見せつけてやろうか

 録画した深夜アニメにエンディング曲が流れ始めると最初に流れる声優一覧のクレジットに『相田ふなみ』と見慣れた六文字の名前が現れた。


「本当に相田だ。というかぜんぜん相田の声だとわからなかった」

「本名でクレジット出しているんだ。相田さん自分が声優やっていることひた隠していたのに」

「自分が声優をやっていることを話したら、みんな受け入れてくれたから隠すことがバカらしくなったらしいんだって」


 あのオーディションに合格した後も相田はいくつかアニメオーディションやらラジオのパーソナリティに応募し続けた。合格したり、不合格だったりと苦戦していたが、初めてオーディションに合格したことで肩の荷が下りたようで、やっと親しい人に自分が声優をやっていることを告げたのだ。


 自分から声優のことを話すのはすごい決断だったのだろうけど、肩透かしなぐらい受け入れられたのは僥倖だ。


「にしても相田さん本当にうまいね。声優ってけっこう声変える人もいるけどたいていそういうのはベテランがやることだし。相田さんこれ初声優でしょ。たぶん回数とか役をこなす数を増やせば」

「声優オタみたいな感想しているな」

「最近動画配信サイトでアニメを増やしているの。アニメのことを知らないで声優を語るのは失礼だし」

「勉強家だな。俺もいくつかおすすめアニメ紹介してくれよ」

「この前も漫画貸したばかりなのに。まあいいよ」


 口ではしょうがないなと言いたげだが、嫌味もなくフラットに受け入れる有果。話しているうちに次回予告も終わり、CMに入る直前で停止ボタンを押す。


「あらお友達が出ていた漫画もう見終わったの。渡会君飲み物おかわりいる?」

「ゴチになります」

「相変わらず仲がいいわね二人とも。やっぱり幼馴染だからかしらね」


 三田の家はテレビがリビングにあるので、ばっちり有果母にも俺たちが見ていたアニメを見られていたのだが、有果母もアニメ(なぜか漫画と呼ぶのだが)をよく見ていた人らしいのでそこまで目くじら立てなかった。

 しかしどうやら俺たちがまだ友達感覚でいると思っているようだ。


「有果、おばさんに俺たちが付き合っていること知らないのかな」

「たぶんね。というか学校でもそんな感じでしょ。半年も経っているのにみんな四回度目のお付き合いだと思って話題にもしないじゃない」


 終業式の後、相田と破局後のすぐ後に有果と第四次お付き合いをしたと噂が起きたのは想定の範囲内だった。別れて数日の後に幼馴染に乗り換えるなんて尻軽とか軽薄だと噂が広がって弾劾されると思ったが、『幼馴染』であるから慰めにとか、またすぐに別れるだろうという噂が競り勝ってしまい、俺たちの噂は自然消滅した。


 今まで何度も付き合っておいてやっと告白というおかしなカップルであるが、そんなおかしなカップルにしては驚くほど二人の間にはおかしなことは何も起きなかった。


 ただ漫画を読んだり、コンビニ寄ったり、アニメを見たり、部活に来たり。

 春ごろにやったジェラシープロジェクトをやったときの方がまだ立派にお付き合いをしていたぐらいに特別なことも驚きもない。けど肩ひじを張らない平々凡々なお付き合いだ。


 そんな何事もない時間を一緒に過ごしていくぐらいが俺にはちょうどよく、演劇にも力を入れることができた。


 だが俺たちに何もなかったとはいえ、周りは結構変化が起きていた。

 三年の鬼島部長が引退し、安宅が正式に部長になったこと。

 時折有果が演劇部の脚本を出してくれるようになったこと。

 そして相田が放送部を辞めて演劇部に入部してくれたこと。


『渡会さん。次の演劇だけど私スケジュール取れそうだから参加するよ』


 相田からLINEが届いた。

 声優業の兼ね合いもあり、練習や本番になかなか顔を出せないのだが演じることが本職である彼女の演技力は現在部員随一の実力を持っている。これは俺も負けられないな。


「どうしたの。嬉しそうな顔して」

「相田が次の演劇に参加できるって。主役取られないようにしないと」

「また演劇バカが再発しちゃったよ。今年から受験生なんだから勉強にも力入れないと留年するよ」

「手厳しいなぁおい」


 最近ちゃんと付き合いだしてから、有果が遠慮なく俺にはっきりと意見を言うようになってきた。これも恋人効果の一種だろうか。距離が近くなったのは良いのだが、こういうデメリットはちょっと勘弁したい。

 有果母が持ってきてくれたジュースを飲み干そうとグラスに手を伸ばそうとすると、置いてあった場所に俺のグラスがなく有果の手元に持って行ってしまっていた。


「あっ、それ俺の飲みさし」

「――っ!?」


 止めた時にはもう遅く、グラスの中身はもうオレンジ色がついた氷しか残ってなかった。うっかり飲んでしまった有果は俺のグラスを何度も見てどうすべきか困っていた。

 どうするんだ。新しいの持って行くのか? と観察していると有果はそのままグラスを置いて両手を合わせて。


「ごちそうさま」

「こいつ全部飲みやがって! つか、何もしないんかい!」

「だ、だって飲んじゃったものはしかたないもの。じゃあはい。私の飲みさしあげるから」


 有果が差し出したグラスも俺が飲んでいたのとだいたい同じ量のジュースが入っていた。量としては同じだし見合うちゃあ見合うが。これって間接キスの交換だよな。

 けど、自分で差し出したくせに顔がさっきよりも真っ赤になっているぞ有果。


 しかたない。とストローに口を付けて、一気に飲み干す。

 じゅるる。ジュースと氷を同時に吸う音が鳴ると有果の顔はグニャグニャと押しつぶされそうに歪んでいく。


「飲んじゃったんだね」

「うん。飲んでしまったからな」


 お返しという形で飲んだのだが、あれ、なんか急に恥ずかしくなってきた。

 勢いでやってしまったことに、微妙な空気が漂う。


「あーもうやめやめ。話し演劇のことに戻そう」

「そ、そうだな。次の演劇、また有果が脚本書いてくれたものだろ」

「うん。そう、次自信作なんだよ。相田さんに見てもらっても恥ずかしくないようにしたくて」

「夏にやったあれ、相田は好評だったけど」

「あれは自身がない作品。自信作は自分が出しても恥ずかしくない作品のことだから全然違う」


 違いがよくわからん。

 そういえば相田と有果が直接話をするのって久しぶりになるよな。クラスが違うのと相田がこの半年声優業でごたついていてまともに話をする機会がなかったから


「そういえば、相田さんは私たちが付き合っていること話しているの?」

「そのことは前にLINEで伝えたけど、「前の彼女がお二人の間に入ったら迷惑になるから」って自分から距離とっていたから」

「……じゃあ相田さんに見せつけてやろうよ。私の脚本と、私たちの仲の良さ」

「それは嫌味?」

「違う。私たちがちゃんとカップルやれているか安心させるため」


 二つの形の違う手が重なり合う。ふわふわとゴツゴツ。凹凸のある部品がぴったり重なり合うみたいに。俺たちはくっついた。


(HAPPY END)

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