偽彼女
ふらふらと体に身が入らないぐらいに揺らしながら、体育館から出て行く。相田から放たれた言葉による心障でついに脇役すらできないほど摩耗し、途中で帰宅する羽目になった。
ずっと恋しているんだなと、本気の初恋で両想いと思っていたのが俺の一方的な勘違いだったなんて。
五月も半ばを過ぎて五時を回っても白くにじむ陽の光が、じわじわと身までも削るかのように突き刺さってくる。体力も精神もゴリゴリ削られながら校門から出ようとするとスカートの裾がふわりと浮かばせて三田が出迎えてくれた。
「お疲れ渡会君、ってめっちゃ落ち込んでるどうしたの?」
「振られた」
「え? 部活前にその話は聞いたけど」
「相田、俺のこと何の感情も抱いてないって」
「え? え? どういうこと。とにかくどこかコンビニに入って休もう。顔めっちゃグロッキーだよ」
よほど今の俺の顔はカジモド級に酷いらしく、狼狽しながら俺の手を引いて学校の帰り道にある入店時に音階を奏でるコンビニに入った。学校近くともあってか、入店客補ほとんどがうちの制服を着ている人たちであるがさすがに先に帰った相田の姿はない。
このコンビニには席数は六席と少ないがイートインスペースがあり、ちょうど空いていた二席を占領させてもらい先ほど部活での一幕を話した。
「うぁ。最悪じゃん」
「一日で二度も振られる高校生なんて珍しいよなははは」
「自虐してごまかさないで。渡会君の言い方にちょっと問題はあるかもだけど、告白を断ったばかりのその日にまた会いに行くなんて無神経すぎるよ。はい、これ飲んで元気出して」
「二度もサンキューな」
またもおごってもらったそれをそのままストローをすする。どろっと甘いものがのどを詰まらせた。ゲホッケホ、一瞬噴き出しかけたが何とか飲み込みもらったそれのよく見ると『どろっとのどに刺さるほど超濃厚ヨーグルトピーチ味』と担当開発者のしてやったりとした顔が浮かぶ代物で、別の意味で噴き出しそうになった。
「新作の飲むヨーグルトダメだった? ごめん普通の買ってくる」
「いや好きだよ。ちょっとどろっとしたのが入ってきて咽ただけ」
今度は咽ないようゆっくりとすする。そういえば三田は気分が落ち込んだ時にはよく飲むヨーグルトを飲む習慣があったな。飲むヨーグルトは腸内だけでなく心も掃除してくれると豪語して、一緒にコンビニとかスーパーを回って新作の飲むヨーグルト探しをしていたぐらいに好きだから俺にも元気を出すように勧めてくれたのか。
さすが幼馴染というべきか。
「渡会君、まだ相田さんのこと諦めきれてない」
「部長にも宣言したけど、俺の初恋の相手だからまだあきらめてないし振り向かせてやりたいと思ってる」
「…………じゃあ私とまた付き合ってみない?」
「え?」
脈絡のない言葉が飛び出してきて、一瞬頭が理解に追いつかなかった。頭を整理して三田の口から出た言葉をもう一度聞き直す。
「付き合うってどういうことだよ」
「たぶんあの人恋の駆け引きというか、意地悪しているんじゃないのかな。渡会君が部活に行っている間にちょっと相田さんのうわさを聞いてみたんだけど、何人もの男子が彼女に告白して同じ返答されたらしいよ」
部活が終わるまでずっと学校にいたのは、相田のことを調べて遅くなっていたのか。あちこち交友関係が広い三田だからできる芸当ではあるが、たったそれだけの時間で相田ふなみの情報を嗅ぎ回れるとは。
「俺含めて全員蹴っているってことか。恋愛に興味ないとかか?」
「そうじゃないと思う。何人もお付き合いしたいって人がいっぱいいて、その度OKだしたら安い女と見られちゃうと思われるだろうから。彼女クラスでは高嶺の花的な雰囲気纏ってそれに本当に恋愛に興味がないとかなら直接そう言えばいいし」
言われて見ればそうだ。そういうことなら、告白を断ったときにそう言うのがベストであるはず。何かしらた事情があるのなら三田の言うようにそうするだろうに。
「それでお前と付き合うのとどういう関係があるんだ?」
「駆け引きには駆け引きだよ。私と偽の恋人としてイチャイチャしているところを見せつけるの。女の子は、自分が気になっている男の子が他の女子と自分の時よりも仲良くしているとムカつくものらしいから」
