第二十三話 鳥を捌いて下拵えを終える頃には日が暮れていた

 この話の前半は鳥を捌く描写です。苦手な方がいたら申し訳ないと思ったので、念の為。

 後半は現代日本の料理と同程度の描写です。

(鳥を捌くのは料理の範疇で「残酷描写あり」には当たらないと判断しています)


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 首の根元に切れ目を入れて、そこから指を入れて、背骨から内臓を引き剥がす。今度は肛門の辺りを切って、内臓を引っ張って取り出す。

 内臓を潰すのが怖くて、力加減がわからず、どうしても時間がかかってしまう。


 レバーや砂肝なんかも食べてみたいところだけど、虫がいることがあるからやめた方が良いとマコトに言われた。火を通せば大丈夫だとわかっていても、森の民はあまり食べないらしい。

 こういう地元の人の言葉には従うことにしている。


 内臓を取り出したら、尻尾の部分を切り落とす。いわゆるぼんじりだ。

 脚の先、いわゆるもみじの部分も切り落とす。


 両腿の脇に切れ目を入れて、力を入れて脚の関節が外れるまで、反対向きに開くようにする。関節を外す衝撃が結構生々しくて、最初の何回かはうまくできなかった。今はだいぶ慣れたと思う。

 脚の骨の位置を触って確認したら、その部分に切れ目を入れて、体を押さえつけて腿を引っ張って腿を取り外す。切れ目の位置が悪くて、何回か切れ目を入れ直して、ようやく切り離した。

 今度は、今切り離した腿に切れ目を入れて肉を開く。切り落とした部分から骨を辿って関節を見付けたら、関節部分をナイフで切ってそのまま上の骨を刃先で押さえつける。反対の手で肉を引っ張って骨を外す。マコトはするするっと外すけど、俺がやるとなぜか綺麗にいかず、ぐずぐずと時間がかかってしまう。

 下の骨は、先の方をナイフの柄で叩いて折る。そこからナイフを入れて、骨から肉を削ぎ落としていくが、骨に結構肉が残ってしまう。骨の先に軟骨があるので、軟骨ごと肉から切り離す。その後で、軟骨は骨から切り離しておく。

 手元に残った骨の部分を切り落として、これで見慣れた感じのモモ肉が出来上がった。セマルは鶏よりも少し小柄なのか、スーパーで見慣れたモモ肉よりも少し小さい気がする。

 切り出したモモ肉を脇に避けて、反対側のモモ肉も同じように切り離す。反対側はナイフの刃の入れ方が難しくて、余計に手間取ってしまう。


 次はムネ肉だ。首の皮をはがすように切ると、首の下に関節がある。この関節の位置がわかりにくくて、難しい。マコトは「ちょっとくぼんでるところだよ」と言うけど、どこもそう見えるし、どこもそう見えない。いつも手でぐにぐにと触って確認している。

 関節を切り離すように切って、そこからナイフを滑らせていく。ムネ肉と体の間をうまく切れると、すっとムネ肉が外せるらしいけど、ここの切り離しはなかなか上手くなれない。

 ムネ肉から手羽先を切り落とす。そこからさらに手羽元。手羽元の骨の位置も探り探りなので、無駄に肉を傷付けてしまう。

 切り離した肉から余分な皮を切り落とせば、これも見慣れた感じのムネ肉だ。

 ムネ肉も反対側がある。利き手の問題なのか、反対側はやっぱり難しい。


 次は胴体に刃を入れて、ササミを取り外す。ササミはすぐに潰れるので、最初に捌いた時はボロボロにしてしまった。ササミの脇に慎重にナイフを入れて、少しずつ引っ張る。上手くいけばすっと身が剥がれてくれる。


 肋骨の反対側、今ササミを切り離した先の辺りにヤゲン軟骨がある。脚の付け根側というか腹の方の骨に指を掛けて引っ張ると体から引き剥がせる。その引き剥がした部分の先にある軟骨がそれだ。


 首の付け根に残っている皮を剥ぐと、そこを摘みあげて、その下にナイフを入れる。そこから首に向かって、骨に沿ってナイフを動かす。骨に当たったり、逆に骨に肉が残ったりするけど、なんとか首のところの肉を削ぎ落とした。セセリだ。

