第二十一話 唐揚げ作りへのプロローグ

 そこから数日後、マーグンを狩りに行くためにマコトは朝早くに家を出た。集落の近くでオーエンさんと他の人と落ち合って、狩りに行くのだそうだ。

 ここでの生活にだいぶ慣れてはきたけれど、流石に狩りはできないままだ。この先できるようになる気もしない。


 マコトを見送った後、畑の世話をして、乾燥させている途中の薬草の様子を見る。

 ほうきで床の埃を吐き出してから、石臼とカカポ豆を持ち出す。


 カカポ豆を石臼で挽くのは疲れるので、毎日少しずつやっていた。

 そうやって作り溜めたカカポ豆の粉だけど、唐揚げを作り始める前に、もうちょっと量を用意しておきたい。

 石臼の上の穴からカカポ豆を一粒入れて、ゆっくりと石臼を一回しする。ざりざりごりごりとした音と共に、豆が磨り潰される振動が手に伝わってくる。石臼の下の隙間から粉になったカカポ豆がぱらぱらと落ちて溜まっていく。

 そうやって二掴みくらいの豆を挽き終えて、俺は両腕をぶらぶらとさせてから、大きく伸びをした。

 カカポ豆の粉を丁寧に集めて壺に入れ、しっかり蓋をする。


 唐揚げに使う予定の香草を確認して、少しずつ取り分ける。

 最初に、サシャという固い葉っぱ。この葉っぱは、鼻に抜けるスッとしたにおいがする。固い葉っぱだ。手で細かく千切って擂り鉢に入れ、擂り粉木で細かくしていく。糸のような繊維が残るので、それは指で取り除く。

 次はアガレナ。乾燥させる前は、丸くてぷっくりとした葉っぱだ。これは、少し酸っぱいにおいがする。噛むと苦味と少しのえぐみもあるが、その後に爽やかな酸味が口に広がる。

 シダのように細かな葉っぱが広がったカジム。これは、乾燥させるとにおいはほとんどなくなるが、噛むとじんわりとした甘みがある。鳥の下ごしらえに使うと鳥が美味しくなるとマコトが言っていた。

 それらを擂り粉木でごりごり混ぜ合わせる。


 何をするにも、腕が疲れる。俺は一度動きを止めて、肩甲骨をぎゅっと寄せてから、腕の力を抜く。

 混ぜ合わせてできた唐揚げ用特製香辛料ミックスを少し深みのある蓋付きの皿に入れる。居酒屋とかに置いてある薬味入れみたいな皿だ。


 擂り鉢と擂り粉木を布で乾拭きして、それから乾燥で茶色くなった欠片を手にする。

 これはハシグナという。薬の材料の中から見付け出して、マコトにもらったものだ。

 乾燥前は白い球根のような見た目で、ニンニクによく似ていた。そして、わずかにツンとするにおい。摩り下ろして舌に乗せると、生の玉ねぎのようなぴりぴりする辛味が舌に残る。

