鬼頭宗左衛門、推して参る!

持是院少納言

プロローグ~享禄4年(1531年)

プロローグ

「宗左衛門。宗左衛門よ、目覚めるのだ」


 誰だ、わしを呼ぶのは?屋敷で寝ているのに、起こすのは何者だ?

 わしは、起こされたことを不快に思いつつ、うっすらと目を開ける。

 目を開けると、一面に広がるのは白く何もない場所であった。

 頭がまだ寝惚けているのか、何が起こっているのか分からない。

 取り敢えず身を起こすと、目の前には白く輝き眩しい光の玉が浮かんでいた。


「目覚めたか、宗左衛門よ」


 後光を差し光り輝く玉が語りかけてくる。わしは驚き、飛び上がった。


「何者ぞ?妖か化生の類いか!?」


 わしは、光の玉に誰何する。


「妖でも化生の類いでもない。我は八幡神であるぞ」


「八幡様ですと!?」


 わしは、光の玉が八幡様と名乗ったことに驚く。確かに、光輝いており、神聖な雰囲気を感じさせられる。


「宗左衛門よ。ここは、其方の夢の中だ。我は其方に話があって呼び起こしたのだ。」


 八幡様が仰られるには、この白い場所は、わしの夢の中らしい。八幡様が、わしに話があるとは何であろうか?


「八幡様、某に話とは何でございましょうか?」


 わしは、八幡様にどの様な話なのか尋ねる。


「宗左衛門たち一族が、我を熱心に信仰してくれていることを嬉しく思っておる。そのため、其方たちが没落するかもしれぬのを哀しく思い、其方の夢に出てきたのだ」


 八幡様は、わしらが没落すると仰ったことに驚く。


「某たちが没落するのでございますか?何故にございましょう?」


 わしは、八幡様に思わず大声で問うてしまった。


「宗左衛門よ、落ち着くのだ。宗左衛門たち鬼頭氏は、今川那古野氏に仕えておろう?

