第一話 異世界転移とかもう流行らないと思うんだけど
気付いたら森の中に立っていた。意味がわからない。
都会暮らしで久しく感じてなかった、土と植物と水分と、何か生き物的な、有機的なにおい。
根っからの都会っ子な自分には、あまり気分の良いにおいではない。土のにおいは虫を想像させるし、植物も手や顔が傷つきそうだと考えてしまう。何かが腐ったようなにおいも混ざってる。
においがなければ、なかなか綺麗な光景なのかもしれない。
程よい間隔で茂った木々は、穏やかな木漏れ日を地面に投げかけている。雨が降ったばかりなのか葉っぱが濡れていて、時折雫が落ちて、それが木漏れ日を受けてきらきらと輝く。
地面には、ふくらはぎほどの高さの草や、もう少し背の低い草、日が当たりにくい箇所は苔で覆われていて、水滴が木漏れ日を反射している。
見た目だけなら気持ち良さそうにも見えるけど、草は結構チクチクと
木々の合間を縫うような感じで、草がない茶色の地面が細く続いていて、何かの通り道のようだった。獣道という言葉を思い出して、肉食の獣じゃないと良いな、なんてことを思ってから、ぞっとした。今この状況だと洒落にならない気がする。
自分の体を見下ろすと、ゆるっとしたパーカーと、これまたゆるっとしたスウェットだった。サンダルも履いてる。
近所のコンビニやスーパーに買い物に行くときの、だいたいいつも通りの休日の格好だ。
その場で軽く足踏みすると、草や地面の沈む感じ、湿った地面のにちゃっとする感触があった。素足の
サンダルがあって良かったと心底思う。こんなところを
周囲を見回しても傘とビニール袋はなかったけど、パーカーのポケットに財布とスマホが入ったままだった。普段から持ち歩いていたものがそこにあるだけで、ちょっとほっとする。
スマホの画面を見ると、お昼近く、スーパーで買い物を終えて五分後くらいだろうか。
木漏れ日とその向こうの太陽の位置はお昼くらいに見えて、そこに違和感はない。
口を開けて大きく息を吸おうと思ったけど、羽虫みたいな小さな虫が近くに見えて、慌てて口を閉じる。
閉じてから、薄く口を開いて息を吐いたら、まるで溜息みたいになってしまった。
まったくもって意味がわからない。
唐揚げを作るために鶏モモ肉を買いに行った。五百グラムのパックを買った。
一回では食べきれない量だけど、今日は唐揚げ三昧の予定だった。休みの日に食べ切れないほどの唐揚げを山盛り作ってダラダラ食べる行為が好きだ。
そして、その帰り道に俺は死んだ。多分。
雨が降っていて傘を持って出た。そのせいで視界が悪かったし、唐揚げに浮かれていた俺は不注意も甚だしく、きっと交通事故に遭ってしまったんだろう。俺の記憶を辿る限りは。
意味がわからないと思いつつ、俺は途中の思考をすっ飛ばして結論を出してしまった。
自分相手にもったいぶっても仕方ない、これは、よくある異世界ものだ。異世界転生的な、いや、この場合は異世界転移?
ともかく、俺は死んだ。日本の、東京の、街中で。スーパーで鶏モモ肉とキャベツの千切りパックを買った帰り道に。
そして、今は見覚えのない場所にいる。どう見ても森の中だ。
なら、これは異世界転移だ。そういうことにしておく。こんなところで自分相手にここはどこだなんてボケをかます意味がない。
これ以上考えていても仕方ないことは、これ以上ないくらいはっきりしている。俺一人で正解に辿り着けるとも思えない。
腹も減ってるし、とにかく動き出さないといけない。
森の中で果物や木の実なんかがあったとしても、口にする気にはなれない。美味いかもわからなければ、安全かもわからない、そんなものを食べる気にはなれない。
この森にそういう生き物がいるかはわからないが、人を襲うような生き物がいた場合、こんなのんきな格好では何もできないだろう。
まずは人だ。できれば言葉が通じると良い。あと、文化的な生活が営まれていると助かる。食べ物屋なんかがあると良いけど、俺が持っているもので食べ物と交換できるものがあるだろうか。この世界がどういう世界なのかわからないと対策もたてられない。
いきなり捕まったり、殺されたりする可能性もあるが、この森の中で俺一人で生きるのは無理だ。
だったらまだ、人を探す方が生存の可能性が高いと思いたい。
草が生えてない地面に近づいて、様子を見る。
地面は水分をたっぷり含んでいる。動物の足跡は見当たらなかった。単に、俺が動物の足跡を知らないから気付けていないだけかもしれない。
行ったり来たりしながら地面を見ていたら、地面のいくつかのへこみが、人の足跡のように見えてきた。
二つセットのへこみで、足の前半分と踵のように見えてきた。俺の靴と同じか少し小さいくらい。そのセットがいくつか並んでいて、気付いたらもう足跡にしか見えなくなってきた。近くの草を巻き込みながら、土の上に並んでいる。それは、歩いた跡のように見えた。
これを辿っていけば、誰かに会えるかもしれない。
慎重に足跡を観察し、その足跡の爪先が向かっている方に、俺も歩き出す。
どうか命の危険のない出会いになりますように。
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