第二十話 唐揚げのための試行錯誤の記録

 火がおこせるようになるのにも、時間がかかった。

 布を細かく裂いて、その上で火打ち石と火打がねを打ち合わせ、出て来た火花を布に落とす。火花で布に火が付いたらそっと息を吹きかけ、火を大きくする。火が消える前に、薄く切った木を押し付けて移す。木の先には、何かが塗られているらしい。要するにマッチみたいなものだ。

 その火をかまどの中に集めた枯れ草や木の皮に移し、次は竃に細く切った薪を入れて火を大きくする。最初に入れる薪は本当に細い。指の太さくらいだ。火が安定してくれば、薪は太くても大丈夫になる。

 薪の表面には刃を入れてささくれのようにしておくと、火が移りやすい。


 初めての時は、火打ち石を打ち合わせて出てきた火花を布に落とすのがもうできなかった。

 マコトが何度も手本を見せてくれるが、思ったように火花が飛ばない。むしろなんでそんなにさっと火を付けられるのかがわからなかった。

 初日は結局、マコトに全部やってもらうことになった。


 何日かやって、ようやく一人で火を付けることができるようになる。一人で火を安定させられるまでには、もう何日かかかってしまった。


「お母さんはまだ一人で火が熾せないんだから、シンイチはすごいよ」


 マコトには、あまり慰めになってない慰めをもらった。

 それでも、火が熾せるようになったことは大きい。

 唐揚げを作るために、こちらの料理に慣れておきたかったこともあって、料理はできるだけ俺が作るようにした。

 空いた時間は、食材を知ることに使った。


 鳥をさばく練習もした。

 流石にいきなり鳥を捌くことはできず、最初はマコトに見せてもらって、その次はマコトに手伝ってもらいながらやってみた。

 切れ目を入れて関節を外して、肉を切り骨を引っ張る。皮も肉も弾力があるし、油で手が滑るし、一羽捌き終わる頃には汗だくになっていた。

 俺が初めて捌いた鳥は、肉が変な形に削がれていたり、一部潰れてぐちゃぐちゃになっていたりはあるものの、なんとか鳥肉としての体裁は整っていたと思う。だいぶマコトに手伝ってもらいはしたけど。

 これも、何回かやっているうちにだいぶ慣れてきた。


 肉以外の食材も、香草も、色々と使ってみる。香草は特に、唐揚げに使えそうなものをいくつか見付けていた。

 マーグンの燻製肉からも油がある程度は出ることがわかった。揚げるほどは出ないけど、ちょっと炒め物程度には使える。燻製肉から油を出して、芋みたいなものを摩り下ろして焼いてみる実験もしてみた。


 ミノリさんが言っていたカカポ豆は、非常に固い豆で、石臼で粉にして使うのだと言う。

 それ自体は特に味がある訳ではないが、粉にすると嵩張らず、それでいて腹持ちが良いので、森に出る時に携帯して非常時に水で練ったり、あるいはそのまま舐めたりするのだそうだ。

 糊として使う時は、水と混ぜて鍋で煮立てる。そうやって作った糊は布を染めて模様を描く時に使うと言っていた。詳しくは聞いてない。


 石臼で挽くところから自分でやったら、腕がぱんぱんになった。

 カカポ豆の粉は、さらさらとして、つまむとキュッとした感触。片栗粉を思い出す手触りに、俺は成功を確信する。

 試しに鳥肉を薄くスライスしたものを香草と塩で下味を付け、カカポ豆の粉を衣にして油で焼いてみた。

 揚げるほどの油はない。鍋を持ち上げたり竃から離したりすることで温度を調節しながら、じっくりと火を通す。ジュワジュワと表面の衣が油を吸う音がする。


 そういえば、菜箸は自分で作った。木を割って、表面が綺麗になるまで削る。難しくはないけど、根気のいる作業だった。おかげでだいぶ刃物に慣れた。

 長さも太さも揃ってないし真っ直ぐでもないけど、使い心地は悪くなくて気に入っている。

 その菜箸で、鳥肉をつまんでそっと持ち上げると、茶色くカリッとした衣が見えた。衣を剥がさないように、そっとひっくり返す。


 火が通った衣が唐揚げっぽく見えるのは、ただの願望だろうか。

 油のにおいと、肉が焼けるにおい、そこにハーブのすっとするにおいが絡んで涎が出てくる。


「今度は何やってるの?」


 集落に薬草を届けに行っていたマコトが戻ってきて、俺のやっていることを面白そうに見る。

 薬草師の見習いはできるだけ師匠の薬草師と行動を共にするが、俺の場合は人に会う状況を少し減らしてもらっている。ミノリさん曰く「人に会うのは生活に慣れてからの方が良いよ。シンイチくん、まだ何が駄目かもわからないんだから」とのことだった。

