声優!?
いそいそと持っていたパンフレットを後ろに隠してビルの外に出ようとする相田。しかし外は土砂降りの雨、彼女の手には傘のようなものは持っていなく逃げようにも逃げられない状況となっていた。
「えっとこれはその」
あの冷静沈着そうな相田が狼狽えている。目も視線が泳ぎ、俺たちに目を合わせようとしない。
「その声優オーディションって」
「っ!!」
有果が指さしたチラシを相田は慌ててカバンの中にしまおうとする。けれども動揺しきってしまっていた相田はカバンの中身ごとチラシを落としてしまい、コンクリートの床の散らしてしまった。そのカバンの中には『声優業界について』『かわいいキャラ声の出し方。これで君も萌えキャラ』『推田声優学校カリキュラム』など口にしなくても一目で何をしているかわかる本があり、そのうちの『推田声優学校』は入居案内板の三階に同じく『推田声優学校』という文字があった。
「もしかしてこのビルにある声優学校に」
「そうよ。私、声優を目指しているの、おかしい? いいわよ笑えばいいじゃない」
散らかしてしまったカバンの中身をいそいそと一人回収しているところで相田がキッとにらみつけて学校にいるときとはまるで別人のように敵愾心むき出しに威嚇しだした。いったい何で俺たちを敵視するのか全く理解できない、振られたとはいえ声優と恋愛ではまったく関係がないじゃないか。
「相田、なんで俺たちをそんな風に睨むんだよ」
「だって、声優を目指すなんて言ったらアニオタなのって馬鹿にするでしょ!」
「俺は馬鹿になんてしない」
「…………っ」
「相田さん、仁君はそんなこと言う人じゃない。幼馴染の私が絶対保証する」
有果の援護射撃もあったおかげか、相田は背けていた視線を少しこちらに向けてくれた。
「私ずっと声優になるのが夢だったの。自分の好きな漫画に声が吹き込まれて、漫画の人物たちが本当にそこにいるかのように動くのが大好きで、いつか自分も自分が読んだ漫画のキャラを本物にする仕事に立ちたくて。そのためにどんな役柄でも対応できるように色々な漫画を読んだり、おすすめのアニメ教えてもらったりしたの」
それで漫画のことになると素直に鳴ったり、自分の方から近づいて行ったのか。前に安宅に聞いた漫画を貸してくれた男子も好きな漫画のことで交わしていたということか。
「でもそれなら隠し事する必要ないじゃないか。立派だよ」
「渡会さんと三田さんに聞くけど、二人はアニメと漫画毎月どれくらい見ている?」
「私は漫画専門だからアニメは見ていないけど、アプリで」
「俺はそんなにだけど、だいたいアニメは配信でやっているのを三本ぐらいかな」
「だよね。それが普通のラインだよね。私はね、漫画はアプリも含めて三十作品、アニメは朝はもちろん夕方も深夜アニメも欠かさず全部チェックしている。今季は十本、お気に入りの奴は練習も兼ねて繰り返し見ている」
多っ。というかそれは本当にアニメオタクという……あっ。
俺の反応に気付いたのか、相田は冷ややかな目を向けていた。
「ほら引いた」
「いやその、ごめん。じゃないよな。てっきり相田は演劇派だと思っていて。そんなにアニメとか見ているとは思わなかったんだ」
「演劇を見始めたのは去年あたりからなの。毎週ここの声優学校に通っているのだけど先生から演技に力が入っていないって言われっぱなしで、オーディションでも同じような理由で不採用が続いていたの。だから指導の先生に演劇を見て発声練習を見た方がいいって言われてしばらくどんな風に演技しているのか参考のために見ているの。演劇のどの部分を見ればいいか、音だけ聞いても面白いとか先生に教えてもらってね」
その言葉は俺が演劇を耳だけで聞いていた時に受け売りだと話していたことそのままだった。
「あっちこっち演劇を見てきたのだけど、なかなか自分に合うスタイルの演劇の人に出会えなくて。そんな時文化祭で演劇部の舞台を見て、これを参考にしたいと思ったの」
「じゃあ、ずっと演劇部で仁君のことしか見ていなかったのは」
「彼が一番役として参考になると思ったから。実際渡会さんの演技は、声の出したとかすごく参考になったわ」
参考になった。
あっそういうことだったのか、そもそも思い違いしていたのは俺の方だったんだ。相田はずっと俺のことを漫画を貸し借りしていた男子と同じく演技を見ていただけで、恋をしていたわけじゃなかったんだ。
「それで「勘違い」だったのか。そうかそうだったんだ」
「よくない!!」
突然隣で聞いていた有果が地団駄を踏んで激怒した。憤怒の形相をしてずいっと相田を壁際に押しやった。
「なんでそうだって言ってくれなかったの! 仁君はそういうことだって話してくれたらちゃんと受け止めるし、それを隠して追いかけまわしたら勘違いするに決まっているじゃない」
「だ、だって私ただ見ていただけで」
「ちゃんとそうだって言わなかったらわからないよ! それで仁君スランプ起こしちゃったんだから。責任取りなさいよ!」
いつもは怒ることがない有果が俺のためにここまで激昂したことに立ちつくしてしまった。それは相田も同じことであまりの迫力に反論もできず持っていたカバンをまた落としてしまい有果の怒りを受け続けていた。
いかん、ちょっと引きはがさないと。
「有果落ち着け」
「だって、だって。そんな理由で。一方的な恋に終わるなんて……」
ホールディングして相田から引きはがすと有果はぐったりと腕の中で小さく嘆きの声を上げた。
「ごめんなさい。知らなかったじゃすまされないわよね……」
「いや、俺も一方的な勘違いで困らせたみたいで。俺の方も相田のことを魔性の女とかちょっとムカつく女だなと勝手に思っていたし」
「優しいわね」
相田が落としてしまったカバンを拾い上げると、いつの間にか雨が止んでいた。そしてぺこりと俺たちに向かって深々と頭を下げる。
「今はまだ責任の取ることはできないけど、渡会さんに迷惑をかけた分はちゃんと返すつもりだから」
雨上がりで濡れた繁華街のアスファルトを蹴って去ってしまった。そして残された俺は膝を抱えてうずくまる有果になんて声をかければいいか悩んでいた。
気にしていない。大丈夫? どれも違う。
どうしてそこまで俺のため怒ってくれたのか、自分が飲み込めていなかった。俺が怒らなかったから代わりにしてくれたのか。整理ができてない。
それでも有果に何かしら言葉をかけてやらないとずっとこのままうずくまったまま動けなくなるのが一番怖くなる。
――ぎゅるるる。
ん? これって。
「お、お腹空いた…………怒ったら余計にお腹がぎゅうっとくる。う、動けない」
「そういえば昼飯まだだったよな。ほらあそこにマクドあるからそこで飯にしよう」
「う、うん」
肩を貸して動けなくなった有果をマクドにまでひきずりながらビルを出る。先ほど先ほどまで俺のために怒り気迫に満ちていた有果の顔はどこにもない、まるでさっきのは一雨が見せてくれた幻想ではないかと思うぐらいへなへなとしている。
胸がもやついている一方で、雨上がりの空は気にしなさんなと語りかけるように清々しい晴れ空が広がっていた。
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