幼馴染は通じ合う
終業式が終わった後、行く当てもなく体育館の裏でぼんやりと座っていた。
三田に自分の気持ちを伝えるのは別れて数日の手前言いづらく。かといって家に帰るのもと悩み、結局どっちつかずの状態でここに居座っていた。
体育館の裏は完全に日陰となっていて涼しいのだが、目の前に木に止まっているアブラゼミがジワジワと煩わしい音をかき鳴らしてて、気だるさがのしかかってくる。
「うざい。場所変えようかな…………」
「何やってんですか渡会」
うるさい音が一層増す中に、もっと
「三田は一緒じゃないのか」
「野暮用で校舎をうろうろしていますよ。というか別れたばかりなのに、他の女の子と口にしていいのですか」
「三田は……そういうのじゃないし。ただの幼馴染だから」
何を言っているんだろう俺は。
腹の内では決めていたはずなのに、素直に口にすればよかったのに、いざ誰かに口を開くと全く逆のことが出てきてしまった。幼馴染を言い訳にしてそういう関係じゃないととっさに反応して否定する。誰かを介して自分の気持ちが伝わってしまいたくないのかもしれない。
しばらく黙っていると安宅が檻の中にいるライオンのように俺の周りをぐるりと一周しだした。
「でた。幼馴染だからカウントしない。いやぁ~めんどくさいですね。幼馴染って、お互いのことを熟知しているから余計にこじらせるのですかね」
「どういう意味だよ」
「別に~」
何か言いたそうなのに、相変わらず飄々とした態度でのらりくらりとかわしていく。毎度毎度のことで慣れているはずなのに、今日ばかりは苛立った。
突然安宅は手をマイクの形にして握り、俺の口元に向ける。怪我でもしたのか手のひらに大きめの絆創膏がべったりと貼られていた。
「ずばり質問します。優しくて気立ての良い幼馴染の三田に好きな人ができたらとニュースが入ってきたらどうします?」
えっ、好きな人ができた? 待て待て落ち着け、あくまで仮定だろ。仮の話だ。
けどどういう意図でこんな質問を。
「それはどういう意味が」
「質問を質問で返すな。質問しているのはこっちですから先に答えるのが通り。はい、アンサーどうぞ」
ばっさりと切り捨てて迫ってくる安宅。今日のこいつしつこいな。
「…………好きな人ができたら、それは本当ならいいことだと思う。前に話したけど、あいつは今まで自分の好きな人が見つけられなくて不安定だったから。それを埋められる人間ができたら、それでいいんだと思いたい」
「思いたい? 渡会の中では納得いかないと感じているのですか」
わずかな会話の隙を逃さず安宅はグイグイとせめて質問してくる。クソ、ただの仮定の話なのにどうしてこんなに胸の奥を揺さぶられ続けなければいけないんだ。
「なるほど渡会のことは誠実な男の子だと思っていたのですが、まさか盗られることがお好きな性癖だとは思わなかったですね」
「お前……つか誰に盗られるんだよ」
「わ・た・し」
にやぁっと指二本でわざと口角を吊り上げて笑みを俺に向けた。
その顔で、さっきから腹に溜まっていたマグマ溜まりが噴火するには十分だった。
「おいふざけんなよ。お前の口から出ることはだいたいおふざけだとわかっているけど、今回のはマジで。俺のことをおちょくるのはともかく、三田のことをそんな風に蔑まされると俺だって」
「おやまぁ、NTRの性癖がないようで安心しましたよ。その気持ちがあるのにああんたはどこを見ているんだよ」
一転、安宅が別の人物に乗り移ったかのように切り替わった。演劇モードでも飄々としたモードでもない、冷たく鋭いナイフのような凍てつく人間がそこで俺に立ちふさがっていた。
「その気があるのなら、下じゃなく前向けや。もうわかってんだろ自分の気持ち。相田に撃沈されても百回プロポーズすると意気込んでいた渡会はどこに行った。こんなところでうじうじしていたら、本当に盗られたときに今更後悔しても自分の責任なんだぞ」
「言われなくても、俺の気持ちはまとまっている。でも時間とか距離とか」
「やっぱりお似合いだよ、あんたら二人。似た者同士だ。問題ない」
ふっと安宅が優しい表情になると、その言葉の意味を理解できた。安宅に押される形でようやく立ち上がり三田を探しに行く。その前に一つ言いたことがあった。