 今川那古野氏は柳之丸(那古野城)を奪われる。

 このままでは、鬼頭氏は柳之丸を奪った者に仕えることとなり、古渡の地を召し上げられることとなるであろう」


 八幡様は、わしらが仕える今川那古野氏が城を奪われ、奪った者に仕えることになると仰る。また、鬼頭氏代々の屋敷がある古渡の地を召し上げられると言うのだ。

 わしは八幡様の御言葉に、大層驚くとともに、誰が柳之丸を奪うのか問うた。


「八幡様、何者が今川那古野氏から柳之丸を奪うのでしょうか?」


「今川那古野氏から柳之丸を奪うのは、勝幡城主である織田弾正忠である」


「織田弾正忠が・・・」


 八幡様は勝幡城主である織田弾正忠信秀が今川那古野氏の居城である柳之丸を奪うと仰った。わしは、思わず唖然としてしまい、言葉を失う。

 織田弾正忠は、尾張で飛ぶ鳥を落とす勢いで力を付けている国人領主である。尾張下四郡を治める守護代織田大和守家の分家であり、大和守家の清須三奉行の一人だ。

 しかし、織田弾正忠の力は主家である織田大和守家に匹敵するほどの力を持っておる。

 それは、先代の織田弾正忠である織田信定殿が勝幡に城を築き、津島を支配してからに始まった。

 尾張でも有数の湊町である津島を支配したことで、織田弾正忠家は津島の商人たちから多くの銭を得ることとなり、その銭を以て勢力を拡大させたのである。


「八幡様、織田弾正忠が柳之丸を奪うことを防ぐことは出来ませぬのか?」


 わしは、八幡様に織田弾正忠家から柳之丸を守る術を尋ねるが、返ってきた言葉は思ってもみない言葉であった。


「宗左衛門よ。織田弾正忠が柳之丸を奪うことは防げぬ。

 織田弾正忠家は尾張のどの国人たちよりも勢いがある。

 其方が織田弾正忠の野心を明らかにすることで、一度は防げるか、織田弾正忠家を苦戦させることは出来るやもしれぬ。

 しかし、何れ柳之丸は織田弾正忠の手に落ちるであろう。それが定めと言うものである」


 八幡様の話では、わしが何をしようと、何れは柳之丸は落ち、織田弾正忠家の物となるらしい。それが定めだとも仰った。


「柳之丸が落ちるのは定めと分かりましたが、我が所領である古渡が召し上げられるのも、定めにございましょうか?」


 わしは、八幡様に我が所領である古渡が召し上げられることも定めなのか問う。


「それは分からぬ。織田弾正忠にも理があるのやもしれぬ。

 しかし、我は信仰してくれる其方たちを没落させたくないために、其方の夢に現れた」


 八幡様は、古渡が召し上げられるのか分からないが、それには織田弾正忠の理があるのかもしれないと仰る。そして、八幡様は再び、我ら鬼頭氏を没落させたくないために、夢に現れたと仰った。


「我が鬼頭氏が没落しないためには、どうすればよろしいのでしょうか?」


 今川那古野氏が城を奪われるのは仕方ないとして、我ら鬼頭氏が没落しないためには、どうすれば良いのか?

 わしは、八幡様に没落しないためには、どうすれば良いのか問う。


「其方たち鬼頭氏が没落しないためには、今川那古野氏を見限るのだ。

 飛ぶ鳥を落とす勢いの織田弾正忠に寝返れ。

 そして、今川那古野氏を売り、織田弾正忠が柳之丸を手に入れる手助けをすれば良い。

 そうすれば、其方たち鬼頭氏は織田弾正忠家で取り立てられるであろう」


 八幡様は、わしに主家である今川那古野氏を裏切れと仰った。その言葉に唖然とし、言葉が出なくなる。

 確かに、織田弾正忠家は飛ぶ鳥を落とす勢いであり、今川那古野氏を裏切って寝返れば、古渡の地は安堵されるかもしれぬ。

 ましてや、柳之丸を奪う手助けをすれば、尚更の言葉がであろう。

 しかし、主家である今川那古野氏を裏切るのは・・・。

 乱世の習いとは言え、当家の評判にも関わる・・・。


「宗左衛門よ、迷うておるのか?

 しかし、今の今川那古野氏は誠に其方たちの主家であるのか?

 其方たちの仕えていた今川那古野氏は、駿河守護である今川氏から養子を押し付けられたことで、駿河今川氏に乗っ取られてしまったではないか」


 確かに、我ら鬼頭氏が代々仕えていた今川那古野氏は、前尾張国守護である斯波義達様が遠江にて今川氏親に敗れ、その後に今川氏親が尾張に攻めてきた際に、今川氏親の一族の者を養子に迎えたことで、駿河今川家に乗っ取られていた。

 本来の今川那古野氏の嫡流は、その家臣として扱われている。


「宗左衛門よ。鬼頭氏を守り、更に身代を大きくしようと思うならば、織田弾正忠に仕えるのだ。そうすれば、鬼頭氏を栄えさせることが出来るやもしれぬ」


 八幡様がそう仰ると、わしは意識を手放すこととなった。



 わしが次に目を覚ますと、そこは見慣れた屋敷の居室であった。昨夜、わしは夢の中で八幡様にお会いした記憶は残っている。

 八幡様は、わしが主家である今川那古野氏を裏切り、織田弾正忠家に仕えることで、鬼頭氏の身代を大きくさせることが出来るかもしれぬと仰っていたが、この様な話を誰に相談すれば良いのやら。

 我が領内にある尾頭村の闇之森八幡社か牛立村の八幡社の祭祀を担う熱田社の者にでも相談すれば良いのだろうか?

 闇之森八幡社よ祭祀を担っている権宮司家の名兒耶家とは長く通婚関係を結んでおり、昵懇の仲ではあるが・・・。

 いや、八幡様に裏切りを促されたなどと言う話をする訳にはいかない。

 八幡様の仰る様に、尾張で飛ぶ鳥を落とす勢いで力を付けている織田弾正忠に寝返るのが良いのかもしれぬな。

 那古野一帯の源氏の纏め役の平手五郎左衛門政秀殿に相談するとするか。

 平手五郎左衛門殿は織田弾正忠に家老として仕えておるからな。

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