 マコトに聞くと、微量の毒を含んでいて量を取りすぎると体を壊すことがあるのと、その割に採取と乾燥が大変なので、料理にはあまり使われないのだという。

 唐揚げに使いたいと言ったら、少し考えた後、渡した量以上を使わないことと必ず火を通すことを条件に許された。

 そうやってもらった親指の先ほどの欠片を擂り鉢に入れて擂り粉木で潰し、細かくしていく。

 においも辛味もニンニクや生姜には及ばないかもしれないが、実験の時に感じた物足りなさはこれで解決できるかもしれないと期待している。

 ある程度摩り下ろした乾燥ハシグナは、さっきのとは別の蓋付きの皿に入れた。


 磨り潰す系の仕事が一段落したので、水を飲んで一休みする。

 腕はぐったり疲れたが、俺は出来上がりの味を想像して、にやにやとしてしまう。


 唐揚げ用のセマルはマコトがそのまま持ってくるが、マーグンは集落で捌いてその後取り分けがあるので、今日中に持ってくるのは難しいとのことだ。

 取り分けてもらった脂身は、明日オーエンさんがミノリさんと一緒に持ってくる話になっている。

 なので、セマルは今日中に捌いて下処理をし、それを実際に唐揚げにするのは明日の予定だ。


 唐揚げ作りの手順を頭に思い浮かべながら、俺は立ち上がって肩を回す。

 いつもより薪を使うと思うので、今のうちに薪割りをしておくつもりだった。


 薪割りもだいぶ慣れた。

 最初になたを持った時は、あまりに危なっかしい手付きだったのだろう、一度マコトに止められた。

 薪割りをするのも、なんなら鉈を持つのも初めてだったので仕方ない。マコトにはしばらく子供扱いされていたけど、それも仕方ない。

 そこから考えたら、一人で薪割りを許されるようになったので、だいぶ成長したと思う。

 鉈の扱いだってだいぶ慣れた、と思う。ただまあ、指や足先を切り落としそうで怖いという気持ちはなくなっていない。鉈を持つのは、まだ割と緊張する。


 火を大きくするのはまだ下手なので、どうしても火が着きやすい細い薪がたくさん必要になる。

 明日の唐揚げの分とは別に、今日の夕食の分。後は明日の朝の分も用意しておくと良さそうだ。

 薪を細く割って、ざっくりと太さごとにまとめて、自分がいつも使う量を思い出して、まだ足りなさそうだと考える。

 タオルとして使っている柔らかな布で汗を拭って、一度鉈を置いた。日がだいぶ高くなっていて、腹も減っている。


 家にいることがわかっている場合、夕食のスープはいつも翌日の昼くらいまでを考えて作る。昨日は、朝までの分しか作らなかったし、それで実際、朝に全部食べ切った。

 今日はマコトが狩りに行く予定だった。そうなると昼間は家に俺一人で、自分一人のために火を熾してスープを温め直すのは億劫だった。

 マコトは干し肉とナッツを携帯食として持っていった。狩りの合間に食べるのもそうだし、マコトが一人で暮らしていた時も、家でも昼はそんな感じで済ませることが多かったと言っていた。

 確かに、毎食毎食薪を使って火を起こすのは大変だし、薪だって勿体無い。俺が来てからは、俺が火を熾したり料理したりに慣れるのを優先していたみたいだった。


 薪割りの合間に座り込んで、干し肉を噛みながら水を飲む。干し肉は塩気が強いが、疲れているとそれも美味しく感じられる。

 ナッツはクナンと呼ばれているもので、硬い殻のまま保存すると長持ちする。集落の周囲にたくさんある木なのだそうだ。噛むと少し疲れが取れると言われている。

 今食べているのは、昨日のうちに狩りの準備にと割って中身を乾煎からいりしたものだ。少し塩もまぶしてある。

 殻を割るときは、石の上に殻を置いて、別の石や鉈の柄、ハンマーなどの硬いもので叩く。殻を割る道具もあるらしいが、マコトは「別に今これで割れてるし、困ってないし、持ってない」と言っていた。なので俺は原始的に殻を叩いてクナンを割ったし、その間に何度か自分の指を叩くハメにもなった。

 パリッと香ばしいにおいとカリカリとした歯ごたえが美味しい。美味しくないと、俺の指が報われない。


 ぼんやりと空を見上げる。こういう時にやることは何もない。

 何をやるにも疲れるし、休憩を取らないと体が持たないので、合間合間に休憩はする。その休憩は、大抵水を飲んで、場合によってはクナンのようなちょっとしたものを齧ったりして、それで後は座って体を休める。マコトがいる時は、マコトが森の民のことを教えてくれたり、逆に俺が日本のことを話したり、そんなお喋りもある。

 一人だとそれもないので、本当にただ座っているだけだ。座って、それでもただただ疲れていたから、何もやることがないなんて思うこともなかった。こんなことを考えられるようになったのは、少し余裕が出てきたからなのかもしれない。

 両手を上げて、大きく背中を伸ばす。普通に暮らしているだけだけど、日本にいた頃に比べて少し筋肉が付いてきた気がしている。

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