之丸に逗留し、今川左馬助様と交流を更に深める様になる。


 わしは度々、織田弾正忠殿に呼び出され、今川那古野氏の家臣たちの調略がどれ程進んでいるか報告をさせられていた。

 今川那古野氏の家臣たちの中で、不満を持ち慎重な性格の者の多くは、寝返らせることが叶っている。

 今川那古野氏の家臣たちの調略も次の段階に移るべき時であった。

 その報告を受けた織田弾正忠殿は「そろそろ動きを見せる頃合いか」と仰る。

 織田弾正忠殿は、まだ柳之丸を奪う時では無いが、弾正忠殿が動くので、それを上手く利用しろと仰ったのであった。



 織田弾正忠殿が仰った通り、弾正忠殿は柳之丸にて新たな動きを見せる。

 織田弾正忠殿は逗留のために与えられた場所に、本丸に向けて狭間の様な窓を開けたのだ。

 これには、わしも驚いてしまった。まさか、そんな大胆なことをするとは思わなかったのだ。

 案の定、今川那古野氏の中では、騒ぎになってしまう。

 特に、今川左馬助様が駿河国から連れてきた家臣たちは、大いに騒ぎ、左馬助様に進言する。


「織田弾正忠殿が逗留しておる場から本丸に向けて、狭間の様な窓を開けました。

 織田弾正忠殿の動きが怪しゅうございますぞ」


「織田弾正忠殿は風流な御仁なれば、夏の夜風を取り入れるべく、窓を開けたのであろう。

 織田弾正忠殿は信頼出来る御仁であり、わしと弾正忠殿は無二の友である。

 其方たちの心配には及ばぬぞ」


 今川左馬助様は、駿河国から連れてきた家臣たちの進言を退け、織田弾正忠殿を信頼していると言い、家中では狭間の件に触れることは無くなったのであった。



 今川左馬助様の言葉により、今川那古野氏の家臣たちは、狭間について話すことは少なくなる。

 しかし、今川那古野氏の家臣たちは、明らかにおかしいことには気付き始めていた。

 わしが寝返らせた家臣たちは、冷静にこの動きを受け止めている。

 しかし、わしが調略していない今川那古野氏の家臣たちは、何が起きているのか見極めようと必死の様だ。

 その中には、わしに辿り着いて、弾正忠殿への仲介を頼んでくる者もいた。

 わしは、更に今川那古野氏の家臣たちへの調略を進めていく。


 わしは、節目毎に織田弾正忠殿へ調略の成果を報告し、その都度、指示を受けるのであった。

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