恋人っぽいことを確認してみよう
放課後、部活動がない時間を利用して有果の家の前に着いたが、朝言われたように少し待たされた。
『まだかかる?』
『もうちょっと待って』
俺が返信して五分経ってから返信が来る。有果の部屋は一階の奥にあり正門から見れないので途中経過がわからない、女の子には準備があると言ったが、中学までは準備も何もなくそのまま上がらせてもらえたのに。まあ、高校生だからかもっと隠す必要があるものが増えたのだろうと余計な詮索はしないようにしよう。
その間に暇をつぶそうにも俺はスマホゲーをするような人間ではないので、部活動内グループ部屋を覗き見ながらコンクリートの壁にぺったりと張り付くしかない。
『来月で今やっている演目が終わるが、次の演目何かやりたいものはあるか』
『星の王子さま!』
『お前の趣味だろそれ』
どうやら次の演目について話し合っているようだ。演劇部では元となる作品を使って演劇をするのだが、基本部長か読書好きの安宅が元となるシナリオを探してくるというのがお決まりになっている。演目や脚本に関しては俺は与えられた役をこなしたいため専門外なことは口出ししないようにしている。
『しばらくファンタジー続きだから現代劇かSFがいい』
『SFか~。演劇でSFは難しいから現代劇、それはミステリーのほうがやりやすいな』
『どうしよう。私ファンタジーものしか読んでないからそのあたりあんまり詳しくない』
と安宅が珍しく白旗を上げた。これは部長が考えるほかないか。俺が手伝えるようなこともないだろうし。するとピコンと別窓から有果からのメッセージが挿入され『お待たせ、入ってきていいよ』とやっとお許しが出た。
「おじゃまします」とドアを開けると有果ではなく有果母が出迎えた。
「渡会君久しぶりこの間は娘を送ってくれたのに、お礼の言葉も言えなくて」
「いやこっちこそ最近会えてないのにあいさつもなく」
「いいのよ。あとでお菓子持って行くけど、和菓子がいい? それともやっぱり若いからクッキーのほうが」
久々にあった有果母は前と変わらず「ほほほ」という声が聞こえて来そうな温和で世話焼きぶりだ。すると家の奥から有果が玄関で有果母につかまっている俺を目撃して「お菓子は自分で持って行くからいいよ。ちょっとこれから勉強会だから部屋に入らないでね」と釘を刺して部屋に連れていかれた。
「おばさんには俺たちのこと伝えてないのか」
「下手に情報漏洩したら台無しになるからね。情報統制は大事だよ」
そんな細かい所まで徹底するものなのかと有果の細かさに一驚しながら、部屋を眺めると有果の部屋は中学以来から変わっていなかった。
ふんわりとしたファブリーズの清潔感ある匂い漂いシンプルなチェック模様のベッドシーツと目につくものは少女少女らしさはないが、傍目にある少女漫画と大小の動物ぬいぐるみが陳列する本棚がその少女というものをタンス代わりに詰め込んでいる。本棚の中に、俺の視線から少し下にあるサーフボードを咥えたシロイルカのぬいぐるみを手に取った。
「このぬいぐるみここに置いてあるんだな」
「初めての遊園地デートで仁君が買ってもらったものだからね。押し入れとかにしまったままほこりをかぶるなんてことしないよ。大事なものだし」
「デートと言っても校外学習で行けなかった代わりだろ」
中学時、校外学習で大きな遊園地へ行く予定だったのだが、有果が急な発熱で行くことができなくなったことがあった。しかも熱が昼を過ぎたころに引いたため余計に悔しいと思い、付き合っていたと公言していたこともありデートという名目で有果を同じ遊園地へ連れて行った。
しかし東のネズミの遊園地と同じく大きな遊園地ともあって入場料が高く、しかも飲み物もグッズもこれまた高い高い。普通なら百円で買える水が二百円とぼったくり価格で売られているのだから目玉が飛び出てしまった。
「親から金を預かっていたから心配ないって言ったんだけどな」
「でもコーラなんか三百円だよ。三百円。普通に買えるものなら極力節約してアトラクションを楽しんだ方がいいもの」
「細かい所に目がいくよな」
