黒歴史
「また明日な有果」
バイバイと家の前まで送ってくれた渡会君もとい仁君に手を振ってサヨナラする。高校生になってから久しぶりに送ってもらったことがありけど、新鮮味はなくもう見慣れた光景だ。いやいや幼馴染モードになったらダメだって自分で言ったくせに人のこと言えないよ。明日はちゃんとこっそりお付き合いしているカップルに切り替えないと。
家に上がって自分の部屋がある
「お帰り、さっき渡会君が送ってもらっていたみたいだけどまた付き合っているの?」
「違うよ。たまたまだよ」
三度目のお付き合いとはいえ、今回のは完全秘匿。こっそり付き合っている設定なのだ。変なところから洩れてしまわないように情報統制は女子の付き合いの処世術……というのは友達のクリちゃんこと
「あんたたち仲いいんだからまたくっつくと思っていたのにねぇ」
「幼馴染だから男女の仲になるなんて漫画の中の話だけだよ」
「毎月新しい漫画買っているあんたが言う言葉にしては現実的ね。女の子なんだからもっと恋とか夢とか見たら。愛しの王子様が迎えに来るとか」
「お母さんそれいつの時代の恋愛観? 昭和だよ昭和。今令和」
母の古臭い恋愛観を冷やかして、逃げるように自分の部屋に入って制服を脱ぐこともせずベッドに飛び込んだ。
女の子は恋愛をしたいもの。もっと夢を見るもの。いったいどこにその認識が芽生えたのだろうか、未だに私には発芽すらしていないのに。
その共通認識を理解できていないことを小学生の時に思い知らされた。
「清水君ってかっこいいと思わない?」
「え? そう?」
「だって清水君スポーツ万能だし結構モテるんだよ」
小学校の給食の時間、いつもなんとなく近くの女の子のグループで固まっていた私は友達のかっこいいという定義に理解できなかった。私が知っているかっこいいとはテレビや舞台で歌や踊りや劇を華麗にこなせる人だ。トークショーでは気さくで照れ屋な芸能人が一変して怖い悪役からきれいな歌声まで出せる。これが私の知っていたかっこいいだ。
では清水君はどうだろう。たしかにサッカーでは活躍しているとよく聞くし、男子女子問わずみんなの中心にいる。でも私の思うかっこいいではない。
「そーなのかな」
「ありかにはわからないの~」
「私も清水君いいと思った。ねえもしかして、告白しちゃうの?」
「うーんでもわたしまだ小学生だしねー」
彼女はそうやって言葉を濁すが、きっと告白するだろう。そうしていつの間にか周りがキャーキャーと色恋沙汰の話になり、みんながその津波に上手に乗っていく中、私はどこか遠くからその津波に乗っていくみんなのようすを呆然と眺めているような感覚に陥っていた。
おしゃれな小物とかかわいい服とかそういうものにはいつもついてこれたのに『かっこいい』男子となると立ち尽くしてしまう私がそこにいた。
おかしいのは私なのかな。
ハブられるのを避けるべくクラスの中でかっこいい人を探し始める。けど私の中で『かっこいい』が合致する男子なんていないのではと思っていた。すぐ頭の中の検索結果一覧から一人該当する人物を抽出してくれた。
渡会仁君。幼稚園からずっと一緒の男子。みんなには知らないが毎月老人会の催しで演劇に出ている。前に彼が出ていた演劇を覗いてみたら、ドラマの俳優と同じく舞台に上がる前とは全く違う顔を見せていた。そうだ。渡会君なら私の『かっこいい』に当てはまるじゃないと安堵して彼の名前を出した。
「私は渡会君がいいかな」
「渡会君? んー、まあまあの線かな」
「私は渡会君のことは良いと思うけどね」
清水君が好きと公言した彼女は少し不満げであったが、周りの友達はうんうんと買うてしてくれた。
「じゃあ、ありかは渡会と付き合うの」
え? カウンターのように飛び出してきた言葉に一瞬戸惑った。
「だって渡会君がかっこいいなら、付き合いたいって思いたいと思うのは普通じゃない」
「ありかちゃんそうなの?」
思い返せば清水君が好きというのは彼女のマウントだった。それを私にもいると発言してしまったせいで彼女のメンツをつぶしてしまい、ムカついたのだろう。
しかし恋もマウントもわからない私は頭の中がみんなに詰め寄られてぐるぐるてんやわんやとなってしまい正常な判断とかできず、もう売り言葉に買い言葉気味に席を立つと別のグループにいた渡会君の前で「付き合って!」と勢いで言ってしまった。
「うん。いいよ」
あまりにも軽く、それも即答で返したので私も友達も渡会君の席の周りも驚きを通り越してぽかんとしていた。
けど所詮は小学生。付き合うと言っても彼の演劇を見に行ったり、近所のスーパーへ一緒に買い物と友達だった時といつもと変わらなかった。一方で清水君が好きと公言した彼女も結局付き合ったものの長続きせず次の学年に上がる前に別れてしまった。
第二次もそうだった。中学生となると小学生以上に集まると誰が腫れた惚れたと色恋の話が冒頭から出てくるほど話のネタになる。誰と昔付き合っていた。最近疎遠になっている。はたまた年上の人と遠距離恋愛などと真剣な交際をしている子までいた。
私も疎遠であるが付き合っていると伝えたが、他のみんなと違ってきちんと答え得られなかった。周りが高度な恋愛をしているのに、私のはお遊戯をしているようだった。
そして高校に上がり進学のドタバタも落ち着いて、ふとまた渡会君と疎遠になっていることに気付いた。恋人がすでにいる友達はみんな時間の合間を縫ってお互いの時間を作っているというのに……
あれ、もしかして私、みんなに流されて一人だけ盛り上がっていない!?
「あー恥ずかしい。恥ずかしい。黒歴史よ消え去れ~」
そう私は渡会君に恋しているじゃなくて、恋に恋しているだけにすぎなかったことをようやく理解し、またも恋人関係を自然解消したのだった。
一人のぼせ上っていた昔の自分が恥ずかしくなり、枕をボンボンと後頭部に何度もぶつける。痛みとかまったくないけど、過去にしでかしたことを払うには何か刺激として表したかった。
「有果何してんの。もうすぐご飯できるから用意手伝って」
「なんでもない。今行く」
軽く嘘をついて、ベッドから起き上がるとまだ制服のままであることを思い出し部屋着に着替える。するとピロンとLINEの着信メッセージが鳴った。相手は渡会君からだった。
『改めて第三次お付き合いよろしくな』
これで三回目。だけど今回は幼馴染であることに甘えて何も考えず付き合っていたのと違う。今度の付き合いは渡会君が本当の恋を応援してあげる付き合いだ。挑発するための偽カノジョなんていじわるな女とみられるだろうけど、これぐらいするのは十分な対価だ。一方的に付き合っておいて、いざ元彼が本気の恋に応援しないなんてする方が十分身勝手だ。
『こちらこそ、偽カノジョとしてよろしくね』とメッセージを送った。
大丈夫。だって今までずっと私は彼のカノジョではなかったのだから。
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