デート? お買い物?
六月に入って初めての晴れ間の日。いつもの休みの日は部活の練習か一日ごろ寝しているかの二択なのだが、今日は有果がデートをしようということで電車を少し乗った繁華街に着ていた。
「で、どうして今日デートなんだ?」
「それはね。よくこの辺りで相田さんを見かけるという情報が入ったの。そこで今回はジェラシープロジェクト第二弾、私と連れ添っている姿を見せつけてやろうだよ」
「なんか捻りがないというか原点回帰というか」
「相田さんがだいぶ仁君に接近しているから、今からこれぐらいでも十分効果ありだよ。ついでに演劇部の題材探しもやって一石二鳥を狙うつもり」
デートと言う体裁のためかかなり気合が入ったコーデをしている。
ぶらりと垂れ下がったサイドテールはそのままに、夏場で似合う涼し気なハーフパンツのデニムに白シャツとスタジャンとボーイッシュな雰囲気のコーデだ。繁華街でなくても広場でブーメラン投げとかして遊んでも似合いそうだ。
「そう上手くいけばいいんだけどな。まずはこの付近を歩き回って相田を見つけることだな。で、どのあたりに出没するのか情報は得ているのか?」
「えーその。えへへ」
「わからないのか」
「聞いた話だと、相田さん毎週日曜日と水曜日の二回ぐらいここに出没するというのはわかっているのだけど。すぐに見失ってしまってどこに行ったかわからないの。私もこの間、学校の帰りにも相田さんに会ったのだけど外だとかなり人目を避けているみたいだった。放課後になってすぐなのに私服姿でおまけに髪の毛をわざわざ帽子の中に隠して書店に着ていたんだよ」
それは怪しいな。俺も時々アニメの原作が欲しい漫画を買いに地元のアニメ専門店へ行くが、ちょっと知り合いに見られたら恥ずかしいから制服で行くことはないのはある。だが普通の書店でそういうことをする必要はないだろう。
「ということは先に書店か」
「そのつもり。仁君が後でもいいならそっちに切り替えてもいいけど」
なんか行き当たりばったりだな今回の計画。だが繁華街なら地元の書店よりも、幅広いジャンルとか取り揃えていそうだし、題材に良さそうなものが見つかるかもしれない。早いところ部長が納得いく題材を見つけたいものだ。
先に大きい書店へと歩いていくまで、有果と手をつないでいこうとするが六月になって初めての晴天ということもあり人通りが多く(あんまり慣れていないこともあって)なかなか手をつなぐことができない。
クソっ、じゃま。別に相田が今いないから手をつなぐ必要はないのだけど、こんな近くにいてつなげないのが腹が立ってくる。
俺たちが人の波にのまれてくっついたり離れたりを繰り返している一方、隣にいるカップルと思わしき男女は繁華街に慣れているのか悠々と人の波をスイスイ進んでいた。しかも手じゃなく肩を抱いてという高度なテクニックをして。
あんな歩きにくい形でよくもスイスイ進んでいるな。あれが恋人がなせる技というのか。
「仁君どこ~?」
「後ろ後ろ。ちょっち人が多いからから道外れよう」
「りょーかい」
とりあえずこのままだとはぐれるから一旦わき道に逃げて……ぽすん。その矢先脇の所で柔らかいものがぴったりとくっついた。見ると有果が俺のわき腹あたりに手を回して抱き着く形でつかまっていた。
「おいおい。有果それは」
「え? なに?」
わかっていないようだが、当たっているのだ。女の子特有の柔らかいのが。しかも蒸し暑い季節なので必然的に布地が薄いものを着ているから、その凹凸がある感触がほぼ直にくる。おまけにこの混みあいっぷりで剥がそうにも剥がれられない今の状況を自覚してくれと頼みたいところだが、今は脇道へ逃げることが大事だ。
がんばれ俺。理性が勝て俺。
有果を引きずり形でやっと人混みが少ない脇道に外れたところで、切り離すことができた。抱き着いたおかげではぐれることはなかったが、少し身長が小さい有果はだいぶもみくちゃにされたようで、ぴょこんと飛び出ていたサイドテールがあっちこっちに跳ね散らかしていた。
「大丈夫か横尻尾びょんびょんだぞ」
「髪の心配より私のことを心配してよ」
逆の意味で心配だったんだけどな。
「すまんすまん。やっぱ繁華街だから人多いな。ちょっと人通りが少なくなるまでどこかに入るか」
「どこにする? お昼にはまだ早いし、スタバは……ちょっとお高いしね。お菓子もおいしくないし」
となると飲食以外だな。書店までここからだとまだ遠いし。少し歩いてどこか俺たちが入れそうな場所はないかとうろつくと軽快な音楽が流れてきた。地元では見かけないゲームセンターだ。ちょうど『太鼓の鉄人』が入り口の近くで鎮座してそこからさっき聞こえた軽快な和太鼓の音で遊ぶ音を誘っている。
「ちょっとここ寄ってみようか」
「おー、ゲーセンか。私ゲーセン入るの始めて」
時間つぶしのためにゲームセンターに入ると思っていたよりも色々な筐体があって目移りがする。ガンシューティングにバスケットボールどれで遊ぶか悩むな。有果はゲームセンターに来るのは初めてだからルールもわかりやすく簡単やれそうなゲームは、とちょうどいいところにエアホッケーがあった。
これならルールも単純だからいけるだろう。
「エアホッケーやろうか」
「うん、じゃあ二ゲームね」
両替機で専用のコインに換えて二つほど入れるとポッケから円形の白いホッケーが出てきた。同時にブアアアとホッケー台から押したら反発が来る程度の空気が噴出されて準備がされていた。
