第二十四話 油がないと揚げ物はできない

 朝はスープを温めて食べ、いつも通りに畑や乾燥途中の薬草の世話をする。


 お昼までは、昨日捌いた鳥肉の様子を見て、鳥ガラのスープをとる。鍋で一回沸騰させたら一回お湯を捨てる。その後、乾燥させる前のカジムとガジュ酒を合わせて水から煮込む。沸騰したら火から降ろして置いておく。冷えてきたらまた竃に戻して火にかける。それを繰り返して、じっくりやるのが美味しくなるコツだそうだ。


 合間に、昨日使った石のまな板をお湯と水で綺麗にした。屋外なので、どのみち使う前にまた洗うのだけど、使用後に洗っておかないのは落ち着かない。血とか脂とかがそのままなのはあまり良くないだろうし。


 それから、昨日毟った羽毛を選別したりもした。大きいものと小さいものに分けていく。小さな石とか砂なんかが混ざってたりするので、それを取り除いたりもする。こうやって選別した後に、洗って、乾かして、それでようやく使えるようになるのだそうだ。自分のところですぐに必要ない場合は、誰かにあげることもあるし、集落全体で使うものにすることもある。


 それから井戸水でガジュ酒とエールを冷やしておく。


 オーエンさんとミノリさんが来たのは、お昼近くだった。

 ミノリさんは歩かせてもらえないのではないかと勝手なイメージで勝手に想像したりしてたけど、小さな木靴を履いてちょこちょこと普通に歩いてくる姿を見て、少し安心した。オーエンさんもそこまで過保護ではなかったみたいだ。


 まず炊事場に向かって、オーエンさんが持っていた大きな布の包みを開く。鍋ごと布で包んで持ってきていた。

 中から出てきた鍋の蓋を開けると、大きな鍋の中に脂身がたっぷりと入っていた。全体的に白くて脂っぽくツヤツヤしている。脂身だから当然だけど。ほんのりピンク色にも見えて、生々しい肉っぽさがある。生肉だからこれも当然だけど。

 そして量が多い。五百グラムの鶏モモ肉のパックを思い出して比較したけど、その三、四倍くらいはあるんじゃないだろうか。


「この脂身で、どのくらいの油が取れるんですか?」

「お父さん、これどこの脂?」


 俺とマコトがいっぺんに質問してしまった。オーエンさんは手が空いたら早速ミノリさんを抱き寄せようとして止められていた。


「内臓の周りの肉だ。油は……その鍋に半分くらいは溜まるだろう」


 オーエンさんの端的な答えに、マコトがまた鍋を覗き込む。


「そうだね、料理用ならそのくらいかな。シンイチ、足りそう?」

「それだけあればじゅうぶん」


 では早速と逸る気持ちはあるが、まずは昼食だ。

 朝から燃やし続けている火で、昨日たっぷりと作っていたスープを温め、家まで運ぶ。

 ところで、この家には椅子が三脚しかない。テーブルの脇にいつも置いてある背もたれ付きの二脚と、ベッド脇に置いてあるスツールのような椅子が一脚。

 俺は立ったままでも良いかと思いながらベッド脇から椅子を運んで来たのだけど、戻ってきた時にはすでに、オーエンさんが嬉しそうにミノリさんを膝の上に座らせていた。ミノリさんの耳元で「仕方ないよね」と囁いている。マコトが表情を消してもう一脚の椅子に座りながら、椅子を用意しなくちゃ、と呟いた。俺は何も言えず、自分が運んだ椅子にそのまま座った。


 パンをスープに浸していたら、スプーンに燻製肉を乗せたマコトが少し申し訳なさそうな顔で俺を見た。


「先に、薬に使う油を少し取っておきたいんだよね。それでも大丈夫?」


 薬に使う油を取るには、まず脂身を水で煮る。それで出てきた油は一度冷ましてまた温めて、それを何日も繰り返して綺麗な油を作る。だから今日は、脂身を水で煮ることだけしておきたいと言われた。