そういう性質だからか、入場口付近にあったショップ店の隅に小さく売られていたこのぬいぐるみにも気が付いたのだろう。いらないいらないと何度も口にはしていたが、帰り際でもずっと物欲しそうな目で見ていた。きっと言ってもうなずかないだろうからこっそりデートの記念にと買っておいたのだ。
「あの時はいらないって言ったけど、デートの記念は必要って言われたからむげにはできないから……って今日の目的はそうじゃなくて、こっち。私の持っている少女漫画でイチャラブ研究でしょ」
「なんか口で言うと恥ずかしいよなそのイチャラブ研究って」
「じゃあ恋愛研究?」
「いや嫉妬を駆り立てるのだから、ジェラシープロジェクトのほうが語呂が良くないか」
「じゃあジェラシープロジェクトで。有名どころまでそろえているから、演劇部としてこのシチュエーションがいいものがあったら教えて」
どんとカーペットの上に積まれた少女漫画のタワー。それも混合ではなくそのタワーだけで全巻そろっていた。これは時間かかりそうだ。
とりあえず表紙からどれが読みやすいかと見てみると、タイトルだけは知っているものからドラマや映画にもなったものまである。意外と少女漫画って幅広く展開されているものだな。
トントンと一巻、二巻と本をジェンガのように積んでいく。知らないものを一から進めるよりも知っているタイトルのものから先に読み進めているからか、読む速度が速い気がする。どのシチュエーションがより再現性が高いか悩んでいるのだが、話の筋や人物がどうなるのかだんだん気になってしまう。
しかし意外な共通点に気付いた。
「うーん。やっぱり幼馴染って男女問わず当て馬役背負わせているよな。この漫画でも小さい頃から主人公を守ってきた幼馴染が、本気に好きになった主人公のために身を引く展開になったし」
「あー幼馴染あるあるだよ。だいたい最初にずっと自分の方が思いが強かったのにで始まって、彼氏よりも自分の方が好きだよアピールを今更して当て馬役な役割を担うことが大半だよね。少女漫画に限らないけど」
こういうことはしかし幼馴染とは昔からの付き合いという強い関係である以上それ以上は上がらず、後追いの恋人には負けてしまい三角関係にはすこぶる当て馬役に成り下がるのかな。
いやいや幼馴染負けヒロイン評論はこの際問題じゃない。改めて読んでいる途中の本を手に取る。しかし競争しているわけでもないのだが、有果の方が読んでいるスピードが早い気がする。何度も読んで話の筋を知っているからか、パラパラとページを広げて次に、そして気になった個所であろうページをじっくりと読んでいる。本当に細かい所まで読んでいるのだなと感心してしまう。じゃなくて、とまた目線を漫画に移す。
しかし一気読みしてもどれがいいシチュエーションなのか確固たるものがわからなかった。うーむやはり俺には脚本とかシチュエーションを考える役割は苦手だと改めて気づかされるなぁ。
「……停滞している?」
「うん。どうも俺は考えるより与える役割を果たすのが性に合うってしっかり読んでおいてなんだけど」
「じゃあ明日お弁当作って見せびらかす作戦で行こう」
「弁当を?」
「そうそう。定番だけど作ってもらったお弁当をその人のために食べさせるって傍から見ればイチャラブしているように見えるから」
なるほどそれがイチャラブというものか。ならそれを採用するしかないと有果の案を決定した。
「じゃあ明日、お昼にお弁当だな」
「うん手作りのをね」
ジェラシープロジェクト第一段の内容が決まったところで、有果母にさよならを済ませて家路を征く。日が暮れて周りの家々の明かりが発光し始めた。ぐるりと有果の家を回るように行くと、あいつの部屋の明かりが灯っているのが見えた。今頃明日のことで考えているのだろう。
しかしこのまま有果を利用して俺の恋が成就してよいのだろうか。なぜか先ほど読んできた恋が成就しなかった幼馴染たちのことがふわっと頭に浮かんできた。
いやそんなこと今更考えている場合か。有果はそれをわかっていてやってくれているんだ。頭を振って再び正面を向き俺はスーパーへと走っていった。
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