定番のお弁当食べ合いっこのはずが
ジェラシープロジェクト第一段発動の日が来た。
手作り弁当の準備も、食事場所も確保できている。だがこのプロジェクトの前提は相田ふなみを見つけなければならない。だが問題の彼女はクラスにおらず、まさかの本人不在という致命的なことが発生し昼休みなのにどこにいるのか見当がつかない。
このままでは弁当を持って二人教室の前で右往左往している怪しい目で見られてしまう。
「どうする聞きに行く?」
「そうしたいのはやまやまだが、よそのクラスに人に居場所を聞くのはちょっと……」
この間振られたばかりの本人が、その相手の居場所を聞くのは腰が引ける。本人に直接話すのならともかく彼女のことを知っている人と遭遇して追及されるのは辛いのだ。どうしようと教室の前で立ち往生していると、後ろから同じ演劇部部員にして有果の友人である安宅がぴょこんといたずら気な声とともにやってきた。
「誰を探しているのかね
「安宅か。愛しのって茶化すなよ」
「いやあたしは普通に応援しているのであって、それにこの口調は天然成分由来で。とあたしのことは置いておきまして。彼女なら学食の窓側の席にいるはずだよ。半を過ぎると放送室に行っちゃうから早めに行った方がいいよ」
「よく知ってるねクリちゃん」
「渡会には黙っていたのですが、実は相田とはすでにLINEを交換したり一緒にお昼食べたりしている仲なんだよ。なので彼女のお昼の行動はばっちり把握しているのである」
「一足先に抜け駆けして。もしかして相田が俺に気があるというという情報は」
ぴょこんと有果よりも小柄な安宅の体が後ずさると、急に時代劇的な口調で釈明を始めた。
「いえ、めっそうもございません。当方世間話等々を口にすれども、決して色恋話にはいたしておりませんことを仰せいたしとうございます」
「うむ良き良き、褒めてつかわす」
「ははっありがたき幸せ」
深々と大仰にお辞儀をするとまるで一芝居終わった後のように、やり切ったという自信満々の笑みを安宅は浮かべていた。こいつの調子に合わせてしまったが、このお調子者め。舞台に上がって役を演じているときぐらいの真面目さを普段は出せないものか。
一瞬時計を見ると半まであと二十分を切ろうとしていた。こいつの漫談に付き合っている時間はないな。
***
うちの学食は十二時になると飢えた獣と席取による熾烈な争いを繰り広げられるのだが、俺たちが学食に来たときにはもうお昼のピークを過ぎているからかテーブル席はぽつぽつと空いているほど空いていた。
安宅の情報通りに学食の窓側の席に相田が座っていた。今日のお昼であるそばを少し出汁と共にレンゲに乗せてそのまますするという、清楚な見た目に相反しないとてもお上品な食べ方をしている。一人なのに学食で半までいるというのは少し変だと思っていたが、あの食べ方ならそば一つでも時間がかかるのは納得ではあるが、麺が伸びるのは気にしていないのだろうか。
少し時間が遅れたが、ジェラシープロジェクト第一段決行の時。その先陣を有果が切った。
「相田さん昨日ぶりだね。ここ相席していい?」
「ええ、構わないです。時間に遅れるようなことをしなければ」
「そういうことはしないよ」
持っていたレンゲを置くと、ふぅと耳を少し掻いて小さくため息を吐いた。
「この前安宅さんと相席をした時、放送室に行く予定の時刻に遅れそうになりましたので。あの人止め度目もなくおしゃべりだから」
「うんそれは納得。それと、渡会君も一緒に入れていい? 一緒にお弁当食べるつもりで誘っていて」
「ええ、どうぞ」
ちらりと俺を一瞥した相田であったが、戸惑いや迷いのようなものはなく即断で受け入れた。この様子だと昨日の応援はあまり効果がなかったようだ。昨日は即席だったが今回はじっくりと恋愛漫画を読みこんできたんだ。
「おや、お二人ともお弁当ですか」
「うん、仁君にお弁当をつくってきたから」
「ああ、有果にお弁当をつくってきたから」
「「……あれ?」」
同じ言葉が同じタイミングで出現して手が止まった。有果の手にはナプキンに包まれたお弁当のような包みがお互いの手の中にあった。そしてゆっくりとお互いの顔を見合わせると想定外の表情をしている。俺も同じ顔をしている。
「ちょっとちょっと私がお弁当をつくってくるって予定じゃなかった?」
「いや俺が有果の弁当をつくってくるという計画では」
「いやラブコメとか少女漫画のシチュエーションだとここは女の子がつくるのが定番だよ。昨日何を読んでいたの?」
「『家庭科室の御厨くん』とか『おひねり稲荷様』とかだけどだいたい男子が主人公に弁当作ってくるシーンばっかりだった」
「主人公施され系統の作品読んじゃっていたのか。そういうのもありっちゃありだけど、それだったら仁君に王道もの読ませたらよかった」
がくりとうなだれる有果。どうも読む作品をミスってしまったようだ。クソ、旨そうな料理と主人公がいい味出していたからそっちにばかり読み進めてしまった。
しかし作ってしまったものを今更下げるわけにはいかない。
「どうしたのお弁当を持ったまま。お昼終わりますよ」
事情を知らない相田は不思議そうにきょとんとして小首をかしげる。