 肋骨の下辺りに残った横隔膜、いわゆる鳥ハラミの部分を切り離して、俺は鳥を捌くのを終えた。


 もう夕暮れも終わろうとしている。空は半分以上夜の色で、辺りも暗くなって来ている。これから下処理があるのに。

 セマルを捌いてだいぶぐったりした気持ちになっているが、後少しだと思って気合いを入れる。

 先に捌き終わったマコトは、内臓を土に埋めて、井戸で水を汲み上げて鍋で沸かし始め、竃の火の様子を見て、そして家からランプ皿を持ってきてくれていた。

 持ち手がついた皿に油を入れてそこから出した灯芯に火を移すと、その灯りを持って俺の側にやってくる。


「ごめん、油使わせちゃって」

「このくらい大丈夫。後少しでしょ?」


 ムネ肉とササミは唐揚げにしないつもりだ。別で使えるように、先に処理しておきたい。

 塩をよく揉み込んで、ガジュという果実を発酵させたお酒も加えて、さらに揉み込む。

 ガジュ酒は森の民の間ではメジャーなお酒らしい。酸味の強い梅酒のような味だった。


 沸騰したお湯にムネ肉とガジュ酒と乾燥させてないカジムを入れる。お湯の量はひたひたくらいだ。もう一度沸騰したらササミを入れて、すぐに火から降ろして蓋をする。

 余熱でじゅうぶん火は通る。これは明日までこのまま置いておく。


 空いた竃に、昼間作っておいたスープの鍋を置いた。

 今日はたくさん働いたし、昼間は干し肉とナッツを齧っただけだから、腹が減った。

 あとは、唐揚げの下味を付けたら終わりだ。もう少しだけ頑張ろう。


 マコトが火の面倒を見ている。今日はもう終わりなので、スープを温めつつも火をだんだんと小さくしているところだ。


 昼間に用意していた香辛料ミックスとハシグナの粉末を持って、ランプ皿と共に捌いたセマル肉の前に立つ。

 ムネ肉とササミ以外は、全て唐揚げにするつもりだ。

 残っている肉を一口大に切り分けて、塩とハシグナの粉末を掛けて揉み込む。香辛料ミックスは、用意した半分くらいの量だけを揉み込む。残り半分は衣に混ぜて使う予定だ。

 モモ肉と、軟骨とかのそれ以外の部位は別の器に入れる。布を被せて紐で縛って蓋にする。


 骨と鳥ガラは空いている鍋にまとめて、蓋をしておいた。明日スープにする予定だ。本当は今日のうちにできると良かったのだが、時間が足りない。


 すっかり日が沈んで暗くなってしまった。

 肉が入った器は、一つずつ炊事場の屋根の下に運んだ。片手にランプ皿を持っているので、片手で持たなければならず運びにくい。うっかり落としたりしないように、慎重に運ぶ。


 手を洗うのに使って残った水を石の上に流して、洗ったことにする。

 本当はもっときちんと洗っておきたいけど、暗い中でやることじゃない。これも明日やることにする。


 水を入れていた器とランプ皿を持って戻ると、マコトは竃の火を掻き回した。燃え残りの薪をいくつか取り出す。後は放っておいても勝手に消える。

 マコトがスープの鍋を持つ。俺はランプ皿をマコトの方にかざしながら、先に立って歩き始めた。


 夜の闇の中、マコトに灯りを差し出しながら、自分はその小さな灯りを頼りに転ばないように足元を気にしていて、歩くだけだというのに結構神経を使っていた。

 マコトの表情まで気にする余裕はなかったのだけど、それでもマコトが楽しそうに笑っているのはわかった。


「シンイチ、お疲れ様。今日すごかったね。働き者だ」


 火のそばで火照った体が、夜風で冷やされる。結構汗をかいていることに今更になって気付いた。

 褒められることに慣れてない俺は、素直に受け取れば良いのに、どうしても素直な返しができない。


「マコトは狩りに行って、その後まで働いてるんだから、マコトの方がすごいよ」

「シンイチはわたしの言葉あんまり信じてないの? 本当にすごいと思うのに。料理、もう一人でほとんど大丈夫だよね」

「料理だけできてもね。結局材料獲れないと、一人じゃ生きられないし」

「今度一緒に狩りに行く?セマルならそんなに危なくないよ」

「うーん……やっぱり狩りはできるようになる気がしないかなぁ」

「やってみたらできるようになるかもしれないよ」


 慎重に、家の入り口の段差を上がってから、どうかなと呟く。家のドアを開けてランプ皿をかざすと、鍋を持ったマコトが家の中に入る。灯りがないので家の中も真っ暗だ。俺はすぐにマコトの後に続く。

 いつもよりも少し遅くて暗い家の中で小さな灯りに照らされてだったけど、いつものように二人でスープとパンを食べて、それから眠った。

 明日の唐揚げのことが気になっているせいか、疲れているのになかなか寝付けなかった。それとも疲れ過ぎているのかもしれない。

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