 まあつまり、もうちょっと森の民としての体裁が整ってから、ということらしい。とはいえ、ミノリさんと同郷の黒髪の人間が突然現れて薬草師と暮らしているという話は集落ですぐに広まった。あまりに顔を見せないのも憶測を呼んで良くないということになって、何回かに一回は一緒に行って挨拶だけしている。

 物珍しげに見られはするし、俺もどうすれば良いのかわからなくてただぼんやりするだけだけど、いずれお互いに慣れるだろうと思いたい。


 マコトが俺の隣に立って、俺の手元を覗き込む。その距離の近さに、少しだけ動揺する。

 虫除けのミントみたいなにおいが漂ってくる。


「おかえり。今、カカポ豆を試してるところ」

「良いにおいだね。これが『カラアゲ』なの?」

「いや、これはまだ唐揚げじゃないかな……でも、これがうまくいけば、唐揚げが作れそう」


 マコトは、あとで味見させてねと言って水を汲んで家に戻っていく。森を歩いた汚れを落とすのだろう。


 両面をカリッとさせた後にじっくりと火を通し、その後に鍋ごと家に持っていって、家の中で皿に盛り付ける。汚れを落として小ざっぱりしたマコトと二人で味見する。

 油で茶色く色付いているが、表面は少し白っぽい。片栗粉の白っぽさに似ているように見えた。口に入れて、一口目のさっくりとした食感に、俺は興奮した。これなら唐揚げが作れそうだ。

 何種類か使った香草のかおりがすっと鼻に抜ける。残っていた胸肉を使ったから、ジューシーさはなくさっぱりと淡白な味わいで、それのせいもあって物足りない感じがある。

 ニンニクや生姜を使ったガツンとくる感じが好きだったけど、これは好みの問題かもしれない。でも、香草の種類はもうちょっと考えてみようと思った。


 本当は、レモンがあると良いなと思っている。

 家ではレモンの用意が面倒だったのであまり使わなかったし、積極的にかける方でもなかったのだけれど、調味料が足りない物足りなさをレモンで補えたらなんて考えたりしたのだ。

 ただ、結局しっくりくるものが見つからなかった。柑橘系っぽい果物はあったのだけど、甘みが強すぎて諦めた。


「美味しいけど、これって『カラアゲ』じゃないんでしょ?」

「うん、多分もうちょっとで唐揚げになると思う」

「そっか。じゃあ、丁度良いかもね。マーグンを狩りに行けることになったよ、今度行ってくる」


 俺は、確かな手応えを感じて、興奮していた。

 いよいよ、唐揚げ作りが始まる。






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 森の民の織物や布は我々の国でも人気で、あまりたくさんは出回らないため非常に高価に取引される。

 彼らの布には独特の模様があり、その模様には様々な意味が込められている。

 模様の中のある部分は、作り手の集落を表している。今暮らしているところだけではなく、出身の集落、親の集落、それらを組み合わせた結果が複雑で不思議なラインとなって現れる。

 自らの出自によって模様が変わるので、作り手が変わると必然模様も変わる。


 それ以外の意匠でよく見かけるのはセマルという鳥をモチーフにしたものだ。

 飛んでいるセマル、番いのセマル、セマルの雛。単にセマルの羽だけをモチーフにしたものもある。

 セマルは森の民にとって非常に身近で親しみやすい鳥だ。そして、セマルがいる森は豊かであると考えられている。

 森の民がセマルをモチーフにする時は、森が豊かであるようにという思いが込められている。


 こういった模様は、いくつかの方法で布の上に表現されるが、それらの方法自体になんら特異なものはない。それらの方法は、我々の国でも見ることができるだろう。

 一つは、あらかじめ着色した糸を使い、布を織る際に模様を織り上げる方法。森の民の中でも機織りが得意な者は、何色もの糸を使って見事な模様を織り上げる。

 二つ目は糊を使った型染めだ。カカポという豆を磨り潰して煮詰め、糊を作る。その糊で布に模様を描く。糊を乾かした後に布を染めると、糊が付いていた部分は染め残されて模様になる。

 三つ目は刺繍。森の民であれば誰でも、刺繍は一般的に行うようだ。その中にも刺繍を専門にしている者はいて、そしてやはり一人一人に独自の模様がある。


 森の民は、これらの方法を使って、時にはそれらを組み合わせて、彼らの周りの世界を布の上に豊かに表現してみせる。

 彼らの布は、森の民がどのように森と関わり、どのように森で暮らしているかを我々に教えてくれるだろう。


 ——『コリン博物記』森の民についての記述より一部抜粋

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