二人だけの舞台

「「ありがとうございました!!」」


 舞台の幕が下りきるまでのお辞儀の姿勢をしながら、会場からパラパラと聞こえる拍手の音を聞いていた。今日のお客の数はやはり特に行事も何もかいからか両手両足の指を使って数えるぐらいの人数しか来なかった。

 でもこんなことよくあることだ。ただ自分の役をきっちりとミスなく果たしたことを喜んだ。ブンっと幕が下ろす機械が自動で止まると、一斉に気が抜け落ちた。


「はいみんなお疲れ。まず会場を片付ける班と舞台を片付ける班に分かれろ」

「部長お疲れ様っす」

「渡会お疲れ、ほれ飲みな」


 鬼島部長がバッグからミネラルウォーターのボトルを投げて渡してくれた。自販機で買ってきてからだいぶ時間が経ってしまっていてぬるいが、カラカラに干上がった喉を潤すにはなんでもいい。

 グビグビ。ふぅ、生き返った。


「よくやったな。俺の一存で脇役に下げられたのに、腐らず最後までやってのけた」

「いえ、部長がつきっきりで指導してくれたおかげっす」

「部長冥利に尽きるな。で、次は主役できそうか?」


 パイプ椅子に座った部長が前のめりで聞いてきた。本心では俺に主役級の役をやってほしいのだろう、けど俺自身のことなのに本当にできるのかどうか答えることができなかった。


「だよな。まあ焦る必要はないさ、次の公演までまだ時間はあるしゆっくりしようや」


 ぽんっと肩を叩いて励ましてくれる部長。優しい言葉だとは思う、けど悔しくもあり自分が情けなくもある。失恋したショックで役として立ちまわれないとみんなに迷惑をかけてしまっただけでなく、脇役なのに練習に付き合ってくれた上に情けをかけてくれる部の温かさに報いることができないことに、口の中が苦くなる。


「おほぉ~男同士の熱い友情ドラマ。これは次の演劇の題材になりそうな予感」

「ええい気持ち悪いこと言ってないで、さっさと舞台の小道具片づけろ!」

「すいましぇん」


 舞台裏の幕からひょっこり参上した安宅のからかいを一蹴し「もうちょっと真面目にできんのかあいつは」と文句を呟く部長。

 たぶん永劫無理な話だろう。あいつはシリアスブレイカーなのだから。


「それで次の劇の題材何にするか決まりましたか」


 先ほど劇の題材という言葉で思い出し、そのことを切り出すと部長は顔を曇らせた。


「……俺がLINEで仕切ったのもなんだが、実は題材がまだ決まらくて。現代劇にしようとするとなかなかいい題材がなくてな。観客のニーズに合わせる必要もあるからどうしても慎重にならなくて」

「次はPTAの人も見に来るんすよね。題材が教育に悪いものとか色々言われる可能性もありますからむずいっすね」

「俺も脚本探しをしたことはあるが、いつも童話とか昔の純文学作品をたよりにしていたから現代劇には不得意なんだ。芥川とか太宰とかの作品は大正時代につくられたものだから、現代劇とはいいがたいしな」


 これまでうちの演劇は部長と安宅二人が選び、書き上げたものを使ってきていた。選んできた題材が良いこともあり部員たちは不満はなかった。それでもファンタジー・童話・純文学のローテーションを繰り返してくると次第に飽きてくる。次の劇は七月と一ヶ月以上猶予はあるが、それまでに脚本が見つからないと練習に費やせる時間が減るのが問題だ。


「じゃあ俺は会場の方手伝ってくるから、渡会は舞台頼むな」


 部長が壇上から降りて消えると入れ替わりに有果が舞台袖から上がってきた。


「お疲れ」

「三田見に来てくれてサンキューな」

「私一応常連客だからね。相田さんが来なかったのは残念だけど」

「この前誘ったけど用事があるって言ったからならしょうがないさ」


 以前に放送室の前で誘いの話をした時にすでにその話はしていたが、もしかしたらと今までのアピールの甲斐あって演劇の公演に間に合うのではと思っていた。だが現実は非情というか彼女は来なかったのは、舞台から見下ろしてもわかっていた。重い幕を開いて片付けを始めている会場を覗いても彼女はいない。


「仁君。大丈夫?」

「…………まあこうなるのは事前にわかっていたから」


 そうだあらかじめわかっていたことを悔やんでもどうしようもないんだ。劇は成功したんだから喜ぶべきだ。たとえ主役でなくても、相田が来なかったとしても大きなミスもなく劇をやり終えたのだからそれで…………いいんだ。