どうすればいい。待てよ、たしか『家庭科室の御厨くん』にお互いが作った料理をそれぞれ食べてほほえましくするシーンがあったな。それはイチャラブという展開に持ち込めるのではないか。
「こうなったらお互いのお弁当を交換するということにしよう」
「よし、それなら問題ない」
お互い作ったものを交換するというという体裁に切り替えて、リスタート。
「有果の作ったお弁当か。楽しみだな」
「私も初めてだよ」
紆余曲折あったが、手をこすり合わせて交換されたお弁当のナプキンを開けて、中身を開いた。
「小っちゃい」
「おっきい」
今度は真逆の反応だ。
有果が食べると考えてはいたが自分の食べる量を想定して少し小さく作ったのだが、目の前の有果が作ってくれた小物入れのような可愛らしいお弁当と比較しても見ると、俺のはスイッチライトだ。
有果が作ってくれたのは五分も経たずに胃に収められるからまだしも、俺のは有果の胃には量が多すぎる。全部食べてもらっては気分が悪くなるだろうし、残してもいいよと言っても有果のことだから「そんなの悪いよ」と意地で食べてしまうかもしれない。
「二人とももしかしてと思いましたが」
さすがにバレたか。
「量を間違えたのですね」
「「え?」」
「学食のおばさんに頼んで取り皿を取ってきますので、多い分をそこにおいてください」
なんて気遣いだ、ありがてえ。
相田が持ってきた取り皿に多く作りすぎた俺の弁当のおかずと冷めた白飯が乗せられると、ちょうど有果のお弁当と同じぐらいになった。余ったものは俺が食べて処理するのでバランスよい量となった。
「助かったよ相田」
「私も、全部食べてしまうところだったよ」
「いえ、せっかく作ったもので嫌な思いにするのは心苦しいので。お役に立ったのなら」
その優しさを俺の告白の時にもおすそ分けしてほしい。
「にしてもこれ美味しいねキュウリの肉巻き。しかも結構凝った作りだし。なんか私が作ったサンドイッチと比べるとなんか敗北感がある」
「いやこのサンドイッチもうまいって。俺のは昨日読んだ『家庭科室の御厨くん』の巻末に載ってあったレシピを参考にして作っただけで、これなら簡単に作れそうかなって。肉をぐるっと巻くだけだし」
それに有果のサンドイッチ弁当は俺の好みに合わせて作られている。玉子焼きサンドは俺の好みであるケチャップ粒マスタードソースが塗られてピリリと甘しょっぱい味がして食欲が進む。おかずも肉一辺倒ではなく、きゅうりの酢和えやツナポテトサラダといった野菜系のものを入っていて色合いも健康にもよさそうなものが入っている。
有果の細かさがこの弁当に一つに詰まっているような作りになっている。
「『家庭科室の御厨くん』ってアニメになったやつよね。もしかしてそのおかずって第三巻で主人公が初めて彼に自分でつくったものを食べてもらった料理?」
すると後数本にまでそばの量が減っていた相田の箸が急に止まり、本の名前に意外な反応を相田が示した。
「うん、昨日有果の家で読んだんだ。けどよく巻数まで知っているな。昨日始めて読んだばかりだから、内容をちょっと忘れているのに」
「え、ええ。それ名作だから私も読んでいたの。特にその巻は有名だし」
少し煮え切らない態度であるが、相田も漫画を読むことがあるんだ。てっきり演劇にしか興味がないと思っていたのに。二つ目のサンドイッチに手を伸ばすと、反対側にいる相田がチラチラと俺の方を箸は未だに止まったままである。
「あの、一つ渡会さんの作ったおかずをご賞味してもいいかしら」
「ああいいよ」
「はい、お好きなの取ってね」
相田は持っていた箸を伸ばし、俺が作った弁当の中からキュウリの肉巻きを一つ取りあげた。先ほどのお上品な食べ方とは違い、丸呑みするようにパクリと飲み込むと「なるほど。なるほど。これが」と何故か感慨深いような恍惚とした表情を浮かべて咀嚼した。
そんなに高揚するほどおいしいのか。俺も一つ味見したが、そこまでの反応はなかったぞ。
「ではついでに三田さんのもいただきます」
有果がつくったツナポテトサラダを少し取るが、さっきと違い口は小さく開いて食べる。「なるほど。なるほど」先ほどと同じような言葉を繰り返して咀嚼する。ごくり食べたものをのどに落として、残りのそばもさらった。
「渡会さんごちそうさまでした。では私はお先に」
ぺこりとお辞儀をして出汁が残った丼を持って学食から去っていくのを見送ると、有果がぴょんと席から立ち上がった。
「や、やったよ。途中失敗したけど結果を見れば成功だよ!」
「え、どういうことだ?」
「先に仁君のお弁当を欲しいって箸伸ばしたってことは興味を示したことだよ。仁君の作ったものがどんなのか気になった証拠だよ」
「でも有果のも一緒に食べただろ」
「私のはついで。片方だけ食べるのは失礼になるから、しただけ。うん大きく一歩前進だよ」
イェイと両手タッチをして勝利を喜んだが、どうも俺の中でこれが成功と喜んでいいのかちょっと納得いかなかった。
なんか俺ので喜んでいるような感じには見えなかったから。
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