第四話 結論から言うと唐揚げしか出ないみたいだ
座って足を休めると、今度は喉の渇きが気になってきた。水が飲みたい。
唐揚げが出せたんだし、水も出せるんじゃないかと、ここに辿り着くまでの間に考えたりしたのだ。
右手を持ち上げて、左手の上に。左手はできるだけ丸めて口元に寄せる。間抜けな格好だけど、どのくらいの量の水がどんな感じで出て来るかわからない。出てきた水を無駄にしないためには、これが必要だ。
イメージが大事。俺は目を瞑って、水を思い出す。水道の蛇口を捻って、コップに注ぐ。勢いが良すぎて水滴が飛び散る。指先を冷たく濡らして水が溢れる。
蛇口を捻って水を止めると、コップを持ち上げて口につける。そのまま一気に喉に流し込む。口元から水が溢れて顎を伝って喉を濡らすのがくすぐったい。ひんやりと、体に染み込むように、水が喉を通っていく。気持ち良い。
「ああ、喉が乾いた。水が飲みたい」
湧き上がる感情のままに言うと、目を開けて右手のひらが熱くなるのを待った。
数秒待っただろうか、唐揚げが出てきた時のような反応はない。体勢を維持したまま、もう十秒くらい待ったけど、右手のひらは一向に熱くならないし、指先から何か出てきたりもしない。
もう一度、目を瞑って水を思い起こす。今度はペットボトルの水だ。自動販売機で買ったペットボトルは冷たくて、すぐに表面に水滴がつく。手が濡れるのも構わずにそれを掴んでキャップを捻る。口に当てて、顔を持ち上げると、冷たい水が流れ込んでくる。
「水が飲みたい」
そして目を開けるが、やはり何も出てこない。
試しに、水以外の飲み物、例えばスポーツドリンクとか、オレンジジュース。炭酸飲料とか、ビールとか。いろんなものを想像したけど、どれもダメだった。
この辺りで、なんとなくそんな予感はしていた。
していたけど、試さないではいられなかった。
ゼリーを想像してみた。いろんな果物も。味噌汁も想像したし、コンソメスープも考えた。具沢山のミネストローネも思い描いた。ラーメンを想像したらチャーハンも勝手に付いてきて、だったら餃子もと考える。
そこから水分が多いものを諦めて、いろんな料理をイメージしていった。
好きだったハンバーガーチェーン店のハンバーガー。ケチャップとピクルスの、ザ・ハンバーガーって味が好きだった。セットのポテトが細めでカリカリなのも気に入ってた。
昼休みに時々行ってたカレー屋のカレー。ちょっと辛口で、半熟卵をトッピングするのが好きだった。
会社からちょっと歩いたところにある親子丼の店。少し高いから滅多に食べないけど、あの卵のとろとろふわふわ加減がめちゃくちゃ美味かった。
近所のスーパーで買う焼き鳥。味はまあまあだけど、安く売ってるのでたっぷり食べられるのが良かった。家でオーブントースターで温め直してビールと一緒に食べるのが好きだった。
スーパーで明太子を買って、家で米を炊いて、炊きたてのご飯に明太子を乗っけて食べるのも好きだ。バターを一欠片乗っけるのも悪くないけど、バターは高いし使い切れないこともあるから、あんまり買ってなかった。こんなことならもっと食べておけば良かった。
トマトとチーズにオリーブオイルをかけたのも美味いし、キュウリとチーズにオリーブオイルをかけても美味い。生野菜はチーズとオリーブオイルで和えておけばだいたい美味い。
豆腐にネギと鰹節を乗っけて醤油をかけるのも良い。生姜も悪くない。油揚げをちょっと炙って鰹節と醤油をかけるのも良い。
ベーコンも。ソーセージも。
いくつもの食べ物、いくつもの食材、思い浮かべては食べたいと呟き続けたけど、何一つ出てこなかった。
空っぽの左手を見て、妙な確信と諦めを胸に、俺は唐揚げを思い出す。
自分で作った唐揚げも良いけど、店で買う唐揚げも良い。会社近くのトンカツ屋の唐揚げ弁当がめちゃくちゃ美味くて、一時期は毎日買いに行って食べていた。店のおばちゃんに顔を覚えられて「今日も唐揚げ?」なんて言われてた。
外はサクッと中はふわっと、大きめの鶏肉はパサパサせずにジューシーで柔らかく、揚げたあとに少し置いて余熱を通すから表面はそこまで熱くないけど、中から溢れ出す肉汁はヤケドしそうに熱々で、すごくすごく美味い唐揚げだった。
あれはさすが揚げ物屋の味だ。
「ああ、唐揚げ食べたい」
そして、俺の右手は熱くなり、指先から唐揚げが出て、左手のひらの上に乗っかった。
俺が作った唐揚げじゃなくて、あのトンカツ屋の唐揚げ弁当に入ってる唐揚げだ。見た目からして素人作の俺の唐揚げとは違う。
どうやら、食べ物を出す能力じゃなくて、唐揚げを出す能力みたいだ。唐揚げにバリエーションがあることもわかった。
何一つ意味はわからないけど、出した唐揚げは食べた。いつも通りの、さすが揚げ物屋の味がした。どうなってるんだこれ。
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