付き合っているように見えてない?
有果と第三度目のお付き合い、いや偽カノとして付き合っての朝。相田ふなみは朝夕二回ある演劇部の練習にも顔を出しているため、さっそくいちゃついているアピールを見せびらかすために有果を伴って朝練に連れ添うのだが。
「ふぁ。ねみゅい。演劇部は夕方だけだと思っていたのにまさか朝練があるなんて思ってなかったよ」
「今日は夕方バスケ部の試合があるから、朝にしか体育館使えないんだよ」
有果が演劇部の部活に朝練があることを知ったのは昨日のLINEのメッセージからだ。いつも夕方の練習の時にしか見に来ていないから知らなかったようで、今回の計画のために早起きするようにはLINEで伝えてあったのだが。どうも七時よりも早くのが苦手なようでいつもは小さい口をあんぐりと開けてあくびした。
「仁君は平気なんだね朝」
「平気というより慣れているからな。それでも眠い日には台本を手にしながら読んでいるふりをして寝ているから問題ない」
「いやバレるよ」
「大丈夫。演劇の練習のおかげで立ったまま持って寝ていることもできるようになった」
「すごいけどそれ演劇というより大道芸じゃない?」
なんか酷い言われよう。とやっと校門を抜けて、半日ぶりの体育館に入る前に中をチラ見するとこの時間は他の運動部の人たちが使っていないから部員一人一人の顔がはっきり判別できる。その中には昨日と同じく部員たちにメモ帳片手に聞きまわっている相田が見学に来ていた。
「さて、ついにカップルとしては初遭遇だけど。どうすればいい?」
「ん~、とりあえず私が仁に積極的に応援する作戦でいこう。それだけで相手が意識するかも」
悪くないアイディアだ。
作戦もまとまったところで体育館に足を踏み入れる。まず最初に部長と遭遇だ。
「おはよう渡会。珍しく三田も来てんだ」
「今日日直でちょっと早起きしたら、渡会君の顔が見えたのでついでに朝練も見学しておこうと思いまして。ねー」
「こういうときでないと三田は起きてこないからな。いつも始業のチャイムギリギリの時間に起きてくるからな。小学校の時も集団登校が出発する時間ぎりぎりまで、ムグ」
「それ以上は厳禁」
頬をほんのり赤く染めながらむくれて有果が俺の口を塞ぐ。だが目論見通り、俺と有果が仲良く話し合っているという餌に相田ふなみが釣られて寄ってきた。たしか相田と有果はこれが初の対面だがうまく乗せられるだろうか。
「あら、あなたも見学?」
「うん。あなたが相田さんね、渡会じゃなかった仁君からよく見学に来ている子だって聞いているわ。仁君の演技は私も小学校の時から見ているから朝練ではどんなことしているのかなって」
「そうなの、じゃああんまり演劇部の人たちの邪魔にならないようにしましょうね」
相田は有果に興味なさげにふいっと後ろを向きいつもの特等席である体育館の端に体育座りをした。
むぅ。他の女の子が来ただけでは乗ってくれないか。
***
いよいよ舞台練習の時間となり舞台袖で自分の出番を待つ。俺は前回の失恋ショックからまだ立ち直ってないと判断されてか、またも脇役としての出演である。
ここで有果が威勢よく俺を応援して、すでに自分にライバルがいるという意識を持たせれば作戦成功だ。とついに俺の出番となり袖から勢いをつけて舞台中央に駆け出すと同時に有果の黄色い声援が飛び出す。
「いよ! 仁君待ってました。日本一。大根役者!」
走っている途中でけっつまづき、一時歌舞伎役者のようにおっとっとっとなりかけた。有果、大根役者は褒め言葉じゃない!
