第八話 今まで説明回とかだるいって思ってたことを反省した

 説明回ってものがある。

 主人公が地の文で異世界のことをつらつら説明していることもあるし、誰かが主人公に丁寧に説明するセリフが続いてることもある。正直に言うと、説明回は割と苦手だった。

 地の文だろうとキャラクターのセリフだろうと、単に設定が書かれているだけという感じがして、ストーリーは進まないし、テンポ悪く感じることもあって読み飛ばすことが多かった。

 もちろん、説明くささをあまり感じることなく面白く読めることもあったし、自分の疲れ具合によっては同じ文章でも読めたり読めなかったりなんかもした。今から思うと俺が世界設定にあんまり興味がないってだけだった気もする。


 あれから、俺を助けてくれた彼女……マコトは、俺にいろいろ質問したし、俺も彼女に質問をした。

 その話を脳内でまとめながら、俺は説明回ダルいとか思って読み飛ばしていたこれまでの自分の態度を猛省した。説明は必要だ。


 マコトの母親は「ニホン」出身らしい。マコトの話を聞く限り、それは俺が暮らしていた日本にだいぶ近いようには思うが、伝聞なので確証は持てない。

 そのニホンが、今俺がいるこの場所と地続きのところにあるのかはわからない。マコトに聞いてみたが「すごく遠くてもう帰れないとしか聞いていない」とのことだった。

 もしかしたら地球のどこかに、こんな感じで暮らす人たちがいるという可能性も捨てきれない。本当に異世界かもしれない。

 これについては、これ以上の情報がないと結論は出ないだろう。判断を保留にした。


 今いるこの小屋は、マコトが一人で暮らしている小屋だという。

 この小屋に辿り着く前の分かれ道で、もう一つの方を進んだら集落があるのだそうだ。マコトの父親と母親の家はそこにあるらしい。


 マコトは十二の時から薬草師としての修行をし、成人を迎えた十六の年に先代の薬草師から薬草畑を任され、そこから四年の間ここで一人で暮らしているのだとちょっと自慢げに言っていた。先代の薬草師は、今は旅をして集落や森を渡り歩いている。

 薬草師には、マコトのように集落の側に暮らす者と、マコトの先代のように旅をする者とがいるそうだ。話を聞くと、旅の薬草師が定住している薬草師を繋いで、それがゆるくコミュニティとして機能しているようだった。

 旅をするか定住するかはそこまで厳密なものでもなく、集落の薬草師が死ぬなどでいなくなることがあれば、訪れた旅の薬草師が旅をやめて定住することもあるし、定住していたものが次の薬草師を育てた後に旅に出ることもある。マコトの先代のように。

 マコトの口振りから、彼女自身もいつかは誰かにこの薬草畑を任せて旅に出るかもしれないと思っているようだった。


 マコトの話から、彼女の年齢が二十歳というのはわかった。母親似だと聞いて非常に納得した。最初の印象の就活生というのは、さほど外していなかったようだ。

 マコトは自分たちやその集落のことを「森の民」と呼んでいる。森の民の間では、すらっと背が高く、丈夫でしなやかな手足を持っていることが大事で、男女ともにそういう人が好まれるらしい。


「ていうか、背が低いとまるで子供扱いなんだもん」


 子供扱いに文句を言いながら、マコトはまるで子供みたいな拗ね方をする。

 彼女の母親はかなり小柄らしく、マコトは自分の背が伸びないのは母親に似たからだと言う。日本人としては普通くらいだと言ったものの、森の民はみんな背が高いと言って、納得してくれなかった。


 顔立ちは好みもあるが、くっきりとした顔立ちの方が好まれやすいそうだ。


「わたしのお父さんは、だから特殊なんだと思う、好みが」


 丸顔にくりっとした丸い目のふんわり日本人らしい顔立ちの彼女が、ちょっと口を尖らせて言った。

 彼女が母親のことを話すときはなんとなく嬉しそうなのだけど、父親のことを話すときは少し不機嫌そうだ。男親と娘の間には、俺みたいな独身男性にはわからないものが、いろいろとあるのかもしれない。

 耳の形だけ父親に似たんだよねと彼女は言う。


 そんな話の流れで、彼女は不意に俺の顔をまじまじと眺める。歳を聞かれて二十八だと答えると、思ったより驚かれた。


「そっか。わたしもよく言われるし、子供扱いされることもあるけど、確かに年齢がよくわかんないね。年上だろうなとは思ってたけど。なるほどね」


 普段見てる顔立ちと違うから、どうにも年齢不詳に見えていたらしい。

 ここが異世界なら、俺の一年と彼女の一年が同じとは限らないということにも気付いたが、これについても今は答えを出せないし、保留にしておくことにした。


 黒い髪と黒い瞳も、森の民の中ではかなり珍しいらしい。

 髪色は茶色か赤、あるいは金髪。瞳も大体は青や緑。


「森の外だといなくはないらしいんだけどね。わたしは森から出たことないし、この集落だとお母さんと自分以外にはいない。お父さんは金髪に青い目だし」


 そんな珍しい黒髪の俺が突然いたものだから、母親の関係者が母親に会いにやってきたのだと思ったのだそうだ。

 誤解を解くために、日本という国では黒髪と黒い瞳の人がほとんどだったという話をしたが、彼女は眉を寄せて、じゃあなんでこんなところにいたのか、荷物も持たずに何をしていたのか、と聞かれて俺は答えに詰まる。

 正直に、自分でもわからないし買い物して家に帰る途中で気付いたら森の中にいたと話したが、話しながら自分でも「こいつ何言ってんだ」と思ってしまう内容だったし、当然マコトはあまり納得できていないようだった。俺だってこんなこと突然言われても納得しない。


「まあ、直接会ってもらえば良いか」


 そう言って、彼女はこの話をひとまず保留にしたようだった。






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 森の民は、森に暮らす人々だ。

 我々が暮らしているこの国の北西には広大で豊かな森が広がっていて、彼らはその森の中に暮らしている。

 我々に比べると、手足がすらっと長く、耳の先が少し尖っている。

 茶色の髪が多く、金髪や赤髪といった色合いも見られる。瞳の色は青や緑の系統だ。


 彼らは滅多に森から出てこないため、森の外で彼らを見つけるのは難しいだろう。

 我々との交流がない訳でない。この国でも、森の民が作ったという木の細工物や薬など、入手することができるだろう。

 それらのものは、森の民と長く付き合いのある商人が、森の中まで行って森の民と交渉して手に入れてくる。


 森の民は警戒心は強いが、決して好戦的ではない。どちらかと言えば穏やかで親切な人たちだ。

 ただし、森を荒らす者に対しては容赦がない。

 その苛烈さについては、いくつかの古い民話からも知ることができるだろう。もっとも、森の民が登場する民話は子供達が森で危険な目に合わないよう、いささか誇張して語られている傾向があるので、いくらか差し引いて考える必要はあるが。


 ——『コリン博物記』森の民についての記述より一部抜粋

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