「仁君主役やってみる? せっかく舞台セットが残っているんだからやってみようよ。私演技下手だけど」

「お客は誰もいないのに」

「主演兼お客というのはどう?」


 にこりと微笑む有果の手にはいつの間に取ってきたのか、脚本が握られていた。


「じゃあラストの場面だけな。有果は脚本を見ながらでいいから」

「りょーかい」


 誰もいない壇上で二つの靴の音を鳴らして、それぞれの役の立ち位置に入る。ヒロインが最後に主人公と別れる断崖の上に有果が立つと、そのシーンをスタートさせる。


『愛する人よ。待ってくれ、私は君なしでは生きていけない』

『では私なしでも生きてください。私はこの世の人ではないのですから』


 やはり素人であるためか、ほぼ棒立ち棒読みと本来のヒロイン役であった安宅と比べるまでもなく下手だ。でも下手だから、うまくないからなんて関係ない。有果が俺のためにやってくれているのだから。


『知ってる。君が人でないことも、何もかも。それでも私は君と苦楽を共にして老いて死にたい』

『やはり、あなたは人ですね。私は老いることはできないのです。私は天上人、普通の人間の十倍は長く生きられるのです。あなたが老人になって最期の時を過ごす時でも私はその時のままなのです。それでもあなたは共に死にたいと願うのですか』


 人外であることを告げるヒロインに、主人公はここで怯むがそれでも共にしたいと打ち明ける。

 ……いや怯むのか。違う。もしもそのことを告げるのが有果だったら戸惑いじゃなく、絶望じゃないか。大切に想っていた人と共に生きられないとわかり相手のために自ら身を引く。きっと葛藤するのは決断を迷うのではなく、彼女の悲しみに自分が理解していなかったからじゃないか。


 動きを修正する。主人公である王子は一瞬歩みを止めて下がろうとする、けどここで彼女と過ごした日々を思い出しそれでも共に生きたいと願うために言葉を詰まらせながらこう答えるんだ。


『それでも……それでも私は君との時間を過ごしたい。君の愛をここで途切れさせたくないんだ!』


 主人公は駆けあがり、天へ帰っていくヒロインを止めに崖へと駆けあがり彼女を抱きしめる。その崖へ駆けあがるラストシーンに入る直前で、相田が舞台袖で俺たち二人が演技をしているのを目撃した。


「相田」

「えっ、相田さん来ているの!?」


 演技を途中止め、二人舞台袖にへと駆け寄るが相田は逃げることもせず俺たちが来るのを待っていた。


「もう片付けているのだと思って部長さんに許可貰って上がったんだけど」

「今日用事があるって言ったんじゃ」

「用事が少し早めに終わったから。それでちょっと演劇を覗いてみようと思って来たら、やっぱり間に合わなくて。でも運が良かった。渡会さんの演技が見れたので」


 ふふっと微笑む相田に一瞬どういうことか理解できなかった。


「どういうことだ?」

「さっき他の人が持っていた脚本を見ててね、渡会さんがやっていたシーンのも読んでいたの。でも私が考えていた演技と全然違ってて見入っちゃった」

「それっていい意味でか?」

「もちろん。前の老人役の時よりもぜんぜん役に入り込めていたのよ。私も参考にしたいぐらい」


 マジか!? 前にボロクソに言われたのから一転、自分でも信じられないほど演技を初めて褒められた。


「よかったね仁君。意外となんとかなるもんじゃない」

「いやお前がやってくれと言ったからだよ」

「ねえ、私にもこのシーンちょっとやらせてもらいないかな。ちょっと演技には自信があるの」

「え、でもそろそろ片づけないと」


 部長に怒られると言いかけたところで、有果に引っ張られて相田から引き離された。


「だめだよ。ここはOKの二文字で誘わないと。せっかくの接近チャンスなんだから」

「ここチャンスなのか」

「そうだよ。せっかく相田さんが運よくこっちにきてしかも自分から仁君と接近するのだからここでもっと好感度アップアップ」


 言われてみれば相田と演劇をするなんてめったにないことだ。有果に押される形で、くるりと相田の下へ戻り。


「いいぞ。じゃあ有果と交代でさっきのところをもう一度な」

「お願いするわ。脚本持ったままでもいいかしら」

「もちもち。オッケー」


 さっきと同じ役で再び舞台に戻りシーンを始めると、相田の代わりに袖に入った有果がファイトと拳を上げて応援していた。

 ありがとうな、有果。


***


「いいんですか部長。まだ片付けもしてないのに、シャルウィダンスさせて」

「いいんだよあいつが真剣に劇に打ち込んでいる分、自由にやらせてやりたい。その代わり片づけは渡会に任せるが」

「やっぱ鬼ですね。よっ鬼畜部長」

「あ~た~か~」

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