享禄5年・天文元年(1532年)

織田信秀による柳之丸奪取

享禄5年(1532年)


 新年を迎え、柳之丸(那古野城)に登城して今川左馬助様へ新年の挨拶をする。

 新年の柳之丸は妙な雰囲気も無く、例年通りであった。

 織田弾正忠殿の柳之丸奪取については露見していないということだろう。

 寝返った家臣たちの殆ども、織田弾正忠殿が本年に柳之丸を奪おうとしていることを、まだ知らない。

 わしは、織田弾正忠殿の企みが露見していないことに安心すると、屋敷へと戻り、準備を進めるのであった。



享禄5年(1535年)2月11日


 今川左馬助様は、織田弾正忠殿を連歌会に招き、柳之丸へ迎え入れる。

 わしを含め織田弾正忠殿に御味方する今川那古野氏の家臣たちは、事前に弾正忠殿から事を起こすことを伝えられていた。

 我々は織田弾正忠殿の動きを待つのみだ。


 織田弾正忠殿は、今川左馬助様たちと連歌会をされた後、柳之丸の中を移動されているところ、急に倒れられた。

 織田弾正忠殿の様子を見た今川那古野氏の家臣に話を聞いたところ、弾正忠は大層具合が悪く見受けられたそうだ。

 織田弾正忠殿はかなり巧みに重態の振りをされているな。

 織田弾正忠殿は、心配して見舞いに現れた今川左馬助様に対して「家臣に遺言をしたい」と頼んだそうだ。

 余程、織田弾正忠殿の重態の振りが巧みなのか、今川左馬助様は同情された御様子で、弾正忠殿の家臣を柳之丸へ入れることを許される。

 こうして、織田弾正忠殿の家臣たちは柳之丸内に入ることが出来たのであった。


 その夜、わしは織田弾正忠殿に寝返った今川那古野氏の同僚たちとともに、弾正忠殿の家臣の一部と合流する。

 織田弾正忠殿は、柳之丸に火を放ち、城内を混乱させよと申されていたが、今川那古野氏の多くの家臣が、弾正忠殿に寝返っているため、城を修復することを考えると火を放つのは得策ではないと弾正忠殿に進言していた。その進言は織田弾正忠殿に受け入れられている。

 城門を守る兵たちを率いる家臣たちも寝返っており、わしは城門を開けさせ、城の外で待っていた織田丹波守殿が率いる軍勢を那古野城へと招き入れた。

 難なく柳之丸内へと入った織田弾正忠殿の軍勢は、速やかに城を制圧していく。

 織田弾正忠殿に寝返った同僚たちが、調略していない家臣たちがいる場所へと案内する

 こうして、織田弾正忠殿は柳之丸を乗っ取ったのであった。



 今川左馬助様は、織田弾正忠殿の前へと引き立てられる。

 今川左馬助様は余りに無体な出来事に、憔悴されていた。


「織田弾正忠殿、何故この様な無体ことをなされたのだ?

 わしと貴殿は友ではないか。友を裏切つまたのか?」


「今川左馬助殿、世は乱世なれば、平穏で豊かな那古野荘を有していても、上手く扱えぬ貴殿には勿体ない。

 そもそも、柳之丸をほぼ無傷で手に入れられたのは、今川那古野氏の家臣たちが、わしに寝返っていたからよ。

 己が家臣たちを掌握出来ず、従えることも出来ておらぬではないか」


 今川左馬助様は、何も言い返すことが出来ないのか、俯いてしまう。

 こうして、今川左馬助様は妻と、なお従う家臣ともに、京の斯波一族を頼って追放されたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る