 料理用の油については、水で煮た後の脂身を鍋で火にかけて、それでじゅうぶん取れるそうだ。

 もともと、俺は教えてもらう立場なので、否やはない。


「大丈夫……っていうか、俺は初めてだからよくわかってないし、全部お任せで。よろしくお願いします」

「うん、大丈夫。全部教えるから」


 スープを食べ終えて、食器を持ってみんなで炊事場に移動する。


 食べている間に竃の火が小さくなっていたので、薪を放り込む。

 井戸で水を汲み上げてお湯を沸かし始めた。


 井戸の前でミノリさんが腕まくりをする。


「食器洗うくらいはやるよ」

「俺がやるからミノリは」

「このくらいはやらせて。唐揚げご馳走になるんだから」


 食器洗いはミノリさんとオーエンさんに任せることにした。


 お湯が沸いたら、それで石のまな板を洗う。布で拭きあげてから、脂身をその上に出した。


「まずはこれを細かく切る。細かくって言っても、だいたいで良いんだけど。いつもは、このくらいかな。これをやっておかないと、なかなか油が出ないんだよね」


 説明しながら、マコトがナイフを動かす。だいぶざっくりと切っているように見えた。親指の第一関節までくらいの大きさだ。

 試しにこのくらいかと切ってみたけど、それよりも大きな塊になってしまった。


「そのくらいでも大丈夫だよ、ある程度切れていれば良いから」


 あとは、黙々と大きな塊を小さくしていった。脂がナイフに付くので、切るのは大変だった。

 お湯につけて布で拭きながらと教えてもらって、少し切ってはナイフの刃をお湯につけて布で拭ってとやっていたが、すぐにナイフの刃先に脂の層ができて、なかなか進まない。

 手にも脂が付くので滑るし、思ったようにできない苛々ばかりが募る。


「焦らなくても大丈夫だよ、ちゃんと進んでるから」


 マコトに慰められながら、とにかく脂身を刻んでいった。刻んだ脂身は鍋に入れていく。


 脂身を全部刻み終わって手を洗う。きちんと脂を落として綺麗な布で手を拭いてから、鍋に水を入れて竃にかけた。

 竃の火は、食器洗いが終わったオーエンさんが面倒を見てくれていた。


 お湯が沸騰してもしばらくはそのまま煮込み続けるとのことで、その間に脂まみれになった石のまな板をまた綺麗にする。綺麗にするのは、やっておくに越したことはない。脂まみれになったナイフも洗った。

 それが終わると、マコトに火の番を任された。もうしばらく煮出す必要があるのだそうだ。


 俺が火の番をしている間、マコトは昼前に選り分けた羽毛を洗っていた。

 暇になったらしいミノリさんは、オーエンさんと一緒に、ジグナを採ってくると言って出かけていった。


 マコトが袋に入れた羽毛を踏み洗いして、踏んで脱水して、それを袋のまま干しに行った。炊事場は煙が出るので、洗濯物を干すのは家の反対側だ。

 戻ってきてから俺の隣に立って鍋の中を見て、そろそろ良さそうと頷いた。


 今度は別の鍋に布をかけて、鍋の中身をす。布の上に残った脂身は、火が通って少し縮んでいた。布を持ち上げると、鍋の中に油が浮いたお湯が残る。油が分厚い層になっている。

 空になった鍋に、布の中に残った脂身を入れて火にかけると、ジュワジュワと水分が蒸発して油が溶け出す音がする。油が出てくると、残った水分がばちばちと跳ねて危ない。

 油が溶け出すごとに脂身が茶色く色付いて小さくなっていき、油と肉が焼ける香ばしいにおいがしてくる。揚げ物屋のような、だいぶ食欲を刺激されるにおいだ。

 気付けば、水分はすっかり飛んだみたいだ。


 そのまましばらく火にかけて、脂身がすっかりぎゅっと縮まって、こんがりと色付いてきた頃に鍋を火から降ろす。

 別の鍋に布をかけて、また鍋の中身を漉す。

 布に残った脂身は香ばしいにおいで、カリカリと茶色くなっていて、これはこれで美味しそうだ。


 こうやってようやくできた油は鍋の半分より少し少ないくらい。唐揚げにはじゅうぶんな量だ。

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