カン。軽く駒をシュート、ぐるりと一回転しながら左サイドの壁に当たってゆっくりと有果のゾーンに入る。ぺろりと有果が小さく舌を出して狙いすますと、ガンと強く駒を弾き返し一直線に俺のポケットの中に滑り込み、ガコンと駒が最初に出てきたところに落ちる一点先制の無情な音が鳴った。
「へへ、一点先制だね。ブイ」
「ハンデだからな。一点ぐらいすぐ返すぞ」
「ハンデでも全部入れれば関係ないよ」
このやろう。見てろよ、白が圧倒的に少ないオセロのように絶望に叩き落してやる。
今度は最初とは逆に強くショットを放つが、勢いがつきすぎたのかポケットから逸れてしまった。あまりの速さに有果は手が動かず、駒が壁に当たってスピードが落ちるのを待つことを決めたようだ。
「ねえ、昨日と同じこと聞いていい?」
「なんだ」
「昨日読んでもらった小説。本当に面白かった?」
駒が有果の前でゆっくりとやってくる。そしてコツンと軽く当ててゆったりと俺の陣地に入ってくる。今度は角度を付けてスマッシュ、駒が横の壁に当たりながらいくつものZの字を横に描いてスライドして進む。
「本当だって、俺が嘘をつく理由があると思うか」
「そうは思わないんだけど。なんかね自分が書いた作品を他人に見せると不安が押し寄せてくるんだ。文章ミスってないかなとか、この展開無理やりすぎておかしくないとか、キャラがぶれてないとか。仁君が読んでいる間もけっこう心臓バクバクだった、しっ」
一番左端に滑ってきた駒を直進で打ち返した。かなり勢いよく打ってきたのか、薄汚れていた駒が中心で渦を巻きながら、ポケットに直進してくる。ポケットの手前で駒を受け止める形で待ち構えてカットする。跳ね返った駒が勢いそのまま四隅をコツンコツンと壁という壁を跳ね返っていく。もちろん有果には止められないからまたも傍観だ。
「おっと、小説って他人に見せるものなんじゃないのか」
「私はちょっと違うの。布団の中に入ってまだ眠くならないまでの間、頭の中に読んだ漫画をベースにして自分だけのお話を作るの。それでいつの間にか寝てしまうんだけど、いつの間にか頭の中が毎日思い描いていたお話が広がりすぎてパンクしかけてたの。それを解消するために書いてきたから、部長さんやクリちゃんのように読む人のことを考えて書いてないんだ。だからあれは自分の好きなものを詰め込んだだけで、他の人に読まれて指摘されるとなると怖気づいてしまうから」
そういって勢いが弱まった駒を有果が打ち、またも直進して俺の陣地に入ってくる。
そうか、あれは有果が自分の好きをいっぱい詰め込んだものか。どこかで聞いて体験したような話もあったから、それに共感して面白いと感じたのかも。でもそれを抜きにしても。
「あれは俺が見たというのを抜きにしても面白いと思う。うちの演劇に使えるほどな」
「へ」
一瞬の油断だった。有果が放った駒は俺のポケットに入らず跳ね返ってしまい、自分のポケットの中へオウルンゴールを決めてしまった。
「ああ!? やられた! ずるいよ。心理戦でだますの反則」
「心理戦じゃねーし。というか本当にあれ、部長たちに見せてもいいと思う作品だった」
「……ほんと?」
「本当に本当。というかこれで二度目だっての」
駒を挟みながらにっこりと台から顔を上げると、何か吹っ切れたような顔をしていた。
「じゃあ、さっきのは許します。その代わり私が勝ったらコンビニデザートおごってもらうからね」
「許してねーじゃねーか」
***
「結局遊びに遊んでしまったな」
「ゲームセンターなんて久々だったから暑くなりすぎちゃった。おかげで題材選び忘れるところだった」
ゲームセンターを出たころにはお昼の時間を少し過ぎてしまっていた。
あれからエアホッケーを続けたがイーブンで時間切れとなり、二回戦という形でガンシューティングの点数で勝負すると梯子をして熱中してしまい、結局昼ご飯を食べるのを忘れているアラームがなるまで勝負を続けてしまった。勝負がうやむやになったがこれは引き分けという形で終えよう、思い出さしてしまったら俺の財布の中身がすっからかんになってしまう。
「どこでお昼する? お昼過ぎているからどこでも空いていると思うけど」
「そうだな。マクドは近所にあるから、サイゼでも」
ポツンと鼻頭にしずくがポトリと落ちた。二つ、三つとしずくの数が増えて雨が降り始めた。
「嘘っ、今日晴れだから大丈夫だと思っていたのに」
「近くのビルに入ろう。雨に濡れるぞ」
ボトボトと大粒の雨が数を増やして落ちる合間に雑居ビルの中に入ったタイミングで一気に大雨に代わり、文字通り滝のように降り始めた。
まったくついてないな。スマホで天気予報を確認すると、どうやらにわか雨だそうだがしばらくは振り続けるらしい。あまり温かい格好をしていないしもうすぐ夕方だから、あまり降り続けてほしくはないな。
「これじゃあジェラシープロジェクトも、脚本探しも台無しだよ」
後者はともかく、ジェラシープロジェクトに関しては肝心の相田が見つかっていない以上実行すること自体が不可能なんだよな。しかし、本当にこのあたりに相田がいるのだろうか。
「え゛!? なんでここに」
後ろから聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。振り返ると雑居ビルの奥から相田がおっかなびっくりとした様子後ずさりしている。そして彼女が持っていた分厚いカラー用紙には『声優オーディションのお知らせ』という派手な色で書かれた文字が見えていた。
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