「お前、なんでわざわざイラつかせるようなことをしたんだ。普段のお前ならそんな言い回ししなくてもできたはずだろうに」
「恋っていうのはたいてい嫌な奴が現れたら燃え上がるものなのですよ。私は大切な親友の幸せのために動くだけ、道化でヘイト稼いでも平気ですよもう慣れっこですし。すれ違いで破局なバッドエンドなんて物語の中で十分、ハッピーエンド至上主義なんですよ私は。…………でもアリーを
目を伏せてこちらを見る安宅の眼には、人一人二人殺しても厭わない畏れのようなものがにじみ出ていた。改めてこいつの底の知れなさを思い知った。
***
いない。いない。ここにもいない。
校舎に戻り、三田を探しに一階から教室という教室を探しまくった。LINEで呼びだすこともできたが、メッセージを送ったらなんだか三田がその意図をすぐ察してしまいそうで打てなかった。
終業式が終わってだいぶ時間が経ち、部活で残っている生徒も後者にはおらず空っぽの教室をかけ走った。そして三階の自分の教室に入ったとき、三田がちょこんとお人形さんのように自分の席に座っていた。
「渡会君。そんなに、血相変えてどうしたの。かな」
「いや、そのちょっと最近運動不足だから誰もいない校舎を走ってみたくて」
いい言い訳が思い浮ばず、誰が見ても嘘だとわかる言葉を並べまくった。
だが三田はへたくそな言い訳に何も言わず、じっと座ったままこちらを見ない。近づいていいんだよな。恐る恐る地雷原を踏まないような足取りで三田に近づいていく、しかし三田は近づいていてもそのまま受け入れ、ついに俺は席の前に座った。
「「あのさ」」
同じタイミングでハモった。
言葉をひっこめた。けどそれでは何も進展しないので「俺が先でいい」と何か遠慮気味に挙手すると三田はこくりとうなずいた。
「相田とは別れた」
「うん。知ってる」
「正直相田は憧れのような感情を持っていたし、声優を目指しているのを応援したい気持ちは本当だった。けど、そのために俺が恋人でいる必要はなかった。好きっていうのは、ずっと一緒の時間を共有するだけじゃないとお互いわかった上で別れたんだ」
「相田さんは怒ってなかった?」
「ない。むしろ俺が応援された」
「よかった。酷いフラれ方じゃなくて」
言葉ではそういう、だがちょっと悲しそうな横顔を見せる。そして今度は三田の番が来る。
「好きな人がわかったの」
強烈な一言だ。さっき安宅に質問されたことがまさか現実になるとは思いもしなかった。しかし、
「昔あった『青い鳥』みたいなのかな。その人はずっと私のすぐそばにいて、助けてくれて。居心地いいけど、いつか旅立たないといけない、本物は外にあると思い続けてた。だけどその人が他の人と仲良くしているのを見ていたら、胸が張り裂けそうになった。やっと、というには遅いけど、私盗られたくないんだって」
「もうそれは二度と手に入らないのか」
「ううん。また帰ってきた。わがままだけど、今度はちゃんと自分がほしいとその人に言いたい」
ぽろりぽろりと出てくる三田の好きな人のこと。けど、もうくっつきそうだというに不快にならない。
ああ、好きな人が目の前にいるんだ。そう察せた。
「あのさ。俺も、別れたばかりだけど。ちょうど好きな人のことで三田に伝えたいんだ。いいかな」
「大丈夫。だって、私幼馴染だし」
ああ、そうか。幼馴染か。そうだよな、幼馴染だから通じ合えるよな。
だから三田が何を欲しがっているのかもう何となくわかっている。それは俺が胸の奥で秘めていたことと同じものだ。
お互いが欲しいもの。
それは……
でもそれはすぐに口には出さず、お互いが切り出せるよいタイミングを見計らって決める。
そして、いっせーのせと子供がお互いが持ってきたものを見せあうように声をそろえて。
「「三田(渡会君)のことが大好きだ(です)」
またハモった。相手に送るものが同じ物だったみたいに被ってしまったみたいに、おかしくなって俺たちは笑い転げてしまった。
そしてまた、同じ言葉で返した。
息が切れてても、真剣な言葉で。
「「うん。いいよ」」
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