「らしいって自信ないのかよ」
「いやぁ、私も友達からの又聞きだから実践したことないし」
「というか付き合ったことがあるの俺とだけだろ」
「ノリと勢いのだけどね」
にへらと顔をくしゃっと口元を緩ませると自分で買った分の飲むヨーグルトをすする。
にしてもなかなかハードことを言う、恋の駆け引きなんて恋愛上級者が使うであろうことを初恋で恋愛初心者の俺に提案するとは。うまくやって成功すればそれに越したことはないが、俺たちは付き合ったといってもほとんど幼馴染の延長で終わっていて、ちゃんとした付き合いもイチャラブカップルというのも未経験だぞ。
それに。
「お前はそれでいいのか。もしも成功したら三田が当て馬になるし、そのまま付き合っても俺たちの事情を知っている人からしたらまたノリと勢いだけで終わると噂建てられるぞ」
「う~んそれでもいいかな。ノリと勢いでのも中学の時でもそう噂されていたから今更だし」
「じゃあ却下。最初の予定通り百一回目のプロポーズ作戦を続けた方が気が楽だ」
「でもその方法だと、渡会君の精神に毎回ダメージくらうよ。さっきの部活でも全然集中できてなかったよね」
またも飲むヨーグルトがのどに詰まりかけた。お前、部活の方もこっそり見ていたのか。神出鬼没め。
「私ね。渡会君がちゃんとした恋をするのを陰ながら応援したいの。中学まで私に付き合ってくれて色々迷惑かけたから、恩返ししたい。でも傷つきながら恋するなんて、見守っている側としては耐えられないよ。ほろ苦い恋をするより暖かく実る恋を応援したいもん」
くるりと整った顔をこちらに向けて真摯な目を向けてくれた。
そういえば俺が振られた時も一番に察して駆けつけてくれたのも、俺の恋を応援し励ますためにしてくれたのか。そうまでして応援してくれているとなると、ちょっと罪悪感というものがしょい込んでしまう。
「わかった。とりあえずまた恋人っぽいことをしてみようか」
「うん。よろしくね仁」
「どうか短い付き合いでありますように願いますかな。有果」
こつんと二つのプラスチックボトルを突き合わせるとペコンとへこみ元に戻る。そして一緒のタイミングで中身を飲みごちそうさまして、長いしたコンビニを出ると赤い夕日が遠くに消えかけてて、街灯がちらつき始めていた。
「で、付き合っている男女てどうすればいいんだ?」
「えーと映画館行ったりとか遊園地行ったりとか?」
「いやこんな時間にはもう無理だろ」
「じゃあ手をつなぐとかしてみる?」
はいと差し出された俺よりも一回り小さな手。さっきまでこの手でコンビニまで引っ張ってきた手のはずなのに、改めて差し出されると奇妙な感覚に陥る。ぎゅっとその手を取り、街灯のスポットライトを浴びながら同じ帰り道を歩いていく。とりあえず外観は付き合っているカップル風には見えているのかも。
「なんだか集団登校のときにつないでいたことを思い出すな」
「そういえばあったよね。小学校の時に三年生まで通学路まで迷わないように手をつないで登校しましょうって」
「そうそう。あの時の三田は結構人見知りだったからいつも俺の手しかつながなかった」
「それ幼稚園の頃と勘違いしてない? その頃はもう人見知りもなくなっていたし、友達もできていたよ」
「そうだったけ?」
まだ十代だというのに記憶がごっちゃになっているなぁ。
けど事実、有果は昔人見知りだったということは記憶にありいつも俺の後ろに隠れていた。俺の場合は小さい時から近所のじいちゃんばあちゃんたちに可愛がられて、その延長で老人会の公民館で舞台劇をやらせてもらっていたから、自然と人見知りもなかった。
突然有果が手を離して俺の前に出てくると、ぶーっと頬を膨らませて怒っていた。
「これじゃあまた幼馴染モードだよ。もう一度やり直し、イチャラブカップルモードで」
「ごめん。テイクツー」
改めて手をつなぎ直して、カップルモードをしてみせる。幼馴染とカップルどう違いのだろうか難しい、こんなので付き合っているように俺たち見えているのかな。
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