「うるさいです。部員さんたちの迷惑になりますから静かにしてください」
「あ、はい。ごめんなさい」
ぴしゃりと相田が𠮟りつけて、抑え込ませた。
怒られた有果はしゅんと犬が落ち込んでいるかのように頭を垂れて小さくなっていた。そして舞台にいる俺に向けて手を垂直に立て(失敗しちゃったみたいごめん)と見せた。有果よ、それただ周りに迷惑をしているだけにしか俺には見えてなかったぞ。
ちょっとしたアクシデント(主に有果の応援)もあったが、今日の演劇の稽古は特に躓きもなく終わり後片付けに入った。さすがに片付けとなると見るべきものがないからかもう相田は自分の教室に戻っていってしまったため、早起きでまだ眠い有果も教室に帰らせた。ちなみに今日が日直だというのは嘘だ。
部長と一緒に小道具を片付けながら、有果の過剰応援にぶつぶつと不満を垂れ流した。
「やれやれ三田め。あんな形で応援するかよ」
「大根役者はちょっと笑ったぞ」
「俺は笑えないっす。これでも役には力入れているのに、くきっと折れそうなるっす」
「示し合わせたような感じ。もしかしてお前ら付き合っているつもりでやってるのか?」
「いやそんなわけ……ん?」
つもり? その一瞬の戸惑いに部長は何か勘付いたのかとどめの一撃を喰らわせた。
「彼女のフリしてるだろ」
「なんでわかるんすか」
「カマかけた。普通に応援しているにしてはアピールが過ぎるし、略奪して付き合ってるにしては見せつけ方がしょぼくて嘘くささが見えた。どういう腹積もりなんだ。昨日は百一回もプロポーズをする宣言していたお前が、朝令暮改する人間でないのはわかっているのだが」
じろっと鬼島という名にふさわしいく鋭く不審な目で睨む部長に恐れと申し訳なさに押されて、事情を説明した。
「やり方が回りくどいな」
「こうでもしないと彼女振り向いてくれないかなと思って。あの子何人も告白されていてまったくびくともしないから、正攻法では難しいらしいっすから」
「それで付き合ってるふうにしているということならはっきり言おう。〇点だ」
「マジすか」
「マジのマジ。わざわざ朝練にまで来るのはなかなかないが、部活の応援に来るだけじゃ友達でもする。秘密裏に付き合って見せつけるにしてはこの人のこと好きだよとか羞恥感がまるでない。設定が練られてない恋人地点に到達していない、というか幼馴染属性のせいで余計にそっちに引っ張られている」
うう。なんか演技を指摘されているみたいで余計に傷つく。なまじ片方が素人である分俺の演技までダメだしされているからキツイ。
「どうすればいいんすかね……俺たち付き合ったことはあっても恋人のようなことぜんぜんしてないっす」
「じゃあラブコメ漫画とか読んでみたらどうだ。偽の恋人関係に持ち込む展開とか純粋にイチャラブしている作品を参考にして演出すれば」
「なるほど、では具体的にはどんなのが」
「それぐらい自分で探せ! 俺はよくわからん」
不貞腐れてたようにぷいっとそっぽを向いて小道具片づけに戻ってしまった。ふむ、上級者である部長もラブコメ系には弱いということか。
***
教室に戻る道すがら廊下でたむろっている学内カップルを一組づつ観察していくと、漫画の表現みたいに顔を赤く染めるようなことはしていないが、二人からは好きというオーラのようなものが感じ取れる。
先ほどの下手な応援とは大違いだ。やはり二人の間に羞恥もラブラブ感が見当たらないのは致命傷だ。これではただの演技だとバレるのじゃないのか、しかも相手は俺の演技を何度も見ている相田ふなみだ。見破られる可能性が高いし、もしも部長のようにバレたら再度プロポーズの芽が潰れてしまう。
教室に入ると、最近席替えをして春の温かい日差しを受けやすい窓際の席に移った有果が腕枕をしてスースーと静かな寝息を立てて寝ていた。
失敗したとはいえ、いつも起きないはずの時間に起きてくれたのは感謝している。けどこのままじゃだめだよな。俺とお前と本当に付き合っちゃだめなんだ。
つんつんと頬を指先で突くと、泡を食って口から垂らしていた透明な体液を拭った。
「むぅ。女の子が寝ているところを起こすなんてマナー違反だよ」
「部長にバレたよ」
「起きて一番に伝えるのがそれって、目覚め悪いよぉ」
「隠してはくれるそうだ。で、部長からどうもお付き合いしますってオーラがないらしい」
「あーやっぱり失敗しちゃってたのか」
「うん。だからなにか参考書となるものでも探して真似してみないとダメだそうだ」
「参考書か、私の部屋に恋愛漫画とかあるからそれ参考になるかな? といっても少女漫画だから男の子が共感できるかわからないけど」
少女漫画か。演技の相手は相田がターゲットだから女性目線で見るのならむしろ合致するかもしれない。
「じゃあ今日の放課後お前の部屋に行くわ」
「え、今日? ちょっと行くのは遅れてからにしてくれない」
「何かまずいことでも」
すると今朝の朝寝坊の時と同じようにムッと頬を膨らませてむくれた。
「女の子の部屋は準備が必要なんだから」
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