第十一話 見知らぬ人を警戒するのは当たり前だとわかってはいる
サンダルも森も歩きにくいのには変わりなく、歩き慣れてさくさくと進むマコトから、俺はすぐに遅れがちになった。
マコトは瞬きをして俺をじっと見た後、小さく笑って歩くペースを落としてくれた。
喋りながら歩くほどの余裕は俺にはなく、結局二人で何も喋らずに歩くことになってしまった。
もちろん余裕がないのは俺だけで、マコトはいたって普通だった。
俺が散々悩んだ分かれ道まで来て、俺が行かなかった方に曲がる。
そこからしばらく進んで、俺の
マコトに気付いたのか、手を上げて振っている。マコトも同じように手を振り返した。俺も同じようにした方が良いのか、しなくて良いのか、どうしようと悩んで何もしないでいる間に、話ができるほどの距離になってしまった。
五人とも背が高い。俺はぎりぎり百七十センチあるが、五人のうち一番背が高い人は、俺より十センチか……もしかしたら十五センチくらいは高そうだ。
一番低い人で俺くらい……もしかしたら俺より高いかもしれない。顔立ちは俺よりもずっと若いように見えるけど、日本人と顔立ちが違うので年齢を推測するのが難しい。
マコトは俺よりも背が低いが、こうやって他の人と並ぶと本当に小柄に見える。俺もマコトも、日本人としてはそこまで小さくもないはずだと思うんだけど。
髪の毛は、濃淡はあるけどみんな茶色っぽい色をしている。一人はだいぶ赤っぽい茶色。一番背の低い人はすごく淡い色で、茶色というより金髪と言った方が良さそうだ。
みんな警戒を隠そうともせずに、不躾な視線で俺をジロジロ見てくる。向こうからしたら知らない人間だし、警戒するのも仕方がない。俺はどう反応したら良いかわからなくて、表情を動かさないようにするだけで精一杯だった。
マコトは笑顔で五人に話しかけた。
「こんにちは、森が穏やかだね」
「こんにちは薬草師、今日も穏やかで豊かだ」
中の一人がマコトに答える。少し言葉を切った後、俺の方をちらりと見てまたマコトの方を見た。
「その人は?」
「ああ」
マコトは俺の方を振り返って俺を見上げる。ちょっと首を傾けると、大丈夫というようににっこりと笑った。
「この人はね、母の故郷の人。母に会いに行くところ」
「ああ、ミノリさんの……そうか」
俺の髪の毛を見ながら、一応は納得したようだった。
マコトはことさら明るい声で話す。
「黒髪の薬草師の話を頼りに来たんだって。みんなは……そうか、今日はマーグン狩りの日だったっけ」
「ああ、今日はダラの初めてのマーグン狩りなんだ」
「そうなの? 頑張って。森の恵みがありますように」
「薬草師にも、恵みがありますように」
また手を振ってすれ違う。すれ違う時にもジロジロ見られた。すれ違った後に振り返ると、向こうも一人振り返って俺を見ていた。俺と同じくらいの背の人だ。
目が会ってしまったと思いながら、無反応なのも良くない気がして、会釈のつもりで頭を下げると、びっくりした顔をしてから小さく手を振って、それから行ってしまった。その仕草がまるで中学生か高校生のように見えて、きっとまだだいぶ若いんだななんて思う。
そこからまたしばらく歩いて、脹脛に続いて内腿も限界を訴えるようになった頃、カラカラとした音が聞こえてきた。
周囲のそこかしこ、木から木へと紐がかけられていて、その紐に細い木の板がぶら下げられている。風が吹いたり、木が揺れたりすると、その木の板がぶつかり合って音を立てる。
その音の内側が、どうやら森の民の集落らしい。
集落に入った頃、脹脛はぱんぱんで腿もぷるぷるになっていた。
マコトはまだ元気なようだ。水洗いしたばかりのレタスくらいしゃきっとしている。さすがだ。
スマホの電池がなくなって文鎮になってから、時間感覚がわからない。まだ昼ではないようだけど、結構長いこと歩いた気がする。本当に歩くのには慣れてない。
マコトの俺を見る目が、呆れたものになっている気がしてくる。いたたまれない。
「お母さんも疲れやすい人だけど……ニホンの人って、みんなそんなに体弱いの?」
「日本には乗り物がいろいろあって、移動する時はだいたい乗り物に乗ってたから……道も歩きやすく作られてるのがほとんどで、森とか歩くのはそういうところに暮らしている人か、そういうのが仕事か趣味の人だけだったし……俺は座ってやる仕事だったし、休みの日もあんまり出歩かないし……」
マコトは首を傾けて考えているふうだったけど、わかんないやと言って想像を諦めたみたいだった。
集落にある家は、必ず木に寄り添うように建てられていた。森の中よりも木は密集しておらず、木と木の隙間から見える空も大きい。
家は床が高く、二階建ての床くらいの位置まで柱が伸びている。木の幹をぐるっと巡るように階段が作られていて、それを使って登り降りするようだった。家によっては、そこからさらに高い位置に柱を伸ばし、二階建てになっているものもあった。
「疲れてるのはわかったけど、もうすぐだから、あとちょっとだけ頑張って」
マコトに励まされて、俺はまた歩き出す。
時折この集落の人とすれ違う。みんな、俺をジロジロ見た後にマコトに声をかけ、マコトもそれに応じる。「森が穏やかだね」と言って「穏やかだね」あるいは「豊かだね」と返すのがパターンみたいだ。
「あれが、お母さんとお父さんの木だよ」
マコトがそう言って指し示した先には、他の家と同じような造りの家があった。立派な二階建ての家だ。
そうか、考えたらあの階段を登らないといけないのか。階段には手すりはなく、踏み板と踏み板の間には随分と隙間があるように見える。この疲労具合でこの階段を登って、途中で落ちないかが心配だ。必死に登り切るしかない。
そんなことを考えていたら、近くの家から人が降りてきた。ほとんど駆け下りるスピードで降りててきて、途中でひょいっと飛び降りた。
飛び降りたところでマコトに気付いて、マコトと挨拶を交わす。何事もなかったかのように。
あの階段、無理かもしれない。
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森の民は木とともに生きる。
集落の中は、森の中にしては木の密度が低い。森の民は自分たちの集落内の木を丁寧に間引き、育て、手入れをし、大事にしている。そのため、集落内は森の中ではあるが日当たりは悪くない。
森の民は自分たちの家は必ず一本の木に寄り添うように建てるため、その語彙の中で「家」と「木」が混同されることがある。遠くから自分の家の脇に立つ木を指して「あれがわたしの暮らす木だ」と言ったりする。
森の民の家は、柱を高く建てた上にある。隣の木にぐるりと踏み板を用意して、その踏み板の階段を使って家に出入りする。
家の下は広々しており、そこで何かの作業を行ったり、立ち話をしたりする。まだ森には行けない年の子供達がそこで遊ぶ光景もよく見かける。
——『コリン博物記』森の民についての記述より一部抜粋
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